「ラストシーンが頭から離れない」ANORA アノーラ kimrさんの映画レビュー(感想・評価)
ラストシーンが頭から離れない
公開時気になっていたもののR18の規制に尻込みして観られなかった本作。
Amazon primeで配信が始まったので早速鑑賞しました。
すごく良かった。
想像していた話とはだいぶ違いました。
ストリップダンサーのアニー(アノーラ)がロシアの御曹司に見初められ、2人は結婚。
身分違いの恋は割とありふれたテーマだし、この物語がどういう方向に向かっていくのかなと思いながら観ましたが…
こうなるんですね…!!
アノーラとイヴァン(御曹司)の間に愛がないのも見ていればわかるし、こんなの上手くいくわけないだろ!と誰もが思う結婚なのだけど、アノーラ自身も恐らくそれはわかっていたと思うけども、懸けてしまう。
幸せになれるのではないかと。
店を辞める時、皆んなから祝福される。アニーやったね!おめでとう!
そんな中犬猿の仲だったダイヤモンドからは「そんな結婚上手くいくわけない!せいぜいもって2週間!」なんて言われてしまう。
きっとアノーラはこう思ったはず。絶対に幸せになってやるんだと。
今まで自分をコケにしてきた人間、誰もが羨むような生活をしてやるんだと。
しかしダイヤモンドの言う通り、結婚生活は呆気なく幕を閉じる。
息子の勝手な行動に怒り心頭のイヴァンの両親がロシアからアメリカにやって来る。それを聞いたイヴァンは妻であるアノーラを置いて1人逃亡。
ここからの展開が実に面白かった。
逃げ出したイヴァンを見つけるべく、イヴァンの両親に雇われた牧師のトロイ、トロイの手下のガルニクと用心棒のイゴール、そしてアノーラの4人でドタバタ珍道中を繰り広げる事になる。
3人が夫婦の住む豪邸に乗り込んできて、アノーラが大暴れしたシーンなんか暴れ方が凄過ぎて笑ってしまったし、ガルニクが突然吐くところなんかも笑えた。
そしてなんと言っても、イゴール。彼が本当にいい。
映画を観て数日経った今でもイゴールのことばかり考えてしまう。私がアノーラだったら速攻で恋に落ちている自信がある。
登場してすぐに、この人は恐らく真面目でいい人なんだろうなと言うのがわかった。
でも不器用だ。
寒そうにしているアノーラに彼女の口を縛ったスカーフを手渡すし、手荒な真似をしてごめんと謝るシーンでは今このタイミングで言う!?みたいな。いい人なんだけど、不器用。
イゴール好きだなぁ、いいなぁと思いながら観てたけど、まさかあんなに重要なキャラクターだとは思わなかった。
イゴールはずっとアノーラの側にいた。
イヴァンがようやく見つかった時も(よりにもよってアニーが勤めていた店でダイヤモンドと一緒にいた。最悪である。)、イヴァンの両親と対峙した時も、ずっとイゴールはアノーラを見ていた。
普通だったら、こんな身分違いの結婚、単なるバーニャの戯れで、そんなのに騙されるアノーラが馬鹿なんだと、そう思うだろう。実際牧師のトロイはそう思っていて、アノーラが身につけていた4カラットの結婚指輪も「お前のものじゃない!」と取り上げたくらいだし。
でも、イゴールは違う。
イヴァンの母にまるで空気のように扱われてもなお、彼女に気に入られようと一生懸命ロシア語を話す惨めなアノーラを、イゴールは馬鹿にしない。
いよいよもうどうにもならないのだと理解したアノーラは、結婚を取り消すための書類にサインをする。
離婚できて良かった!せいせいする!と自分を守る言葉を吐きながら。
そしてイゴールが、今までただ黙って彼女と一家のやりとりを見ていたイゴールが、ここでついに一家に向かって言うのだ。
「彼女に謝った方がいい。」
うわ〜〜〜と声が出た。
それ!そうなんだよ。この一家、誰もアノーラに謝罪をしていない。
息子が迷惑をかけて申し訳ないと、たった一言の謝罪もなく、彼女の言葉と尊厳を無視した親子に、イゴールが!イゴールが言うんですよ!
良すぎる……。
ここからラスト20分は、とても静かでしたね。
明日には出ていかなければいけないイヴァンの家で、アノーラとイゴールは何をするでもなく過ごします。
そしてイゴールが言うのです。
「アノーラが好きだな。アニーよりアノーラの方がいい。」
タイトルの「アノーラ」をイゴールが回収しました。
アニーを演じているアノーラではなく、そのままの彼女がいいと、そう言っているように聞こえました。
アノーラにレ●プ魔だゲイだと挑発されても、イゴールは動じません。
そうして2人の間に何も起こらないまま夜は空けていきます。
雪の降り頻る中、イゴールはアノーラをおばあちゃんの車で送っていきます。
あれ、このまま本当に何も起こらないまま2人は別れちゃうのかな、と思った時、イゴールがアノーラに差し出したのは4カラットの結婚指輪。
イゴールはトロイから指輪を取り返してくれていた。
ここからのアノーラの行動と涙については、色々な感想や考察を見て、そのどれも当てはまっていると思うけども、逆にどれも当てはまってないのではとも思う。
こうだったんでしょ?とアノーラに言ったところで、アンタに私の気持ちが理解できるわけない!とキレられそう。
これまで観てきた2時間の物語と、映画には描かれなかったアノーラのこれまでの人生
その全てがあのラストシーンの涙なんだと思います。
アノーラだって、シンデレラになりたかった。
でも、まだ誰かの胸で泣けているだけマシだと思う。
あの2人のその後を考えずにはいられないけど、何となく一緒にならない気がする。
アノーラがアニーでいる限りは。
アノーラの泣き顔と、彼女を優しく包み込むイゴールの手のひらがずっとずっと頭にこびりついて離れない。
大好きな映画が一本増えました。
