「耐え切れず去るか、呆れて去るかはわからないが、完走できる人はマニアだと思う」サブスタンス Dr.Hawkさんの映画レビュー(感想・評価)
耐え切れず去るか、呆れて去るかはわからないが、完走できる人はマニアだと思う
2025.5.16 字幕 イオンシネマ京都桂川
2024年のイギリス&フランス合作の映画(142分、R15+)
ある物質の注入により、自分の分身ができる世界を描いたファンタジックコメディホラー
監督&脚本はコラリー・ファルジャ
原題の『The Substance』は劇中に登場する薬の名前で、日本語訳は「物質」
物語の舞台は、アメリカのハリウッド
トップスタートして活躍してきたエリザベス・スパークル(デミ・ムーア)は、50歳の誕生日を迎えたと同時に、続けてきたフィットネス番組の降板を告げられた
プロデューサーのハーヴェイ(デニス・クエイド)は「若い女を探せ」と部下に焚き付けていた
その後エリザベスは、車を運転していた際に自分のポスターが剥がされているのを見てしまい、赤信号に気つかずに突入して事故を起こしてしまった
救急病院に運ばれたものの体に異常はなく、そこにいた看護師(Robin Greer)は意味深な言葉を囁いて、彼女のコートのポケットにUSBメモリを仕込んだ
病院から戻ったエリザベスは、ポケットからUSBを見つけ、最初はゴミ箱に捨てたものの、日を追うごとに不安が増して、それを再生してしまう
そこには「The Substance」と呼ばれる商品のPR動画があり、それを注入すると、「分身」が出来上がると言う
眉唾もので信用がならないと思ったエリザベスだったが、現状を変えたいと思い、そこにアクセスをしてしまった
映画は、エリザベスが指定された場所に行って「The Substance」を受け取り、それを使用する様子が描かれていく
どこまでがネタバレになるのかはわからないが、海外版トレイラーでもここまでしかわからないようになっていた
ネタバレ込みで続けると、「分身」と言うのは本当に分身で、エリザベスの背中を割って出てくる
それがスー(マーガレット・クアリー)と呼ばれる若い女性で、エリザベスの記憶と能力を持った上位互換となっていた
ルールはシンプルで、「7日ごとに交代する」「1日1回安定剤を射つ」「母体への栄養分を与える」と言うもので、そのルールは厳守すべきものとされていた
この手の物語は、1週目はルール通りに行うものの、2週目からアクシデントとか、ルール破りが起こるのがデフォで、案の定、2週目から早速やらかしてしまう
行きずりの男トロイ(Oscar Lesage)との一晩のために1日延長してしまったスーは、エリザベスに起こった異常事態を知らない
そうこうするうちにスターダムにのし上がったスーは、このチャンスを逃すまいと、交代時期を先延ばしにしていく
そして、とうとう安定剤が切れてしまい、交代せざるを得なくなってしまうのである
映画は、思ってたのと違うと言う系統で、グロ&クチャが大丈夫な人ならOKと言う内容だった
大丈夫かどうかの判断を文字で伝えるのは難しいのだが、個人的には「食べ物を粗末にする系がダメ」だったら「ダメ」だと思う
とにかく振り切った内容なので清々しさを感じるし、色んな映画のオマージュがあるので面白いのだが、前述の一点がダメなので2度と観たいとは思わない
テーマとしては、若さに対するこだわりとか、ルッキズム礼賛とか、テレビ業界の女性蔑視など様々あるのだが、それよりは「崩壊してもなお人前に出ようとする執着の怖さ」と言うものがあったように思う
エリザベスが鏡を見るシーン、スーのポスターを見るシーンなどが多用され、その比較に思い悩む描かれ方をされている
一方のスーは、自分の美しさを再確認するように見ていて、崩壊後もそこに自分自身だけを見ている
あの状態になってもなお、着飾ったり、ピアスをつけたりして人前に出ようとする
この時点ではエリザベスは後方でスーが前方なので、スーの意思によって動かされ、舞台に立とうとしている
なので、彼女には崩壊が見えておらず、いつまでも美しい自分であると思い込んでいるだろう
そして、観客の悲鳴と怒号を聞いて、現実の姿を直視することになったかな、と思った
いずれにせよ、未見の人からすれば何が書かれているかわからないと思うが、観たらわかるので、その後に再度訪れていただければ良いと思う
「The Substance」の活性剤は「1回きり」なのに「もう1回射てるようになっている」と言う罠があり、ある種の最終形態に行くかどうかの実験を行なっているように思える
男性の被験者はそこまで至らないが、女性だとそこまで至ってしまうと言うところがあるのだが、そこに追い詰めているのも男性側のようにも思える
だが、女性の中に内包されている欲望というものもあるので、女性の美の探求、若さへの執着と言うのは、商品としての価値だけには止まらない
映画では、それを武器にして成り上がろうとする女性がいて、それを求める客がいて、それで金儲けをしようとする人々がいる
そう言った社会構造はそう簡単には無くならないので、影を潜めたとしても、根本ではルッキズム信仰というものは消えないのかな、と感じた