「犯罪王か聖母か、贖罪か慈愛か」エミリア・ペレス 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
犯罪王か聖母か、贖罪か慈愛か
今春開かれたアカデミー賞もバラエティーに富んだ作品が並んだ。
最多12部門13ノミネート、ゾーイ・サルダナの助演女優賞と歌曲賞で受賞を果たしたのが、本作。
カンヌ国際映画祭でも審査員賞とメイン4人で女優賞を受賞。
一見世界中で高い評価を得たように思えるが、実際は賛否両論激しい。
舞台のメキシコでは酷評。米評価も作品賞ノミネート10本の中では最も低い。(作品賞受賞『ANORA/アノーラ』はRotten Tomatoes支持率93%に対し、本作は71%)
確かになかなかに取っ付き難い題材。メキシコ裏社会、性転換、多様性、ミュージカル…。
個人的にも、力量は認めるがジャック・オディアール監督の作品があまりソリが合わず…。
以上の事から作品賞ノミネート10本の中でも期待値は低め。
自分には合わないかも…と思って見たのだが、意外と思ってたよりかは。
まず、そもそもの設定が特異。
メキシコシティで弁護士をするリタ。手腕や名声は順調な一方、時に意に反する弁護に悩んでもいた。
そんな彼女に謎の依頼人。麻薬カルテルのボス、マニタス。麻薬売買、殺し…多くの犯罪歴を持ち、恐れられている。
その弁護かと思いきや、依頼は驚くべきものだった。
兼ねてからマニタスは、自分の中に男性としての自分ともう一人、女性としての自分がいる事を知る。やがて女性の自分の存在は大きくなり、決心した。
これまでの自分や人生を捨て、性転換して、女性として生きる。手術や新しい身分、暮らし…その全ての手配をしてくれ。
麻薬王が首尾よく逃げようとしているように思えるが、本人は真剣。
罪多き人生を捨てたい気もあるが何より、女性として、ありのままの自分として、生まれ変わり生きたい…。
リタは高額報酬と引換に承諾。
しかし、仕事内容は難題。
秘密を守り、性転換手術をしてくれる名医を探す。
メキシコやアメリカ以外で安全に暮らせる場所。
マニタスには妻ジェシーと2人の子供がおり、彼らの事。マニタスが敵に狙われ、安全の為にスイスへ。その説得。
また、“マニタス”の死の偽造。
問題起こる事なく捌き、マニタスも手術を。
全てを終え、泣くリタが印象的。安堵からか、また意に反したからか…。
特異な設定、始まり。
これからどう展開するのか…?
予想も付かない…と思いきや、テーマやメッセージは重たいが、意外とストレートな話や展開。
4年後。ロンドンで暮らすリタ。
とあるクラブで、エミリア・ペレスという女性と知り合う。
同じメキシコ出身という事もあって気が合うが、リタはその場で気付いた。
エミリアは、あの性転換したマニタス。
女性として新たな人生を歩んでいる。
しかし、何故こんな所に…?
マニタス…ではなくエミリアは偶然と言うが、そうではないのは賢いリタには分かる。
エミリアから今度は“依頼”ではなく“頼み”。
察しは付いた。
新しい人生を歩んでいるが、家族をそうそう忘れられない。また一緒に暮らしたい…。
あれっきりと思ったのに、リタはまた関わる事に…。
リタはメキシコシティでエミリアがジェシーと子供2人と暮らせるよう手配。3人をスイスから、もう安全とメキシコに呼び戻す。
エミリアの事はマニタスの遠いいとことして紹介。
郊外の豪邸で使用人たちと暮らすエミリア。初めて会うお金持ちのおばさん…という設定。
夫/父を亡くし遠方に追いやられ、母国に戻り、親切なおばさんと裕福な暮らし…というと幸運に思えるが、ジェシーと子供たちは当初は浮かない。ぎこちない。
しかし、次第に…。
別人となって家族と…。何だかちょっと『ミセス・ダウト』を彷彿させた。
家族との暮らしを再スタートさせたエミリアに、もう一つ新たな出来事が。
行方不明の息子を探す母親を知る。
エミリアは獄中の元カルテルメンバーの人脈から行方を探す。
すでに亡くなっていたが、母親は息子と再会出来た事に感謝する。
これをきっかけにエミリアは、行方不明捜索と家族支援の団体を立ち上げる。
考えてみれば、皮肉な話だ。マニタス時代は自分も誘拐や拉致側だった。
そんな自分が今は救済する側に。
生まれ変わった自分に出来る事。過去の自分の罪を悔い改めたい。
罪滅ぼしだが、私はあまりその言葉が好きではない。罪滅ぼし…つまり、罪を滅ぼす=帳消しという意味合い。
犯した罪は消えない。それを受け止め、悔い、自分に何が出来るか。
行方不明者は亡き者がほとんど。
それでも遺族は再会に安堵する。
亡くなっていた事は悲しく辛いが、心労負担の安否不明よりかは救われる。
尽力するエミリアと団体はメディアに取り上げられる。
エミリアの慈善行動に感激するリタ。
エミリアは言う。あなたが私を救ってくれた。
リタは言う。あなたが私を救ってくれた。
意に反する仕事もあった。心から断言出来る。やって良かった行いだったと。
ハッピーエンドな雰囲気だが、そんな作品じゃない事は承知。
また家族を求めた結果、それが歯車を狂わす…。
団体を訪ねてきた一人の女性、エビファニア。夫を探していた。
調べた結果、夫はすでに死亡。
泣いて喜ぶエビファニア。実は彼女は夫からDVを受けていた。
もし生きていたら、この手で殺してやろうと。バッグにナイフを隠し持っていた。
てっきり、メディアに取り上げられたエミリアを見て、マニタスである事に気付き、夫行方不明に関与していて、その復讐かと思ったら…。
大胆なエビファニアが気になり始めるエミリア。このご時世定番だが、2人は恋に…。
エミリアに新たな出会いがあった一方、ジェシーにも。いやこちらの場合、再会か。
マニタスとの結婚生活末期、夫とは別に関係を持っていた男性がいた。すぐ別れたが、メキシコに戻ってきた事でヨリを。
ジェシーは子供たちを連れてその男と暮らす事を選ぶ。
つまりそれは、この家を出る事。子供たちと引き離される。
猛反対するエミリア。相手の男をヒモ呼ばわり。
ジェシーも積もった苛立ちや不満を爆発させ、激しい口論。
激昂したエミリアはつい言ってしまう。“私の子供たち”と。
呆れ、さらに激しく罵るジェシー。
せっかく子供たちもここでの生活に馴れ、また家族と一緒の日々を取り戻した…筈なのに。
ジェシーも我が強いが、エミリアも自分本位。
ハラハラしてきた。エミリアが慈善を自滅させるような愚かな行いをするんじゃないかと。
即ち、昔の仲間を使って相手の男を…。
実際、襲わせた。が、町から出ていけと脅しだけ。
またかつての自分に戻るような愚かな事はしなかったが、強硬手段に出たのはジェシーの方だった…。
エミリアにより銀行口座などを凍結させられたジェシー。
男と組んで、何とエミリアを誘拐。切り落とした指を団体事務所へ。
絶句するリタ。
“精鋭部隊”を使ってエミリアを捜索。探し出し、救出。
その緊迫の中、エミリアは被弾。
朦朧とする意識の中で、エミリアはジェシーとの出会いや結婚を思い出し、語り掛ける…。
自分とマニタスしか知らない事を何故エミリアが…?
やがて気付いた時…
苦手意識のあったジャック・オディアール監督だが、本作は意外にもエモーショナルなドラマもあり、好感触を感じた。
本作は多様性ドラマであり、犯罪サスペンスであり、ミュージカルである。オリジナルの楽曲がふんだんに。
いずれも登場人物たちの心情を謳うものになっている。中でもインパクトあったのは、慈善パーティーに集まった偽善者たちをリタが心の中で痛烈に糾弾するシーンの曲。後で調べたら、これがオスカー歌曲賞だったのか…!
それらを奏でる女優たちのアンサンブル。
カルラ・ソフィア・ガスコンはエミリアだけではなく特殊メイクでマニタスも。マニタスは凄みを滲ませ、エミリアは温情と寛容さを。演じ分け、トランスジェンダー俳優として初ねカンヌ女優賞&オスカーノミネートの栄誉。それらは素晴らしいが、さすがに例の一見は看過出来ないかな…。
セレーナ・ゴメスも感情激しい役所を熱演し、アンサンブルに徹している。
MVPはやはり、ゾーイ・サルダナ。これまでエンタメ系の作品が多かったが、実力を見せ付けた。本作はエミリアの贖罪と数奇な運命のドラマだが、リタの物語でもある。エミリアの人生に関わる事になり、アドバイスやフォローや自身への影響も。傍観者的な立場だが、なかなか巧みな役所。パワフルな歌声や見事な美声も披露。オスカーも納得。電話でエミリアとジェシーの板挟みになり、感情むき出しで説得しようとするシーン、何故だかネイティリに見えちゃって…。
最後は悲劇的。
残された子供たちは…?
リタは…?
エミリア・ペレスは何者だったのか…?
聖母…?
泣く子も黙る犯罪王…?
家族を愛し、隣人に救いの手を差し伸べた。
家族を愛するが故にかつてに戻りそうな時もあった。
踏み留まり、慈しんだ。
彼女の数奇な人生に触れ、関わった皆々で語って欲しい。