「かつての戦争娯楽アクション映画へのオマージュなのか、あるいはアンチテーゼなのか。」アンジェントルメン レントさんの映画レビュー(感想・評価)
かつての戦争娯楽アクション映画へのオマージュなのか、あるいはアンチテーゼなのか。
本作の前半クライマックス、仲間を救うために主人公たちがたった数人でナチスの収容所を襲う。どう考えても数的に不利にもかかわらずナチス兵を片っ端から殺しまくりかすり傷一つ負わずに仲間を見事に助け出す。
彼らによってナチス兵がまるでただの標的のように、ショッカーの戦闘員のように次々と殺されていく。そこにナチス兵の人としての命の重さは感じられない。まさにシューティングゲームの標的のように次々と殺されていくその様を見て楽しんでる自分がいた。単純に面白いと。
襲撃を知り兵舎から出てきたナチス兵が機関銃の連射によりなだれのように崩れ落ちる姿はさながらプライベートライアンのノルマンディー上陸作戦のシーンを、弓矢でナチス兵を倒していくシーンはランボーシリーズをそれぞれ彷彿させる。
不謹慎だと言われようがこの一連のシーンはすごく面白かったし、これらのアクションが本作の一番の魅力だと思える。
ただ、ノールック射撃でナチス兵を殺すシーンなど見ていても、作り手は意図的に観客に不謹慎だと思わせるような絵作りをしていると感じた。
案の定、このサイトのプロレビュアーの方は本作が不謹慎だというレビューを寄せている。これこそ作り手の思うつぼなんじゃないかな。
かつて一昔前はあたかも勧善懲悪のような戦争映画がランボーシリーズを筆頭に多くつくられてきた。今考えたら北ベトナム兵の描き方なんて不謹慎極まりない。
今でこそベトナム戦争やイラク戦争アフガン戦争などアメリカに正義があったなどと思ってる人間はいないだろうけど、当時アメリカの娯楽映画で悪役といえばアラブ系のテロリストというのが定番だった。さすがにパレスチナ情勢を鑑みてイギリスのBBCでさえハマスを名指しでテロリストとは呼ばなくはなったけど。
ハリウッド映画で悪役として描かれてるからなんとなくアラブ系の人に対して危険なイメージを持つ人も当時は多かったと思う。そういう意味ではかつてのハリウッド映画は罪深い。ではナチスは誰が考えても悪だから人間扱いしなくても許されるのかと言えばそうではないだろう。
確かに虫けらのように主人公たちに殺されてゆくナチス兵たちを見て「イングロリアスバスターズ」のようにスカッとさせられるが、その扱いがあまりに軽く描かれているのは逆説的な意味が込められていると思う。たとえナチスであろうとも人の命は尊い、それはユダヤ人と変わらないんだと。加害者側だからいくら殺してもいいというわけではない。ナチスの中にも戦場のピアニストのモデルとなった将校のような人間もいる。
ただ本作はあくまでも戦争アクション映画なので一人一人裁判にかけてる暇はないからというのを口実に作戦遂行のためという建前で殺しまくる。
この映画を見て短絡的に悪党はいくらでも殺していいんだと現実社会でも考えるようになれば、トランプ銃撃事件みたいなことが起きてしまうんだろう。
「ジョーカー」のように現実とフィクションの区別ができなくなってるような観客に対しても皮肉を込めた作品のようにも感じた。
これを見てあくまでもフィクションとしてただスカッとしてるだけならそれでもいいけど、やはり中にはこれはやりすぎでは、あるいはブラックジョークかな、と感じさせることができれば作り手の意図は伝わっているのかもしれない。
そもそもいまどきナチスだからといって人権なんて無視していいなんて考える人間の方が危険だし、むしろ自分が当時ドイツ人としてあの時代を生きていたらナチスに加担しなかったと言える人間の方が少ないと考えるのが普通。
だからこの映画の作りてもわかってこのように作ってるはず。たとえナチスだろうがこんな命の扱われ方をされていいはずがないと。ユダヤ人を虐殺したから同じ様にドイツ人も虐殺していいなんて言えば、結局ナチスと同類になってしまう。だから本作での一連の虐殺シーンは逆説的にとらえるのが制作者の意図に沿うものなのだと思う。そして私はそう感じながら本作を最後まで堪能した。後半で前半を超える虐殺シーンがなかったのが残念だったけど。
ちなみに本作のようなチームものはメンバーそれぞれのキャラクターの掘り下げ具合が作品の良し悪しを決めるが、その点は結構淡白で主演のカビル演じるガスのキャラさえあまり深く掘り下げられることはない。ただ物語のプロット自体が面白いのと別働隊のマージョリーたちコンビのスパイ活動の話が面白くて全体的に娯楽作品として楽しめた。
胸のすくようなアクションとハニトラ作戦の二方面からの視点で見せていく物語が面白くてキャラの描きこみの薄さを全体的にカバーしていたと思う。
公文書の公開で隠されていた事実が明らかになり歴史を塗り替えていく様は見ていて興味深い。
アメリカの第二次大戦への参戦は直接的には真珠湾攻撃だろうけど、対ドイツ参戦に関してUボートの無制限潜水艦作戦がそれを躊躇させていて、本作のポストマスター作戦の成功が参戦に寄与したなんてほんと見ていて面白かった。
スカッとした、爽快だったという感想が多くて、ちょっと怖いと思っています。
その昔の「コンバット」で、ドイツ兵が簡単にバタバタやられたり、ショッカーが仮面ライダーに倒されたりは爽快だったので、レントさんがおっしゃるようにあえて嫌悪感を覚えさせるような深慮があるなら、この映画ヘの個人的評価も変わるかもしれません。