劇場公開日 2024年6月28日

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「シーシュポスの呪い」WALK UP かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 シーシュポスの呪い

2026年1月1日
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エレベーターなしの建物を“WALK UP”と呼ぶらしい。ハングル語の原題は“塔”、本作の舞台になっている地下1階&地上4階のアパートのことだ。自分の足で登っていかなければ上の階にはたどり着けないはずなのだが、ホン・サンスの分身とも思える主人公の映画監督ビョンス(クォン・ヘヒョ)の場合はちょっと違っている。国際映画祭で○○賞を受賞するほどの有名監督(現在のホン・サンス)が、やがて映画会社から出資を断られ小さな回顧祭に呼ばれるだけの忘れ去られた存在に、そして最後は絶倫自慢の単なる女のヒモにまで落ちぶれるてしまうのだから。芸術家としてのステータスと私生活における生活レベルが、正反対のベクトルを示しているのである。

“WALK UP”の大家でもあるヘオク(イ・ヘヨン)は、インテリア・デザイナーとしても成功していて、“売れっ子”監督でもあるビョンスのことに興味深々だ。建物の2階を間借りしているソニ(ソン・ソンミ)は、そこで小さな西洋レストランを営業していて、ワイングラスを傾けながらビョンスに「あなたの映画のファンです」と打ち明ける。そして、最上階のペントハウスに移ったビョンスは、不動産屋を営む女ジヨン(チョ・ユニ)と焼肉&焼酎で食事をとりながら、「あんたのアレは凄いわ」とその絶倫ぶりを誉められるのだった。

外で女を作ってから家に寄り付かなくなったダメ親父ビョンスの境遇は、まさにキム・ミニとの不倫発覚で一時は韓国にもいられなくなったホン・サンスの一大スキャンダルを連想させ、さらには「やっぱり俺は一人が気楽でいい」なんて台詞をクォン・ヘヒョに独白させながら、もしかしたらキム・ミニと破局した??なーんてことをうっすら観客に想像させたりするのである。途中映画会社から、金を出す代わりに脚本を変えさせられたことにビョンスが腹を立てるシーンなどもあり、その名声がしれわたるほどに商業主義の罠にからめとられていく芸術家の苦悩をそれとなく忍ばせている。

アパートの階を上がっていくたびに、付き合う女や自身の生活そのものが俗物化していく様が、芸術家としての映画監督の商業主義化とパラレルに描かれている作品なのだ。私はこの絶妙なラストシーンを見て、テッド・チャンの初期SF短編『バビロンの塔』と、川島雄三最高傑作『しとやかな獣』との類似性を発見したような気がしたのたが、皆さんはどのような感想をお持ちになったのだろう。

バビロンの塔建設のため“天”に穴を空けたら地上につながつていたというシーシュポス的オチのSFと、登っていると思っていた団地の階段が実は下り坂だったことを悟る悪女(若尾文子)が主人公の邦画である。本作における“塔”の階段が螺旋状になっているところが確信犯的で、なにやらエッシャーの騙し絵的雰囲気も漂わせている。神に近づいたと言われる巨匠も、最後は地上どころか地下にもぐってまた0(ゼロ)からやり直し、それが俺達芸術家の皮肉な運命なのさ、とでもいいたげに。

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かなり悪いオヤジ