「ラストシーンが深い」ANORA アノーラ かすかべしんちゃんさんの映画レビュー(感想・評価)
ラストシーンが深い
すごく切ない映画でした。前半、アニーとイヴァンが享楽的な日々を送るシーンの連続には、「いったい何の映画を見せられてるんだろう?」と辟易し始めた頃、突然映画は別方向に走り出します。その切り替えが小気味よく、ここでまず「してやられた」と、思ってしまいます。
やはり秀逸なのはラストシーンでしょう。ズシンときます。あの長ったらしいピンク映画もどきの描写も、ここに持ってくるためのもので、絶対必用なものだったと気づかされます。本当にこのショーン・ベイカーという監督はただ者ではありません。
印象的なのは、ラストシーンに行く前、アニーとイゴールがイヴァンの家で一夜を過ごすところです。アニーに手を焼きながら、だんだん彼女に対して同情的になり、惹かれていくイゴールの無骨な心情がよく描かれています。しかしアニーは、そうしたイゴールの好意を徹底的に拒否します。頑として寄せ付けない、強い意志を感じさせます。この二人のやりとりは、すれ違う人間心理を見事に表現しています。この描写がラストへと繋がっていくのですね。
心に鎧を被ったままのアニーに対し、イゴールは去り際に奪い返した結婚指輪を差し出します。面白いですね、たとえ他人の指輪であっても、男が女に指輪を渡す行為は求愛に他なりません。それに対してアニーの取った行動が泣かせます。彼女は指輪の対価を、かつて男たちにサービスとして行った行為、売り物としてのセックスで支払おうとします。戸惑いながらもアニーのペースに身を委ねてしまうイゴール。当然愛おしさが込み上げてきたイゴールはアニーにキスしようとします。そんなイゴールを拳で撲って拒絶するアニー。ここで観客はアニーが何に対して頑なに拒絶していたのかに、気づかされます。
もしここで彼女がイゴールに心を許せば彼女の半生を、彼女の生き様を、彼女の描く未来さえも、全て否定することになると彼女は恐れたのだと思います。イゴールと繋がりながら、号泣する彼女の心は最後まで孤独でした。
あれほど賑やかだった画面が静寂に包まれ、唐突にエンドロールが流れます。アニーとイゴールがこのあとどうなったか、それは観客一人一人の想像に任されます。絶妙なエンディングです。しばらく立てないほど、余韻の残る映画でした。
