エミリア・ペレスのレビュー・感想・評価
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相反する心 グアダルーペの聖母
国民の八割近くがカトリック信者だというメキシコではキリストよりも崇拝の対象とされるのがグアダルーペの聖母と言われる褐色のマリア様だという。
スペインによる植民地支配の下、カトリック教会はアステカ文明で崇拝されていた女神トナンツィンの姿を聖母マリアに重ね合わせることで布教に役立てた。そのために土着宗教とキリスト教の混じり合ったメキシコ独特のキリスト教になったという。
麻薬カルテルのボスであるマニタスは長年性同一性障害に悩まされ、有能な弁護士であるリタに依頼して性転換手術を受ける。
マニタスは見事女性として生まれ変わり、報酬を得たリタも弁護士として独立しロンドンで活躍していた。そのロンドンのレストランで声をかけてくる一人の女性、同じメキシカンとして意気投合した二人だったが、そのエミリアこそマニタスの生まれ変わった姿だった。
彼女は再びリタに依頼する。離れ離れの家族とメキシコで暮らしたいと。そしてリタとエミリアはメキシコで行方不明者の遺体を探すNGOを創設する。
マニタスはかつて部下さえも恐れる冷酷非情な男だった。しかし彼はこの貧富の格差が大きいメキシコで生まれ育ち、生きてゆくには犯罪に手を染めるしか道がない中でめきめきとその頭角を現し組織のボスにまで上り詰める。
手下たちも同じように犯罪に手を染めてきた油断ならない人間たちだけにそれを統率するためには彼ら以上の非情さが求められた。だが彼の真の心はそうではなかった。本当の自分は人を殺めたり痛めつけたりしたくはなかった。これは本当の自分ではない偽りの自分だと。幼い頃から自分の内面と外面とのギャップに苦しみ続けてきた。しかし彼の育った環境が本当の彼を許さなかった。
そんな彼が子供を持ち人生も半ば過ぎたころに一大決心をする。このまま偽りの自分のままで人生を終えたくない。残された人生を本当の自分として生きていきたい。彼は生まれ変わる決意をしてエミリアとなったのだった。
そして彼の心の奥底に押し込められていた善の心がふつふつと甦り、今まで彼が犯してきた悪行への償いのためにも犯罪により犠牲となった人々や家族のためにその活動に心血を注ぐのだった。
自分の犯してきた罪を償い生まれ変わったその姿は人々の罪を一身に背負って十字架につけられそして復活したキリストの姿を思わせた。
しかし、エミリアはマニタスに戻ってしまう瞬間が訪れる。妻のジェシーが子供たちを連れて再婚するのだという。彼女に怒ったエミリアの声はマニタスの野太い声に戻っていた。
怒鳴り声で彼女を恫喝するその姿は元の狂気に満ちたマニタスの姿そのものであった。
どんなに善行を行おうとも彼女の体に長年染みついた力で人を抑えつけようとするマニタスの影を追い払うことは出来なかった。
エミリアはジェシーの一味に誘拐され車もろとも崖から落下炎上し帰らぬ人となる。マニタスの犯してきた罪はエミリアになってもいまだ償いきれていなかったのかもしれない。
しかしエミリアが亡くなり彼女を悼む人々はその姿を模した聖母像を頭上高く掲げて彼女の功績を称えるのであった。
マニタスは今度こそ生まれ変わったのかもしれない。それはキリストではなく、グアダルーペの聖母として。
カトリック信者が多くを占める国民性ながらもいまだ植民地時代から根強く残る貧富の格差に苦しめられ治安が一向に改善されないメキシコ。
アステカ文明と西洋文明が入り混じった結果生まれた褐色の肌を持つ聖母マリアことグアダルーペの聖母、相反する心と体を持つその姿はマ二タスとエミリアの姿そのものなのかもしれない。
堕ちていく、あの空へ、昇っていく、あの暗い淵へ。冒頭のこの曲の歌詞をはじめとして劇中では逆説的な言葉が多用されている。父であり、叔母。麻薬組織のボスから慈善団体の代表者へ。男から女へ。優しい心を持ちながら劣悪な環境で生まれ育ったがために、悪人とならざるを得なかった一人の男の姿を通して、人間の心の中に潜む善と悪の葛藤を見事に描き出しエンターテイメント作品に仕上げた。
街中を走る廃品回収車のアナウンス音声から、レンジ、テレビ、何でも買います。でも買えない、私の人生と魂は売り渡すことはできない。などなど劇中で流れる歌の歌詞がすべてが素晴らしくて個人的にはミュージカル映画としても革命的な作品だった。
今年の粒ぞろいのアカデミー賞ノミネート作品の中で本作が個人的にはダントツだった。アノーラも好きだけど本作のすごさの前に少々かすんでしまった。ノミネート作品で最後に回した本作がマイベストだった。
ちっぱいおぱい♪主演はゾーイでは??
いつもながらフライヤーはもらっていたのにしまったままで。。
鑑賞後、どんな事書いてあるのか見たくなりファイルから探していると。。
たしかピンクだったよ〜なコレかな?と手に取ったのが「ドールハウス」
まさみとお人形さんので驚いた('◉⌓◉’)
違う違う怖い怖い。
やっと見つけた「エミリア・ペレス」
よく見るとこちらのガスコンさんも中々イカつい。。
でもいるいるこんな女性。
私もおばさんなんでアレですが、おじさんおばさんみたいなおばさん、、いますよね。
(私の唯一の親友心友悪友で、リーアム兄さん好きな私を"枯れ専"呼ばわりしたオンナがいるんですけども。
彼女の名言
「ゆきは上半身はお父さん似で下半身はお母さん似だ」とディスられた事を思い出しました!
爆!
巧いこと言いよる〜!
だよね〜アタシちっぱいだもんね〜
。。。あれれ??涙が。。。
くっそぉ〜!
アタシもおぱい欲しいよぉ〜!w)
そして近年、たよーせーたよーせー叫ばれておりますが、、
私が子供の頃は平気でデブとかブスとかチビとか言って(言われて)おりましたし、親も、男のくせに・女のくせにとか、やられたらやり返せとか言ってましたけど。。
(これは多様性じゃない問題発言w)
たよーせー教育(?)で育っているうちの子なんかは、人や自分の外見をからかう様な発言はしませんし、ロングヘアの男の子も黒いランドセルの女の子も普通にいます。
私も親として、たよーせーるっきずむには敏感になっている今日この頃。。
とはいえ普通に人それぞれみんな違うの当たり前って思ってるし、2丁目とかでも遊んでいたので色々な"タイプ"のパイセンも見て来たし、自分もわりかし変な人間って自覚もあるので。。
だから、その辺は割と守備範囲広い方だと思います。
どんどん増えるアルファベット。
正直"理解"なんてしなくても良いと思っている。
(所詮出来ないとも思っている)
だけど、
私とは違うけど、この人はそ〜ゆう人なのね。って位にライトに考えて付き合えばいいんじゃないかって思ってるし、そうしてる。
だだ、私はたまたま身体が女で性自認も女だからそこに不便はなかっただけで、実際に違和感のある人の苦悩は計り知れないのだろう。
置かれている環境や立場、経済的な理由などで、本当の自分の姿に近づけない人も多いのだろうな。。
本作の主人公マニタス(カルラ・ソフィア・ガスコン)も、長い間自分を誤魔化し生きて来た人物。
自分の本来望む姿とは正反対の人生を歩んできたメキシコの麻薬王。
誰もが恐れる最恐のキング。
悪の限りを尽くしてきた彼が実は
"女性として新たな人生を歩みたい"と思っているなんて誰が想像出来ただろう。
初めて姿を現した"マニタス"には身がすくむ程の恐怖を感じましたし、威圧感がすごかった。
気分を害したら確実に殺される!
リタ同様緊張感がハンパなかったです。
一方、優秀な弁護士だが地味なリタ
(ゾーイ・サルダナ)は、明らかに罪を犯している人物の弁護を任されるが、上司の命令で、無罪を主張し、裁判に"勝つ"
彼女も自分を誤魔化して生きていたし、弁護士としての正義も揺れていた。
そんなリタをなぜ"マニタス"が選んだのかは分かりませんでしたが、ある日マニタスの手下に拉致られる。
自分を完璧な女として生き直す方法を探せ。
恐怖もあっただろうが、大金に目が絡み
(だと思う!)その命令に従う事にするリタ。
"マニタス"が女性になる為には家族とも離れなくてはならない。
敵対する組織から守る為だと嘘の説明をし、マニタスの妻ジェシー
(セレーナゴメス・可愛い♡)と子供達をメキシコから遠ざける。
そこでマニタスが殺されたというニュースが飛び込んでくる。
もうマニタスは死んだのだ。
誰もがそう思った。
そして4年後。。
優秀だが泣かず飛ばずのリタだったが、大金を得た事で交友関係も広がったのだろう。
セレブ御用達の弁護士になっていた。
身なりも生活も華やかになり、自信に溢れ、充実している様に見えた。
そんな彼女の前に"エミリア"が現れ再び妻と子供達とメキシコで暮らせる様にして欲しいと頼まれる。
そして皆さんご存知の通り、物語は大きく動き出す。
まず冒頭の音楽からしてカッコいい!!
そしてこれはミュージカル?!
フラッシュモブのような演出からスタートする作りが新しい!
リタの歌とダンスにも引き込まれる。
息継ぎしてた?!マニタスの抑揚のないラップ風のセリフ回しももっと見たかったし、リタとドクターのハモリセリフのシーンの見せ方も新鮮だった。
(ジェシーと彼氏のカラオケサービスも有りでそこは不思議シーンだったw
イチャコラはセックスシーンじゃないのね、カラオケかい!健全かっ!w)
で!
斬新なミュージカルシーンと同等に見所といえばガスコンの演じ分けでしょう。
マニタスとエミリアどっちもすごかった!
マニタスもエミリアも、別の人物として正に存在し、生きていた。
ガスコン自身もトランスジェンダーという事も重なって説得力があり、その姿はリアルそのものでした。
(奥さんもいて、結婚生活継続中に徐々にアップデートしたそうですょ!)
女性として生き満たされていたエミリアだが、姿かたちを変えたとて、彼女の考え方は変わっていなかった。
そう、人間の本質なんて簡単には変わらないんだな〜と複雑な思いになった。
行方不明者を捜索する慈善団体を立ち上げ
"汚い金"をそこに惜しげもなく使う姿とは反対に、自分から離れていくジェシーを引き止める為に、陰では恋人を暴力で脅し金で解決しようとしている。
自分本位でしかない。
自分の願望を満たす為に全てを捨てる覚悟でジェシーをも捨てたくせに、自分の欲が満たされると、やっぱり妻も子も欲しくなる。
近くに置きたくなる。
諦めたくない。
支配したい。
この辺はエミリアに同情する見方もあるだろうが、私にはエミリアの勝手さが目に付いた。
ジェシーだっていっぱい泣いて悲しい思いもしたのに勝手だと思った。
ジェシーからしたらあんな叔母さん面倒くさいしかないわ(°▽°)
恋人エピファニスも出来たのに随分と強欲ではないか。
所詮思考はマニタスのままじゃんと思った。
そしてリタとマニタス/エミリアの関係性の変化に注目すると面白い。
最初は恐怖からマニタスに従っていたリタ。
お金に目が眩んだのもあるが、気持ち的にマニタスに対しては何の感情も持っていなかった様に見えた。
しかしエミリアとの仕事で自分に自信が付いていくリタは、頼りにされる事への喜びを感じ、もっと応えようと尽くす。
変な成功体験だが、間違いなくリタを変えたのはエミリアの存在という皮肉よ。。
徐々に気持ちがエミリアに寄り添って行き、私的な感情が加わっていくのも自然な流れだった。
マニタスの方も、最初は自分の願望を叶える為の道具としか思っていなかったリタが、どんどん自分に魔法をかけてくれる大切な存在になって行き、弁護士と依頼人の立場を超えた信頼を寄せるパートナーへと昇格していく。
無意識に変化していくその心模様も面白い。
もうずっとリタ〜リタ〜言ってたw
それぞれが互いを思う関係になって行く所も見所です。
ジェシーの"マニタスを愛していたのは間違いない。ただ、恐怖心は感じていた事、やっぱり他に好きピがいた事"は、まぁそうでしょうねと思ったが、子供のクンクンシーンはねぇ〜
(T -- T)
結局子供が犠牲者で、エミリアも切なくて可哀想でした。
が、、ラスト。
個人的にはエミリアはジェシーに真実を伝えないで欲しかった。
あの告白は、結局最後まで自己中で自己満じゃねぇかと思った私は冷たいんでしょうね汗汗
とはいえ、簡単に泣けるだけのお話しに仕立てず、意外と皮肉多めだったのも好み♪
そしてこの様なテーマを斬新な演出のミュージカルという手法で、エンタメに昇華させた監督の手腕には脱帽!
で。。
冒頭に色々書きましたが、本作は多能性云々というよりも、アイデンティティの確立ってのがテーマだったのではないかと思いました。
その描かれ方も説教臭くなくて好きでした。
私生活では色々不安定な様子のガスコンさん。
セレーナゴメスとの共演シーンは違う意味でドキドキしちゃいました。
心と身体のバランスを取るのって、難しいですね( T_T)\(^-^ )ドンマイ♪
手ごわい映画
「この男は手ごわいメキシコ人の一人だった。どこへ行こうと、この連中ほど手ごわい人間はいないのだ。」R.チャンドラー『長いお別れ』 男だけではなく、女も。そして、この映画自身も(ただし、メキシコ映画でなくフランス映画だけれど)。冷酷な麻薬王が性転換手術を受けて女性になる。それをミュージカルで。キワモノになりそうな題材を、(W.ヒルの映画で似たようなんかがあったような)ジャック・オーディアール監督は、メキシコの犯罪や暴力、自分らしく生きることの難しさなどを盛り込んで、見ごたえのある秀作に仕上げている。特に役者たちがいい。中でもリタ役のゾーイ・サルダナが。希望に満ちた卒業写真の顔、しかし、現実は弁護士として悪党を無罪にする空虚な日々、それが麻薬王と出会ったことで大きく変わっていく。自分が求めていた正しい生き方をしていたのに、最後は暴力に頼ってしまう。それが悲しい。久々に充実感のある映画だった。その前が『サメ遊戯』だったしね。
姐さんでてますよ
ものすっごくパワフル!
これはフランス映画なのか?南米の作品なのか?
冒頭、私は愚かにもこの作品をカテゴライズしようとして迷子になってしまいました。
突然歌い踊りだす構造にも翻弄されました。
でもマテアス/エミリアがとても魅力的でパワフルな人間であることが解ってようやく没入することができました。
彼/彼女はギャング時代も慈善家時代も常にパワフルで行動を起こす人でした。
愛と恐怖を知る人は強い。
時に暴力的だけど、なにをやっても成功する人。
それだけで魅力的です。
ラストのコーラスが心に残ります。
仰天の映画だった。こんなのありかと私を驚かせた。
正直、私が好むストーリーや題材でもない。現代メキシコを舞台に、人種差別や組織犯罪またトランスジェンダーをミュージカルにしてしまうその発想に驚く。「ウィキッド」が既存のハリウッドミュージカルの枠に留まっているのに対し、この作品はその枠を大きく超えている。冒頭弁護士リタの不満を歌うミュージカルシーンは秀逸で、音楽・振り付けとも私を感心させた。
おっさんみたいなおばはん振りがうまい
遠い地球の裏側の話?
昔から知ってるメキシコにちょっとバージョンアップしていたので。簡単には変わらんわな。
なんでも手に入れてなんでも変えて要らなくなられば捨てて⋯⋯。
だけど人間一度知ってしまった"欲"の味は捨てられない。
この国は武器を目の当たりにしないだけでさほど変わらない気がするよ。
まぁ犬のエサにならないだけマシなのかもね。
ちなみにアカデミー賞作品賞はAnoraではなくこっちの方が良かったかも。
純粋に作品を見比べた感想です。
極端な人は極端に振れがち
前半と後半でガラッと様子が変わる。
そこそこ楽しめはしましたが、最後の盛り上げ方や仕舞い方は薄い印象でした。
ミュージカル要素は比較的自然な感じで、普段ミュージカル系の映画はあんまり好きではないのですがこのくらいなら許容範囲でした。
メキシコ製ではなくフランス製なのですね。
たしかにそれはメキシコの人々にとっては色々言いたくなりそう。
海外の監督が日本のドキュメンタリーや人間ドラマを描くならともかく、政治的であったり社会的な物語を極端な語り口で描いたら・・・と思うとね。
整形とかってあんまり詳しくは知りませんけど、継続的にメンテナンスや追加手術を重ねないと維持が難しいという話を聞いたことがありますが、ここまでの変化だとどうなんでしょうね~というのは気にかかりました。
不良やヤの人がたまに良い事をして見せると、それまでに重ねた悪行が霞んで見えてしまうという話がありますけども、これもそんな印象かな~?直接描写はされませんでしたが、そこまでの麻薬王だったならかなりの事をしてきたはずでしょうし。その割には転換後の身辺警護のガードが甘すぎますし。心理的な割り切りが大物の割には甘々なんじゃないかな~?とは感じてしまいました。
カープの帽子、私も気になりました。なんだろう・・・
葬列に広島カープの野球帽が気になった
この時期はどうしてもカンヌやアカデミーで受賞し評価の定まった映画を選択してしまうのだけれどこれは大当たりでミュージカルシーンに身体が呼応して暗闇にリズムをとりながら楽しんだ。そもそも日常から始まっていつのまにか非日常へと連れて行ってくれる映画が大好きである。音楽ジャンルにラップが幅を利かせ始めた昨今のミュージカルでは台詞から歌へのグラデーションがさらに心地よくなり特に今作は弁護士のラップ調の台詞にダンスが加わり照明が変わり会場の出席者全員を巻き込んでいくNGOのパーティーシーンが圧巻だった。舞台はメキシコで残虐マッチョな実はトランスジェンダーの麻薬王(マニタス)が性別適合手術を受けて(マニタスは死んだことにして)エミリアとして生まれ変わるという、ちょっと今の時代ウケを狙ったようなお話なのだけれど、そこはもうどうでもよくなるくらいにミュージカルパートが秀逸。さすが名作「シェルブールの雨傘」を生んだフランス映画である。唐突感のあるエンディングを含め良かったのだけれど最後のカメラブレブレの葬列パレードは如何なものか?付け足すならFIXの3カット程度で締めくくって欲しかった。
壮絶な人生のぶっ飛んだ設定
想像以上に面白かった‼️
ビンゴ!!
燻った日々を送る弁護士と女性になりたいと言う麻薬王の物語。
弁護士リタはある日誘拐され麻薬王マニタスに女性になる為の協力を半ば強制的にさせられるも無事成し遂げ…しかしエミリアとして生きる彼女と再会し再び幕が上がっていく。
麻薬王って時点で大悪党であることは間違いないが、そんなマニタスも1人の人間としての悩みを持ち…。生まれ変わったエミリアと接していくうちにリタとの間にも信頼と友情が。
生まれ変わっても消せない過去、そして生まれ変わっても変わらない気持ちや愛情…そんなものがふんだんに盛り込まれたストーリー。
大好きな匂い…エミリアはどう思っただろうか。
そして最早敵となった彼女。この真実を初めから言えていたら、そしてもし受け入れて貰えていたならばどれほど…。
一方からは近く、もう一方からは果てなく遠いその距離が終始切なかった。
慈善事業!?…はどのツラさげてと思わないこともなかったが、これも変化と言うことか。そしてどんな姿になっても子どもを思う気持ちは変わらないのだなぁ。
難しい性の問題を扱っていながら、狂おしい家族との関わりをよく表現しておりなかなかに没入させられた作品だった。
個人的には、よく出来たストーリーなので別にミュージカルにしなくても良かったかな…なんて。
キラーチューンっぽいものも無かったように感じたし。。
組織や警察から逃げるクライムサスペンスじゃない!
とある直木賞本を読んでメキシコにいつか行きたいな〜と思っていたので、麻薬カルテルのボスが性転換?舞台はメキシコ?へー、観てみるか〜!くらいの知識で映画館へ行きました。てっきり逃げるための性転換手術なのかなって思ってたんです、クライムサスペンスかなって。そしたら全然違った!クィア映画だった!そしてミュージカル仕立てだった!最初の2曲で、わたしはハマりました。全曲を歌い上げる系ではなくて、気持ちの高ぶりなどに乗せて曲になるやつでした。
ぶっ飛んだストーリーだったので、エミリアはあのラストを自身で受け入れていたのかどうかが気になりました。(ストーリー的には言い落としどころじゃないかなと思います、盛りだくさんすぎておなかいっぱいでしたし…)
大人計画(松尾スズキさん)の作品を観たかのような、不思議な感覚で席を立ちました。好き。
個人的には今年度の作品賞だ
第97回アカデミー賞最多13部門ノミネートで助演女優賞と歌曲賞受賞とのことでかなり話題性があったが、本作のテーマにあまり興味が湧かなかっため、なんとなく暇な時にふらりと劇場に立ち寄り鑑賞。
上演開始まもなく、劇場に来た甲斐が大いにあったことに大満足。
本作の観どころか、ところどころで流れる語り口調のミュージカルはとても訴えるものがあり、それはそれで意外に迫力ありで絶妙なのだ。
映像的にも、度々とらえる人物のどアップはど迫力で圧倒される。メキシコの曲なのか、もちろん音楽も雰囲気抜群で歌曲賞受賞はまさに伊達じゃない。
役者陣の演技も、助演女優賞受賞のゾーイ・サルダナだけでなく、主演のカルラ・ソフィア・ガスコンや脇を固めるセレーナ・ゴメスの熱演も鬼気迫るものがあり、それぞれが受賞してもなんの不思議もないレベルに思う。
ストーリーは奇想天外ながらもある意味ベタではあるが、終始ハラハラドキドキが止まらない。特にラストのドンパチは、結末はどうであれ大きな余韻を残す。
本年度アカデミー賞最多部門受賞の「アノーラ」も大好きな作品ではあるが、個人的には本作が本年度の作品賞だ。
あぁ…とにかく銀幕で観れて本当に良かったなぁ~と、大満足で劇場を後にした。
要素詰め込みすぎたかな。
ドラッグって儲かるんだな
最初、ドラァグクイーンとドラッグを掛けているのかと思いました。
でも、そんな単純な話ではなく。
性別や人種で差別されている人、見た目で差別されている人、学歴で差別されている人、国で差別されている人……本質は同じところにあり、且つ、差別されているからっていい人じゃない。
人を殺した先に、法律を破った先に、生きづらさの答えはあるのだろうか。
単純には解決できない問題は山積みなんだけど、エミリアのリッチぶりが、韓国ドラマの財閥もびっくりな具合で。
結局は、ドラッグを買う主な層は貧困層で、そこから搾取して、さらには貧困層には理解できない、生きづらさも存在するわけで。
ドラッグに手を出さないことが唯一の、アイデンティティーの確立かもしれないと思いました。
外向きベクトルの映画
フランスの才人監督ジャック・オーディアールが、サスペンスドラマをミュージカル仕立てとした映画。オーディアール監督は、舞台をメキシコに設定し、スペイン/メキシコ人と、スペイン語に馴染みのあるアメリカ人を採用して撮影を進めた。
主人公のエミリア・ペレス/マニタスは、スペイン人のトランスジェンダー俳優カルラ・ソフィア・ガスコンが演じた。その演技は、奔放の一言。彼/彼女に手術を受けさせるために世界を奔走する、狂言回しの弁護士リタを務めたのは、アメリカ人のゾーイ・サルダナ、ただし彼女はプエルトリコとドミニカに縁があり、スペイン語も上手。それでも、英語を話した時が、一番自然で生彩が感じられた。
ドイツ人が「考えてから歩き出す」と言われるのに対し、スペイン人は「走ってから考える」と言われることがあるが、その影響は確かにあった。カルラ・ソフィア・ガスコンの過去の失言が見つかってしまった。10年前ならいざ知らず、昨今のように多様性が認められ、リテラシーが求められるコンプライアンス遵守の世の中では、あり得ないこと。
私にとって一番良かったところは、セリフを喋っていたのがミュージカルに移行してゆくところ、特に群踊の場面。なぜか、北野武の「座頭市」が思い出された。あれは一見タップダンスだったが、本当は太鼓のリズムに乗っていた。彼は黒澤さんの映画を思い描いていたのだと思う。
アカデミー賞候補の有力作だった主な作品は見たけれど、この「エミリア・ペレス」が一番エネルギーに満ちていたと思う。ただし、ベクトルが外を向いている分、無駄なインパクトを発揮してしまったが。
姿を変えても過去は変えられない
フランスを代表する名匠のジャック・オーディアール監督が作った野心的で奇想天外なサスペンスミュージカル。いや、ジャンルを規定できない作品だ。
元は歌劇(オペラ)にする予定だったものを新しさを求め、ミュージカルに仕立て上げたという。
弁護士のリタ(ゾーイ・サルダナ)は麻薬カルテルのリーダー、マニタス(カルラ・ソフィア・ガスコン)から多額の報酬と引き換えに秘密裏に女性への転換手術を行う依頼を受ける。本心を隠して生きてきたが、残された人生で願いを叶え女性として生きたいという。
リタは性適合手術の手配から残された家族の居場所など全て秘密裏に行うことを全うする。
それから時が経ち、イギリスで成功を手にしていたリタの前にエミリア・ペレスという女性になったマニタスが現れる。
マニタスはメキシコでもう一度家族と暮らすための依頼をしに来たのだ。
マニタスは女性に生まれかわり、過去の悪行を償うための慈善活動にのめり込み、リタもその活動に協力する。
エミリア、弁護士のリタ、マニタスの妻ジェシー、エミリアの彼女になるエピファニアの4人の女性の視点で進む展開は細やかで演技も素晴らしい。結果カンヌ国際映画祭では演じた4人が同時に女優賞を獲得している。エミリア役のガスコンに至っては史上初のトランスジェンダー女優としての受賞となった。
ところで、なぜクライムサスペンスとしては似つかわしくないミュージカルの手法を取ったのか。映画におけるミュージカルシーンはどうしても唐突である。舞台劇のミュージカルは舞台装置の中で歌い踊るので違和感はない。一方映画ではリアリティを追求した場面の中で突然歌い踊るのでリアルから離れ、ある意味滑稽でもある。
エミリアは女性に姿を変え慈善活動に精を出すが、彼女が過去に犯した犯罪は消えるものではない。過去の凶暴さが出てしまうこともある。そうした姿はある意味滑稽でもある。
オーディアール監督はジャンルというものを超え、サスペンスにミュージカルの要素までぶちこみカオスのような映画を作った。それは比喩的にはコメディも包含したある人物の数奇な人生を表現したかったのではないか。
さて、カルラ・ソフィア・ガスコンの件だ。
ご存知のように、過去のSNSで差別的な書き込みをしていることが発覚し、大批判を浴びている。
アカデミー賞でも非英語作品で過去最多の12部門13ノミネートを果たしたが、受賞したのは助演女優賞(ゾーイ・サルダナ)と主題歌賞の2部門のみ。ガスコンも主演女優賞にノミネートされたが落選した。もちろん賞はエミリアではなく個人のガスコンが対象なので、個人の不適切な投稿が原因ではずされたことは当然である。映画同様、過去の過ちは変えられないというという事を地で行く皮肉な結果になってしまったのだ。
ただ、出演者の不祥事で作品そのものの評価が落とされるのはどう考えてもおかしい。昨今リスク回避傾向が強まり、主催者や製作者が過敏な対策をとるような気がしてならない。
この映画のガスコンの演技は素晴らしかったし、プライベートで不適切があったとしてもその評価は変わらない。ましてや作品の評価が変わるようなことがあってはならない。
傑作とまではいわないが、意欲的な作品でジャック・オーディアール監督の代表作にもなる作品だと思う。外野に惑わされることなく自分の目で鑑賞して欲しい。
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