私たちが光と想うすべてのレビュー・感想・評価
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終盤の意味が分からない
私の理解力/感性不足なだけかもしれませんが…。
電車のシーンが結構多かったように思いますが、車窓を流れる街の景色や、ひとり電車に乗っているときの何とも言えない孤独感、のようなものは日本と変わらず同じなんだと共感しました。
また、ムンバイという都心を幻想と喩えていたシーンには、この映画のタイトルに込められた想いの片鱗を感じました。主人公の暗い気分とはまるでかけ離れた、お祭り騒ぎの街並み。ちょうど京都も祇園祭の真っ最中だったので、じんわりと心髄にその場面が染み込んできました。この映画で一番印象的だったのは、こういった都会のにぎやかな町の空虚さです。
一方で、主人公たち女性の心はかなり沈んでいるように映ります。が、あまりにも淡々とドキュメンタリー風に話が進むので、イマイチその心情に入り込むことができません。プラバもアヌも、互いに恋愛に関して悩みを抱えていることはわかるのですが、気づいたら田舎の村へ行っていて、隙を見ては彼氏とイチャイチャするアヌ、漂流してきた瀕死の男と謎の会話を繰り広げるプラバ。最後はアヌだけ無事ゴールイン……?
私が今絶賛失恋中なことも影響しているかもしれませんが、結局は素直で陽気な女が幸せになるのね…と、なんだか沈んだ心のままエンドロール。飛ばして帰りたいと思うくらい、最後の展開が腑に落ちませんでした。
この作品は物語というよりかはドキュメンタリーちっくなので、ありのままに、よくわからないまま終わるので良いのかもしれませんが、ポスターに書かれた『運命から解き放たれる』とは、いったい……?私にはプラバもアヌも、運命から解き放たれたようには見えませんでした。とりあえず、人生にはやはりお酒とダンスが必要そうですね。
壁に立ち向かう2人に幸あらんことを
インド南西端、ケララ州の公用語、マラヤーラム語の原題の意味は(Chat GPTに訊いてみたところ)All that imagined as Prabha だという。
つまり「プラバとして想われるすべて」。
そしてPrabhaは、lightを意味する名前なんだそうな。
プラバは、主人公の名前である。
「光さんの想いのたけ」ということか。
もちろん英語圏でもあるインドなのだから、
All We Imagined as Lightという英題にも
監督の意思は反映されているだろうけれど。
大都市ムンバイの病院で「シスター(字幕は"姉さん")」と呼ばれる看護師プラバは、
謹厳実直で禁欲的。
同じ職場で働き、なぜかプラバと部屋をシェアするアヌは、
ちょっとだけ無邪気で、思った通り行動したい。
2人の出身は、ケララ州。
この2人と、もう1人、
病院の食堂で働いていて、
富裕階級のためのマンション建設で立ち退きをくらう
パルヴァティという寡婦のおばさんが、話の中心。
* * *
プラバはかつて、
親から突然呼び出され、帰省したら結婚相手が勝手に決められてた。
その夫は、その後すぐドイツへ行ってしまって、
最近は1年以上音沙汰がない。
だからプラバには、恋愛という経験がない。
そういう彼女へ、(おそらく同郷の)医師が(控えめな)告白をする。
アヌはといえば、今まさに、
プラバと同じように、親から見合いの相手を提示されているのだが、
それとは関係なく出会った彼氏(こちらもたぶん同郷)との付き合いに夢中。
だがその彼氏はムスリムで、
ヒンズー教徒であるアヌの両親が、アヌを嫁に寄越すはずがない。
――という状況で、さて彼女たちの未来はどうなるのか。
* * *
(ここからネタバレあります)
* * *
この映画が投げかける主な問題は、
男女・結婚・家族・宗教をめぐる古い価値観と、
最近のインド政権が明確に打ち出しているヒンズー教指向および
それにともなうイスラム教との摩擦の先鋭化だろう。
プラバは、
男女・結婚・家族をめぐる古い価値観に絡め取られ、
遠くドイツにいる名ばかりの夫に縛られている。
プラバよりいくつか年下のアヌは、
その古い価値観に絡め取られまいと抗っているが、
宗教をめぐる大きな壁にぶつかっている。
ただ、壁は宗教だけではない。
ムスリムの彼氏は、
「君の親を説得しに行こうか?」とは言うものの、
「僕の親を説得するよ」とは決して言わない。
つまりそこには、旧態依然たる男女の問題が、
大きな壁として立ちはだかっているんである。
* * *
後半、
立ち退き要求に抵抗できず、あきらめて
故郷のラトナギリ近くの村に帰るパルヴァティを、
プラバとアヌは休暇をとって送ってゆく(引っ越しの手伝い)
よくアヌが来たな、と思ってたら、
ちゃっかり彼氏を呼び寄せ、こっそり会う筋書きを立てていたという寸法。
他方、プラバは、
海で溺れた男性を、看護師として救命する。
病院もないその村で、その晩の看護もつとめるんだが、
そこからが、幻影? 妄想?
記憶を失っている男性が、
いつのまにやらプラバの夫に……
いやまさか、
ドイツから泳いできたはずはなくw
地元のおばあちゃんが2人を夫婦と誤解したことをきっかけに、
プラバの脳内でそういう会話が生まれたんだろうと、
思っておくことにする。
ただいずれにしろここでプラバは、
名ばかりの夫に抑えつけられ続けることを拒否する。
こうして、
前途はむちゃくちゃ多難だけれど、
プラバもアヌも、
それに立ち向かって生きていくことを、決意したんだろう。
たぶん。
2人の前途に幸あらんことを。
* * *
ちなみに、
アヌを演じた役者さんの名前が、
ディビヤ・プラバ――苗字が「光さん」――
なんだね……
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