メガロポリスのレビュー・感想・評価
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まあまあだった
つまらないという評判に触れていたので期待せずに最終上映回で見る。最終回だからか、けっこうお客さんがいた。近未来のビジョンが古い。もうSF映画が描く未来世界にワクワクすることなどないのではないだろうか。スマホとドローンと配信以上の未来はなく、現在が到達点ではないだろうか。そんな思いを抱き寂しい限りだ。これから先AIがなんかするのだろうか。
歩く歩道がすごいだろみたいに出ていたけど、全然すごくない。東京ビッグサイトにあるし。貧民たちがメガロポリスで仲良く暮らしている感じもしないし、あの街全然住みたくない。今の新潟の方がいい。
登場人物がさっぱり魅力的ではなく心が揺れない。感動も興奮もないまま終わる。子どもに顔面を撃たれたところはびっくりした。
ハッピーエンドには、もしかして深淵なアイロニーが込められていたのかもしれないが、私には解らなかった。
IMAXで鑑賞。ちょっと残念。豪華絢爛な映像は、デイミアン・チャゼルの「バビロン」ほどに露悪的ではなかったし、全体的に少々理屈っぽい。
見ながら、宮崎駿の「君たちはどう生きるか」を思い出す。どちらも今まで自ら作った映画の映像表現の相似形や形骸化した映像の羅列とでも言おうか。豪華絢爛ではあるけれど、以前のような表現に緻密さや精度がない。
何の制約なくフリーハンドで描ける状態は、イマジネーションが際限なく発展するが、まとまりがなく、伏線回収もされない状態に陥ってしまった。(ダスティン・ホフマンはいつの間にか出てこなくなるし)
結局、「映画を語る」のにタメが効かなくなり、「こらえ性」が無くなったようなストーリーだった。
しっかり作り込めば、もっとハラハラしたり、感動するのだろうが、もう緻密にストーリーを練ろうとする根気がないのかもしれない。作家としての万能感と裏腹に。
アダム・ドライバーは安っぽくて意外と良かった。相手役のナタリー・エマニュエルもいい。彼女はコッポラの趣味なのか、ウィノナ・ライダーと同じようにアメリカの女優らしくなく線が細く、肉食系ではない。かたやアダム・ドライバーの愛人役のオーブリー・プラザは金髪で肉食系でまさしくのアメリカ女優然としている。この対比は面白い。コッポラの女性観なのかも。(ちょうど「君たちは〜」で宮崎駿の理想の女性は母親だったことを吐露したのと似ている)
ハッピーエンドには、もしかして深淵なアイロニーが込められていたのかもしれないが、私には解らなかった(多分「時間を止める」ことに意味があるのかもしれない)。
見直すとすれば、IMAXで見る必要はないが、必ず劇場で見るべきだと思います。
(多分、自宅のモニターで見ると無茶苦茶つまらなくなると思います)
フリーハンドで創作すると、制約がある状態で創られたものよりつまらなくなる、という創作のパラドックス的な不思議さを思ってしまった。
すげえ映画!!
批評コメントを見ると、フェイク動画に騙される大衆頭悪すぎる。というコメントがちらほらあるけど、この映画はローマ劇を大元に作られているのだからそこを指摘するのはナンセンスではないかと思う。
乏しい知識ではあるけど、古代の演劇はお話優先で、リアリティを追求するのは一部の人物。大衆はただ効果音などと同じ環境として扱われる。
で、この映画映像だけですごく面白い。動画の質が粗くなったり、3等分になったりするし、色がとても鮮やかに描かれている。パステルカラーの街並みがあり、ニューヨークが非現実のものと思える。時間がゆっくりになる。
世界観が確立されており、美しい。クリエイターの人達はこういう非現実世界からインスピレーションとして作品を生み出していくんじゃないかな?
私自身すごく面白いと思った。設定にしても、こんな設定この人でないと思いつかないという感じ。SFの世界だけど、現実と過去を両方使ってる。しかも、より現実を移す鏡として、設定が機能している。
時間軸がどこにあるのか、この映画の時代感はどうなっているのか。説明がない分、この映画の世界は映画が終わった後も考えられるものであった。それを人は難しいというのかもしれない。だけど、難しいってのは違う。こういう世界を体感するってのが主目的だから、全て監督の意図を読もうとか、そういう事しなくていいと思う。
何より考えるより感じて、感じた後に考える。この映画はそういったことを表現していた。
メッセージはニヒリズムに陥りそうな、この現実を見て、現実の辛さを十二分に知っているが、しかし人類というものは未来に希望を見てディストピアに歩みを進めるのではなく、みんなでユートピアを目指して一致団結して頑張ろう。という結局ライトサイドが大事という感じだと思う。
これはすごく感動的である。一度、深淵を覗いた人にしか見つからないメッセージで、ニヒリズムやデカダンとは全く違う、しかしロマンでもない、しかしリアリズムでもない。
私はそんなにジャンルを知らないけど、こういうジャンルを王道というのかな?
フランシースフォード・ホドロフスキー・コッポラ
ホドロフスキーのようなカオスと不思議な寓話のような映画。
宮崎駿の「君たちはどう生きるか」
黒澤明の「夢」
みたいな作品だと言えば分かり易いだろうか?
巨匠年取るとこういう作品を作りがち。
しかし、ただ単に意味がわからないだけでは無く、老兵の気概のようなものは感じて迫力はあった。
何だろうこの違和感
きめ細やかにー恐らく動作一つをとっても台本に書かれているのではないかと思うほど細かい演技をしている。(思わせぶりなだけかもしれないが)そのおかげか情報量多すぎて一回では理解できない。でも非常に疲れるので2回見たいとは思わない。
と、作りこみや映像はすごいのだがストーリーが謎すぎるほどつまらない。
疲れるうえに興奮の全くないプロットと、なかなかにお勧めできない。
55歳以下なら9.5割の人がフェイクだろうと思うような動画に警察までも騙されるとか、よほどリテラシーの低い製作者なのか見る側をアホだと思ってるのか。
さすがに3000年に紙の新聞はそんなにたくさんないよ。
中学生の考えるような世界観はよいのだがディテールがことごとく年寄りくさい。
コッポラ主催の宇宙規模のパーティに今回2度参加しました
世評はすこぶる良くないです。最寄りのロードショー館で、1週間での打ち切りを久々に体験しました。ゴールデンラズベリー監督賞にも選ばれていますし、やっぱりさもありなんなのでしょうか?
79年の「地獄の黙示録」は大傑作ですが、当時は賛否両論あり、「ワン・フロム・ザ・ハート」や「コットン・クラブ」でも巨費と作品の出来について、とやかく言われました。2007年の「胡蝶の夢」あたりから、コッポラはもはや異次元に行ってしまってるので、今更観客に寄り添って映画を作ろうと思ってはいないはずです。
メッセージを読み取るとか、暗喩やオマージュを探るのもありなのですが、巨匠による21世紀最大の私財消費イベントに、映画ファンとして敬意を表して参加するぐらいの感覚でよいのではないでしょうか。
上映時間も138分と苦行レベルの長さではないですし、権力抗争に関わるストーリーの本筋は意外と単純だし。
でもトランプ映画関税の発案者ジョン・ヴォイトが、ロビン・フッド役で分断を阻止するのはとても笑えます。
古代と未来の融合に見る堕落と救済の寓話
21世紀、アメリカ共和国。腐敗した支配階級によって荒廃した大都市ニューローマを都市計画局局長で天才建築家のカエサル・カティリナ(アダム・ドライバー)は、自ら発明した新建材メガロンを利用した新都市構想“メガロポリス”を提唱して再建をめざす。一方、新市長フランクリン・キケロ(ジャンカルロ・エスポジート)は、直面するニューローマの財政難という課題を現実的に解決しようと、カジノ建設を計画しカエサルと真正面から対立する。
時代設定と情景描写は
バベルの塔を想起する
本作の時代設定と情景描写の視覚的表現は、過去と未来、古典と革新の緊張関係の中に存在している。現実のニューヨークの象徴的な建物(クライスラービルなど)と古典的なローマ建築の要素を融合させることで、人間の傲慢さと創造性の両面を視覚的に表現しているようだ。主人公カエサルがクライスラービルの最上階に位置するアールデコ様式のスタジオからニューローマを見下ろす描写は、創世記のバベルの塔の物語を想起させられる。
古代と未来の融合という情景描写でけでなく、彼らの対立が単純な善悪の二項対立ではなく、両者とも完全に潔白でも完全に邪悪でもない複雑な描写がなされている。また、その対立の根底にある哲学的対話へと注目を向けさせる。
一例を挙げれば、カエサルがより良い世界を創造する必要性を情熱的に主張するのに対して、キケロ市長が「すべてのユートピアはディストピアの可能性を内包している」と鋭く反論する場面は、この映画の核心に迫る瞬間でもある。また、カエサルの恋人でもあるキケロ市長の娘ジュリア(ナタリー・エマニュエル)が、ストア派哲学者マルクス・アウレリウスの言葉を引用して父親の主張を補強する場面は、神の啓示なき世界での哲学的知恵の限界を示しているようにも見えて印象に残る。
「メガロポリス」のメッセージは
「神なき救済の不可能性」か
コッポラ監督は、共和政ローマの政務官ルキウス・セルギウス・カティリナ(BC.108ごろ~62年)が国家転覆を計画した『カティリナの陰謀』に関する本を読んだのをきっかけに構想40年かけ自らプロデュースして作り上げた一大叙事詩。その壮大なスケールと野心にもかかわらず、人間中心のユートピア構築の限界を示す本作は、意図せずして「神なき救済の不可能性」という重要な神学的真理を例証しているとも言えるだろう。古代ローマ帝国と現代アメリカの重ね合わせは、人間の本質的な罪深さが時代を超えて変わらないことを示しているメッセージのようにも聞き取れる。
イメージの奔流
つまらなすぎ
君がいないと何も創れない
こないだ鑑賞してきました🎬
アメリカをローマ帝国に見立てた壮大なストーリーですが、後半は微妙に分かりませんでした😅
カエサルが開発を進める
「メガロポリス」
は空想が現実になるほどの機能があるのか❓
カエサルの妻の死の真相は❓
最後まで見てもよくわからず😰
とはいえカエサルを演じるアダム・ドライバーが、眉間にしわを寄せて思い悩む演技は最早鉄板。
素なのではないかとさえ思います🤔
ナタリー・エマニュエル演じるジュリアとの仲の深まり方は、駆け足な印象ですが仕方ないですね。
ジャンカルロ・エスポジートは、カエサルと敵対するキケロ市長を濃い顔で好演🙂
なぜあそこまでジュリアと別れて欲しかったのか、いまいちわかりませんでしたが😅
オーブリー・プラザはカエサルの愛人ワオ🙂
今回は悪女役で、もともと鋭い目をしてるので違和感ない印象。
シャイア・ラブーフは、どうしようもないクローディオを憎たらしく表現してました😀
カエサルの運転手役をローレンス・フィッシュバーンが手堅く演じ、要所要所で光ります👍
この世界ではアーティストは時を止める力を持ってますが、それも肝心な時に使われず、若干消化不良になりました。
しかしコッポラ監督が私財をなげうってまで完成させた本作は、一映画人として見ないわけにはいきません🫡
惜しくもラジー賞を受賞してしまいましたが、それに対する監督のコメントは晴れやかで
「興収は所詮お金の問題に過ぎません」
とはっきり言えることに驚嘆。
映画もビジネスですから、赤字になるのは誰しも避けたいでしょう。
そんな中で、自分が作りたい映画を作ったコッポラ監督には、拍手を送ります🫡
SFが得意な人は、面白さが理解できると思います🙂
まさに巨匠の作品
亡きエレノア夫人に寄せる思い
コッポラ監督が、経営していたソノマのワイナリーを整理してまで、製作に漕ぎつけた、近未来のアメリカを舞台にした映画ながら、難しいと思った。3点に要約できる。
まず、我々にはなじみが薄いローマ史の理解が必要、哲学者キケロと彼が執政官の間に起きたカティリナによる政権転覆事件。これが第一層。
第二に、ローマで起きたことが植民地としてのアメリカに持ち込まれる。「地獄の黙示録」の図式。植民地ニュー・ローマ(NYを思わせる)では、ローマの矛盾が拡大する、社会構造の分離・格差。ただし、重要な変更が。キケロは現実重視の市長に。主人公カティリナは、理想派の市・都市計画局長に、カエサル(シーザー)・カティリナとして(ただし、ローマ史では、キケロは、必ずしもカエサルと対立したわけではない)。これが第二層。
さらに、カエサルが新建築素材を見つけてノーベル賞を受けたり、衛星が地球に衝突したり、多くのエピソードが洪水のように出てくる。しかも、彼の叔父の資本家クラックス3世と、その出来の悪い息子をはじめ、さまざまな親族とその関係者も。特に、主人公の前の恋人ワオが、クラックス3世の妻に収まるが、これが、カエサルの新しい妻になるキケロの娘ジュリアと似ているんだな(髪型は違う)。この三層構造を一回で判れと言われても。
混沌としたストーリーの進む中、心に残るのは、主人公カエサルが亡くなった奥さんサニー・ホーム・カティリナに寄せる思い。コッポラ監督のエレノア夫人に対する愛情を反映しているのでは。それから、すべての人々に長い命、正義と教育を、というメッセージ(ただし、いまさら感あり)。
日本に対する好意の表明も。Japan Unitは、おそらくローマ風の競技場で行われた格闘技に関与したのか、グレコ・ローマン・スタイルのレスリングには見えなかったから。カタカナ書きのプラカードや、サヨナラのセリフも。
では、最初から知識を以って観たらよいかと言えば、映画を最後まで観るには、興味を持ち続ける必要があるので、難しいところ。
未来の古典文学
冒頭から荘厳な画面と、ニューローマという設定、
人々の服装や建物などの美術がとても魅力的で引き込まれる。
正直最初の方は自分の良く知るエンタメ作品と違う雰囲気で
どのモードで鑑賞すれば良いのか戸惑ってた。
時間を止める能力も自分も止まるのか?そのあと動けるみたいだけどビルから落ちないのは何で?規則が良く分からん!と
マーベル作品を観るような感覚が抜けていなかった。
しかし市長とカエサルが直接対立する都市の模型のシーンで少し見方が変わった。
何かリアリティが無いな、セリフも演劇調だしと思いつつ
とにかく謎に足場が不安定すぎるのが超気になってた。
お年寄りも多いからムダにハラハラ…
でもここでふと"これはニューローマの現状の不安定さを表現しているのか?"と深読みし始めた。
ならこれは表現主義的な映画という事だから、画面で見せられる事もリアリティというよりキャラの感情や立場を象徴している意図的な絵造りだし
キャラクターも何かを象徴しているから生身の人間ぽさは薄めなのか?
と、勝手にこの映画を観るモードがカチッと固定された感じがした。
(合ってるかは分からない…)
特に印象的だったのは
金持ちたちの豪華絢爛さを表現する結婚式のシーン。
戦車あり音楽ありで本当にすごかった。
あとカエサルと市長の娘がカップルになってから
事務所で都市計画を練る様子が楽しそうな感じ。
スタッフの女性をみんなで持ち上げてるのとか何してんのか全然分からないけど、何か面白い。
ストーリーの展開の意外性で感情を揺さぶるようなタイプの映画では無いけれど、
とにかく各シーンに監督のアイデアが詰め込まれていて
豪華な空間のシーンもあれば、シルエットでグラフィカルに見せるシーンもあれば、光がひたすら美しい情景…と
何千枚も絵画を観ている様な感覚。
それが新鮮で飽きずに終始楽しく観れた。
そして最後は未来を担っていく世代のために、
対話によって良い世界を作ろう!という前向きなメッセージ。
この一見ありきたりなテーマ、でもそれが出来ていない今の世界情勢を考えると、
コッポラが私財を投げ打って送り出したこの映画をしっかりと受け止めたいと思った。
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