「なんとも恐ろしい映画…」ガール・ウィズ・ニードル kazzさんの映画レビュー(感想・評価)
なんとも恐ろしい映画…
オープニングで、苦痛にゆがんだような複数の顔を重ねて見せる映像からして、怖い。
全編モノクロで、光と影を巧みに扱った映像表現の見事さと、時に神経を逆撫でする前衛的な音楽と効果音が相まって、本当に…怖い映画だ。
舞台は、第一次世界大戦の終戦直前から戦後にかけてのデンマークの首都コペンハーゲン。
歴史・地理オンチの私の知識では、デンマークは中立を堅持したので戦場にはならなかったはずで、確かに描かれている風景に戦火の跡はない。
だが、当時は一部の地方がドイツ領となっていたのでその地方の男たちはドイツ軍に従軍させられて戦闘に加わったようだ。
「戦争に行きたかったが…」と縫製工場の社長が言う場面があるから、恐らく中立として自国を防衛するための前線への出兵はあったのだろう。
そんなことよりも、戦争による景気の極端な悪化が物資不足と貧困を招いていて、首都にも生活困窮者があふれていたという描写が衝撃的だ。第二次世界大戦直後の東京のように焼け野原になっているわけではないから、余計にショッキングだ。
重篤な貧困状態の都市で実際に起きた忌まわしい事件に着想を得たらしいこの映画は、事件以前に主人公の境遇を丁寧に描いていて、見せつけられる極貧生活こそ身の毛がよだつ有り様だ。
ニードル(縫製用の針のことだと思う)を持つ女=カロリーネには夫がいるのだが、戦争に行ったまま行方不明となっていた。
夫の死が確定されていないから寡婦としての補助も受けられず、縫製工場でわずかばかりの賃金を得ているが、家賃も払えず強制退去させられる。
そんな彼女にも幸運が訪れるのだが、もうその段階で悲劇が待っているだろうと誰もが勘ぐるところだ。
果たして、さらなるどん底に彼女は突き落とされることになり、まだまだ映画の序盤なのにかなり厳しい。
カロリーネの夫が見るも哀れな姿で帰国すると、モノクロの画面も助けてゴシック・ホラーの様相を呈してくる。
カロリーネがやっと入居できた安普請のアパートの床で眠る夫の様子は、モンスター映画の匂いがする。
しかし、この夫は決してモンスターではなく、戦争被害者なのだ。
ずっと昔、バスタブで子宮に自ら針金を刺して堕胎する場面が何かの映画にあった気がする。(『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』ではなく、70年代の映画…)
カロリーネがニードルを隠し持って公衆浴場に入る場面でそれを思い出して身震いした。
その浴場で砂糖菓子店の女店主ダウマとその娘にカロリーネは出会うのだ。
カロリーネを演じたヴィクトーリア・カーメン・ソネと、ダウマを演じたトリーネ・デュアホルムの2人の女優が凄いとしか言いようがない。
カロリーネは、そのあまりにヤツレた様が時に老女のようにさえ見える。
目を見開いたままだったり、口をあんぐり開けたままだったりと、時に常軌を逸した表情を見せるヴィクトーリア・カーメン・ソネは、事件に至る前から見事なまでに不気味なのだ。
ダウマはといえば、正体が知れない恐ろしさを秘めていて、しかし包容力のある良母のようでもある。
トリーネ・デュアホルムの体当たりの演技は凄みさえある。
今も昔も、望まない妊娠は女性を心身ともに傷つける。
あの時代だと避妊具も発達していなかっただろうし、そもそも避妊の意識が薄かったかもしれない。カロリーネも妊娠してもいいと思っていた訳ではないだろうから。
だが、今日の糧にも困窮している状況で、望まれない子を産んだ母親たちは生きるために重い決断をせざるを得ないのだ。
この状況が一番恐ろしい。
はたしてこれは、昔話のファンタジーと解釈してよいのだろうか。
時と場所は大きく違い、社会的背景が全く異なっていようと、望まぬ妊娠に苦しんでいる女性はいるし、望まれないままに産まれてくる赤ん坊もいるのだ。
この映画の時代よりもはるかに成熟したはずの現代、妊娠・出産が女性のリスクでありつづける社会は異常なのではないかと感じる。
余談…
劇中、エーテルを水(か酒)に薄めて飲む場面がある。このエーテルでカロリーネとダウマはハイになる。
この当時は麻酔薬として使われていたのかもしれないが、容易に入手できたのだろうか。