「利己的な人間だらけのクソみたいな世の中で、静かに寄り添う優しい視線」ANORA アノーラ おきらくさんの映画レビュー(感想・評価)
利己的な人間だらけのクソみたいな世の中で、静かに寄り添う優しい視線
正直、映画の2/3ぐらいを観終わった時点では「まあまあ面白い」ぐらいの感想。
「これでパルムドール?」と思ったが、2021年の『TITANE チタン』以来の、カンヌの独自色強めの受賞なのかと思った。
ところが、終盤のある場面を観てから評価激変。
「この映画、実はとんでもないのでは?」と思うようになった。
最終的には、自分程度の脳みそでは全てを理解することが不可能なほどの、ものすごく深いものが描かれているように感じた。
最初の方は若い男女・アニーとイヴァンの大金を使った豪遊とセックスの場面がずっと続くので、「一体何を見せられているのだろう」と半ば呆れ気味で鑑賞。
イヴァンの両親が、娼婦であるアニーとの結婚を阻止すべく3人の男を送り込み、そいつらがアニーとイヴァンの家に到着してから話が一気に面白くなっていった。
家の中でのアニーVS男たちの戦いは、去年公開『ナミビアの砂漠』の終盤にある喧嘩シーンを彷彿。
中盤、利己的な人間たちによる醜態が、いろいろな場所を巡りながら、ジェットコースタームービー的に繰り広げられていく作り。
前半に出てくるさりげない事象が、中盤に伏線としていろいろ生かされているのは上手いと思った。
ここまでは、まあまあ面白かった。
終盤、飛行機内の場面。
アニーにとって理不尽な展開が起きて絶望している中、近くにいた敵であるはずの一人の男が彼女の可哀想な姿を見て(もしかしたら気のせいかもしれないが)目に涙を浮かべていて、それを観て不意に感動して落涙してしまった。
利己的な人間だらけのクソみたいな世の中で、アニーにとってただ一人の仲間ができた瞬間な気がした(アニー本人はそのことに気づいていないが)。
こんな場面で泣いているのが自分だけな気がして、恥ずかしいので涙を引っ込めようと頑張ってみるも、さっきまで屈強な戦士の顔をしていたその男が、終盤はアニーを心配そうに見つめる優しい横顔に変わっていて、その顔を見るたびに涙腺が刺激されて大変困った。
いろいろあった後、部屋で語り合う二人の男女。
セックスワーカーとして様々な男と体の関係を持ってきたアニーにとって、男とは「女性を性欲処理の道具と思っている動物」に見えていたと思うが、そうではない男に初めて出会ったことで戸惑い、「恋愛」よりも人間にとって大事なものがあることに気づき始めるアニー。
ラスト、車中でアニーが取る行動は、ああいう方法でしか人と対話する方法を知らないから。
しかし、男が無理してそれに応えようとした時、強く拒絶し、号泣するアニー。
男性社会のおぞましい呪縛から解放された瞬間に見えた。
情景が再び目に浮かんできて、不覚にも涙ぐんでしまいました。
>男とは「女性を性欲処理の道具と思っている動物」に見えていたと思うが、そうではない男に初めて出会ったことで戸惑い、「恋愛」よりも人間にとって大事なものがあることに気づき始めるアニー。
>ラスト、車中でアニーが取る行動は、ああいう方法でしか人と対話する方法を知らないから。しかし、男が無理してそれに応えようとした時、強く拒絶し、号泣するアニー。
救いがあることを再確認できました。
言語化していただいてありがとうございました。