バード ここから羽ばたくのレビュー・感想・評価
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そして、ろくでなしどもはイエローを大合唱する
「バードここから羽ばたく」貧困とどうしようもない大人たち。その行き詰まりの世界で俯いて生きてた少女がバードと名乗るへんてこりんな人物との出会いから変わっていく姿を素晴らしい映像とスリリングなストーリーで描いたアンドレア・アーノルドの傑作。
アンドレア・アーノルドの視線はDV野郎を除いて、どうしようもない大人たちにも暖かく、貧困を生きる市井の人たちを肯定する。そのどうしょうもない大人を演じる、主人公の父役のバリーコーガンが秀逸でした、さすが。
一儲けをしようとする、バリーコーガンたちがガマガエルに酷い音楽を聴かせれば、金になるドラッグの内分泌液が出ると(バカ)、コールドプレイ「イエロー」を大音量でかけながら、大合唱するシーンが最高。お前らこの曲大好きなんじゃん。
Yellow
日本の貧困事情とはまた異なるイギリスの貧困事情が描かれており、そんな中で暮らす少女をはじめとした周りの人物、そして突然現れたバードという男との交流がメインストーリーになっており、個人的には全体的なやかましさがマイナスにはなってしまいましたが、刺さる人にはしっかり刺さるんだろうなと思いました。
子供たちは学校に行かず、大人たちは働かず、という不思議な環境下で暮らす登場人物たちのありのままが描かれており、早い段階での出産や育児なんかもあったりと、非日常がこれでもかってくらい味わえます。
父親がどう転がしてもダメクソ親父で、時折お前のこと分かってるで?という優しげな顔を見せたりもするんですが、それを覆い隠すようなカスみたいな行動ばかりなので、そこへの嫌悪感が最後まで拭えず、なんか良い感じにまとめたラストも個人的には綺麗事にしすぎだろう…と怪訝な表情で観終える事になりました。
父親のセリフも個人的にはクソさを加速させるものになっており、決してコイツを善として扱っちゃダメだろうというモヤモヤが増しました。
バードとの出会いからグッとストーリーは動き出すんですが、ツギハギのようにストーリーが進んでいき、基本的に誰かしらが怒っているのでハチャメチャですし気分は良くないといった作りなのでモヤモヤします。
その点マイペースに歩いてくれるバードの存在がどんどん有難くなっていきました。
バードが名の通りの姿に変化する感じは「動物界」を思い出させるようなシーンでしたが、あちらの作品ほどカタルシスを感じるものでは無かったです。
ファンタジーさも序盤から中盤にかけて地に足ついたドロドロさを見せていたので悪い方にギャップが働いているようでした。
周りでの出来事を眺め体験していくという成長物語のはずではあるんですが、主人公含め成長を感じさせる要素も弱かったかなーと思いました。
暴力描写もガンガン映されるので苦手な方は要注意です。
作品内で流れる音楽は抜群に素晴らしく、監督の選曲の良さが光り輝いていました。
Coldplayの「Yellow」を全員で歌いながらドラッグカエルの体液を呼び起こすとかいう化学反応起きまくりのシーンは印象的でした。
カメラワークは良く言えば個性全開、悪く言えば見辛くてしゃーないものになっていました。
ざらついた映像やiPhone視点だったりと色々やってるんですが、観やすさなんて二の次と言わんばかりのグワングワンしたカメラワークなのでちと不親切だなぁと思ってしまいました。
まぁ好みでは無かったですが、要所要所に良い意味で気になるところはあったので、監督の次回作以降でまたどうなるのかというところは気になります。
鑑賞日 9/10
鑑賞時間 15:35〜17:35
生き物たちの詩的で自然な世界
バリー・コーガンがどんな演技をしてるのか気になって観たが、危ういシ...
バリー・コーガンがどんな演技をしてるのか気になって観たが、危ういシングルファザーを安定の好演
そんな父を持つ12歳の少女が厳しい環境の中をたくましく生きていくのだけど、現実と幻想が入り混じった不思議な話だった
繊細な映像美もあるけど、手振れが激しく観てるのが厳しいところもあった
階級社会のリアルと少女の夢
イギリスの労働者階級・貧困家庭の現実と神話的な幻想が交錯する不思議な余韻を残す映画だった。
貧困を描いた映画といえば、日本なら(作風はずいぶんちがうけれど)「万引き家族」「あんのこと」とかだろうか。この映画が撮られたイギリスだともっと色々な映画を思い出す。ケン・ローチとか「トレインスポッティング」とかが代表だろうか。イギリスは産業革命以来の社会階級が固定化されがちな社会でもあるから、伝統的に描かれる人々の物語なのかもしれない。日本だと家族の愛情の物語が一つの典型だけれど、イギリスの階級社会というのがこうした映画の系譜を作っているのだろうか。
舞台はイギリス、ロンドンの郊外。落書きだらけのアパートや低層アパート、街中に未開発の空き地も多数、そこに住む人には無縁のように街外れを横切る高速道路…、郊外の労働者階級の住む街である。アーノルド監督の出身地らしく、彼女の子供時代の思い出がかなり反映されているようだ。
映画のストーリーに分かりにくさはないのだが、手持ちの16ミリと登場人物が撮影した安いスマホの粗い画像で、最初はちょっと見にくさを感じた。物語では、現実ではあり得ない神話的、あるいは夢のような描写が入ってくるから、そこで少し混乱する。
しかし、それも含めて見終わってみると、ざらざらとした映像のせいか、現実の場面はリアルなノンフィクションのように感じるし、同時に夢のような描写も主観的で内面的なリアルなのだと納得させられる。おそらく、この監督独特の持ち味で、何作か見ればもっと慣れていくのだろう。
主人公は12歳の少女ベイリー。学校に行ってる描写もなく、まだ20代の父親も働いている描写はないが、これは演出上の省略であると同時に、その背後にはイギリスの実際の教育格差や失業のリアリティでもある。日本を含む先進諸国と同様、イギリスでも無職やその日暮らしの労働者、不登校も少なくないようだから、そうした現状を反映した設定なのだろう。
父親はコミュニケーションが苦手で、暴力の発作を抑えられず、しかし同時に家族や子供を愛している。警察や行政に頼るという発想はなく、またこの映画の中ではそうした制度は存在すらしていないようでもある。
ベイリーは父親が14歳の時の、最初の子供で、そこにその後の子供達と再婚相手の連れ子など、多くの子どもたちが兄弟として加わって、肩を寄せ合うように助け合って生きている。
学校に通っている子供は遠い存在で、地域のグレた少年たちと共に荒れた生活を送っている。ベイリーはすごくタフな現実を生きていて、それを救ってくれるのがスマホで取る写真。そして、空を飛ぶ鳥を眺めることだ。
そして、野原でうとうと眠ってしてしまい迎えた朝、そこで会うのがバードという名前の不思議な青年だ。父親を探しているという彼と共に、ベイリーは彼の父親を探し始めるのだが、見終わってみると、バードは本当に実在したのだろうか、彼の存在自体がベイリーのファンタジーだったのではないかと思ってしまう。どこからどこまでがリアルで、どこが空想なのかの境界が曖昧で、それがこの映画のわかりにくさでもあるし、でもずっと考えされられる魅力にもなっていると思う。
社会の底辺の厳しい現実を、時に激しくぶつかり合いながらも、肩を寄せ合うように生きる中で、思い出に残るような美しい時間も数々描かれる。現実も、人間関係も、自分自身も思うようにならないけれど、それを引き受けて生きていく人の弱さと強さの両方を描いた映画であった。
このリアルで同時に神話的な物語は、僕の心の中にも強い印象を残して、忘れられない一本になりそうである。
見たことがない映画。自然の造詣が美しく、この子が女の子ということは...
見たことがない映画。自然の造詣が美しく、この子が女の子ということは用をたそうとしたときに分かったのだけど、子どもっぽい父、兄、父の新しい相手といい、ほほ頼るもののない世界で、生理を迎え、バードと出会うことで彼女は大人になっていく。
それにしてもDVはむごい。
イギリスの階層別の住宅や地域も見える。
洗練された印象はないが、心に残る現代のおとぎ話
UKの最下層労働者階級の暮らしぶりが活写されます。貧困、子沢山、不衛生、虐待、閉塞感。
ちなみに長男ハンターの彼女の住まいは少し上層なのか、界隈にゴミ落ちてなかったですね。
手持ちカメラで臨場感が倍増。ただしブレも多いので、内容も含めて少し酔いそう。
ベイリーは父親の新しい結婚相手を好いてなかったけど、初潮を通じて何となくシスターフッドができるところがいい感じです。兄やまして父は出番ないですからね。この4日間でベイリーは心身ともにとても成長しました。
フランツ・ロゴフスキの神話に出てきそうなひょうひょうとした表情、まさに自由な鳥人。バリー・コーガンはいつも特異なキャラの若者役が多かったけど、今回父親役とは(そしておじいちゃんにも)!
でも本作この二人が絡むシーンがないんですよ!観たかったな独vsアイルランドの演技対決。いずれにしても只者ではない二人です。
人はどんな環境でもささやかな幸せを見つけることができる
イギリスの田舎街に暮らす12歳の少女ベイリーはシングル・ファーザーの父親と2歳年上の兄と一緒に暮らしていたが、何の前触れもなく父親がいきなり再婚相手を連れてきて、来週結婚式を挙げると告げられてショックを受ける。そんなとき、ベイリーは牧場で風変わりなバードと名乗る男と出会う。初めは警戒するものの、その雰囲気が気になって話をするうちに、バードは自分の両親を探していることを知り、手伝うことにしたのだが……。
貧しい田舎街の最底辺の人々の暮らしでは、生活の一部に暴力が組み込まれているかのようにDVは当たり前、結婚と離婚を繰り返し、「貧乏人の子沢山」と言われるように異父母兄弟が何人もいる。
でも、見ているだけでも心苦しくなってくるそんな暮らしの中でも、人はささやかな幸せを見出すことができる、ということを伝えたいんだろうな。
そして、いかにもヨーロッパらしいなと思ったのが、風来坊が何処からかやって来て希望をもたらして去っていくというモチーフ。それは現実かも知れないし、希望的感想に過ぎないのかも知れない。しかし、一縷の望みを何かに見出すことで現実に押し潰されずに何とか生きている、という人も少なくないのだろう。
ベイリーが撮ったスマホの映像なども多用しながら構成されるカメラワークでモキュメンタリー的なタッチになっていることも、現実感を増し、我々の世界と地続きにある日常生活を見せられている気分にさせることに寄与しているのだろう。
ほんわかだけでは飲み込めない
戸惑いと戸惑いと戸惑いと希望の120分
タイトルとバリー・コーガンが出演すること以外、何も知らずに拝見。
最初はベイリーを男だと思ってたし、さらには女性だとわかった後も12歳と思えず、バグの元カノで、バグが新しい女を連れてきて怒ってるものだとばかり……。
その後、発作的に髪を切り、カチコミを撮影し、野宿後に野ションした後、奇妙な男と出会う……。
いやあ、序盤は「一体何を見せられてるんだ」との戦いで、物語の概要が見えてくるまで1時間くらいかかっていたと思います。
映画のタイトルでもあり、頻繁に映される鳥の姿と奇妙な男の「バード」。俳優の外見や時折見せる鳥っぽい仕草も相まって、「最後は『動物界』的な展開になったりして……」という根拠のない予想が当たる頃には、すっかりお話に取り込まれていました……要所要所の細かい映像表現はピンとこないことも多かったですし、「ベイリーの母親一家はこの先どう暮らしていくんだろう?」とか「結局、あのダメ親父の下でベイリーは暮らすのか」みたいな細かな疑問点もないではないです。
とはいえ唯一無二な作品であることに間違いはないですね。
手ブレ映像に酔い、バリー・キョーガンの圧巻演技にしびれる
アンドレア・アーノルド監督作は初めて。
まず最初に断っておくが、手ブレ映像でキャメラ酔いする人は要注意である。ドキュメンタリータッチを狙ってか、主に手持ち撮影によって撮られた本作は、ともかく全編にわたって手ブレがひどい(※撮影監督は、『わたしは、ダニエル・ブレイク』『哀れなるものたち』『カモン カモン』ほか数々の名作を手がけるロビー・ライアン)。そのせいで終始、めまい、生あくび、かすかな吐き気に悩まされ、ホント参った。内容自体は決して悪くないのに…。
そういうわけで、過去に『ダンサー・イン・ザ・ダーク』『アデル、ブルーは熱い色』『エゴイスト』『ナミビアの砂漠』などで手ブレ酔いの経験がある人は、くれぐれもご用心のほどを(自分の場合、ショーン・ベイカーやキャスリン・ビグロー作品の手持ち撮影はなぜか平気なんだけど…)。
そんな本作だが、鑑賞直後に「本作から“遠いようで近い”映画」として思い浮かんだのが、ケン・ローチ監督の何本かの現代劇、そしてショーン・ベイカー監督の『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』だ。
巨匠ケン・ローチは長年、イギリス社会が抱える貧困と格差の問題に真正面から切り込んできたが、本作のアーノルド監督は、同国の貧困層のリアルをローチとは全く異なるアプローチで切り取って見せる。それは、シビアな現実と孤独な少女が抱くファンタジーとをミックスさせるという手法だ。
また『フロリダ・プロジェクト』の方は、シングルマザーと暮らす6歳の少女を中心にアメリカの貧困層の日常が描かれ、ラストは幼い彼女が現実逃避して憧れのディズニー・ワールド行きを夢想するショットで終わっていた。対する本作の方は、イギリスの下町でシングルファーザーと暮らす12歳の少女の目を通して、彼女が直面する苛酷な生活環境と夢かうつつか分からない事象とが、ないまぜになって描かれる。
この、12歳の主人公が現実の裂け目にかいま見る“魔法のような事象”が、とてもユニークで魅力的だ。それは、主人公の身近にいる多様な動物——カモメ、ヒキガエル、ヘビ、馬、ハチ、蝶、カラス、犬、キツネなど——が引き金となって立ち昇ってくる。
たとえば、タイトル・ロールである謎の男バードは、ときにカラス、カモメのように“鳥男”と化す。映画的には『ベルリン・天使の詩』『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』にも一脈通ずるようなキャラとして存在するのだが。
また映画終盤で、結婚パーティー会場からバードが“飛び去った”と入れ替わりに、一匹のキツネが会場へ紛れ込んでくる。それを見た主人公の瞳孔が変容するシーンは、主人公がキツネと化すことを予感させ、この先クソみたいな世の中をしなやかに、したたかに生き抜いていくだろう——と仄かな希望を観客に抱かせる。
こういった主人公のファンタジーをしかと支えるのが、荒んだ暮らしを捉える濃密な日常描写のリアリティだ。その描き方はけっして暗く悲惨一辺倒なばかりではなく、折々に明るさやユーモアを感じさせてくれるのがイイ。それには役者たちの巧みな演技や挿入歌の数々が大きく寄与しているところもあるだろう——たとえば、バリー・キョーガンがヒキガエルに“くそダサい音楽”を聴かせて、幻覚作用のある体液を分泌させようとする(?)とか。あるいは、彼がパーティー会場で友人2人をバックダンサーに従えて隠し芸ダンス(!)を披露するのだが、それが最高にダサいとか(笑)。
そんな出演者たちのアンサンブルは、本作いちばんの見どころでもある。まず、主役に大抜擢されたニキヤ・アダムズは、相米慎二監督『お引越し』の主人公と同じく、繊細な年頃を見事に体現している。その彼女にからむ二人がまた絶妙。謎の風来坊バードを演じるフランツ・ロゴフスキはクセのある発声を活かし、一瞬にしてタダ者ではないと悟らせる。そして、しょうもないシングルファーザーを演じるバリー・キョーガンの圧倒的存在感といったら! 全身クセの塊のよう(笑)。なんでも彼は『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』のローマ皇帝カラカラ役を蹴って、インディ系の本作に出演を決めたのだとか。さすが“我が道を往く”キョーガンにハズレ無し!と確信できた一作でもあった。
少女から女性に一歩踏み出すベイリーの「かけがえのない4日間」
カンヌ出品作品で、米国映画レビューサイトでも評価が高い本作。映画.comのサムネイル画像を一見した印象では正直「微妙かな?」とネガティブに感じつつも、観逃せない俳優の一人であるバリー・キョーガンが出てるし、『アメリカン・ハニー』も観たら結局大好きだったし、今作もアンドレア・アーノルド監督を信じて劇場鑑賞を決定。今回も前情報なし(トレーラーも未見)で、新宿ピカデリーにて貯まったポイントを利用して鑑賞です。
まず本作、「複雑な家族構成」を把握するのになかなか苦労するのですが、その全てと日常的に接点を持っていて中間的な存在であるベイリー(ニキヤ・アダムズ)と言う12歳の少女/女性が本作の主人公。父親・バグ(バリー・キョーガン)の下で異母兄・ハンター(ジェイソン・ブダ)と同居をしていますが、父から突然の再婚宣言と同時に“父の女”とその連れ子が押し掛けてきたことに反抗します。とは言え、離れて暮らす母と弟妹の元にも“母の男”が居座っていて行く当てがありません。また、日中も2歳上のハンターは年頃になりガールフレンドと過ごしたり、仲間と徒党を組んでビジランテ(自警団)を気取っていたり、金魚の糞のように妹が付きまとうことをあまりよく思っていないため、こっそり兄たちのビジランテ活動の後をつけるベイリー。ところが、パトカーのサイレンがきっかけで一目散にその場を離れざるを得なくなって人気のない草原へ逃げ込み、そのままそこで一晩野宿することになります。すると翌朝、何とも言えない雰囲気と共にベイリーの目の前に現れるバード(フランツ・ロゴフスキ)と名乗る男性。警戒しつつも何故か抗えずにバードに引き込まれ、話を聞くうちに彼に協力することを約束するベイリー。そこから“ベイリー&バード”の友情の物語が始まります。
12歳のベイリーは環境や身体の変化など、少女から女性に変わりつつある年頃。自我も強くなって父の横暴に抵抗しつつも、目配りが出来て自分なりの倫理観も持っており、何より自分の家族を愛しています。また、独りでいるときは鳥や動物、虫など生き物に興味を惹かれ、気になればスマホで動画を撮ることが趣味。そんなベイリーだからこそ出会うこととなるバードは、誰にでも見える存在でありつつ、誰の目にも止まらない存在で、ベイリー自身バードに「言い表しようのない何か」を感じています。
そして二人の出会いからの別れるまでの僅か4日間は、ベイリーが精神的にも大人への一歩を踏み出すきっかけとなるかけがえのない時間。終盤のシーンは涙を誘われ、ベイリーの人生に幸多からんことを願って温かい気持ちになれます。拍手を送りたくなる一本。いやぁ、やっぱ観て良かったわ。
優しいバードと出会った孤独な少女の成長
巡って巡るめくるめく英国の奇譚・・・でもないか。
バリー・コーガンの最新の姿を観れてよかったとする
何となくバリーコーガンが出ていれば傑作なんだったりするんじゃないかと思って見たのだけどそんなことはなかった。
イギリスの世情から浮かび上がる閉塞感とダークネスなムードとカルチャーに、意外とまんざらでもなく『君たちはどう生きるか』とでもいうように翼を持った謎のイマジナリーフレンドのような男が現れる。
バードというと自分たち世代は『バーディ』というイギリスのアラン・パーカーの傑作青春映画があったのでどうも期待したりしてしまったが、むしろそれをもう一度見たくなった。
ただ、バリー・コーガンのイカれ父っぷりはよかった。あと親子キックボードの疾走感か。
伝書烏
まともとはいえない環境下で暮らす12歳の少女の前に、家族を捜しているという様子のおかしな「バード」と名乗る男が現れ交流する話。
カエルを持った電動キックボード野郎とニケツして、自宅と思しき所に着いたら結婚式がーと始まって行く。
登場人物の背景も関係性もわからないまま話しが展開していきどういうこと?父親って?と思っていたら、更に登場人物が増えて非常に判り難い序盤。
やさぐれベイリーの前にバードが現れメモに記された場所を聞かれて…。
てか、本当の父親なんですね。
子供は学校に行っている様子がみえないし、大人は誰もまともに仕事してる様にみえないし、一応血縁への最低限の家族愛みたいなものは感じるけれど、本当に愛があるならまともな仕事しろやと感じる自分には、悪い話しじゃないんだけどね…というぐらいにしか感じられなかった。
そして「バード」要ります?
しかもそんなオチって…(´・ω・`)
という感じ。
オバさんがんばってるなぁ😎 勇気をもらえたよ!
バリー·コーガン演じる全身タトゥーのシングルファザーのバグ、14歳で長男ハンター、16歳で長女ベイリーをもうけて、28歳で2歳ぐらいの女の子がいるシングルマザーと付き合って3か月で再婚しようとしてる。
イかれてる!なんも考えてない!
ベイリーの肌は黒くて髪は縮れてる。
ハンターの肌は真っ白でなかなかイケメン。
異母兄妹であることは明白。
15歳の兄ハンター(ジェイソン·ブダ)はガールフレンドを孕ませて、友達にそそのかされて列車でスコットランドに駆落ちを計画。
自警団もっとがんばれよ!
仕事しろよ!
クセ強めの個性的なキャストたち。
フランスの郊外の貧◯窟かと思ったけど、とても聞きづらい訛った英語だし、どこら辺の話なのよ?ってずっと思ってた。
ウィキペディアによるとイングランドの最南部のケントあたりが撮影ロケ地とのこと。
カンヌ国際映画祭に出品されたイギリスの女性インディーズ映画監督アンドレア·アーノルド作品。ショーン・ベイカー監督はまだ54歳だし、1961年生まれで64歳のアンドレアアーノルド監督。
オバさんがんばってるなぁ😎
勇気をもらえたよ!
過去のほかの作品も公開されてるみたいだし、観に行こうと思いました。
バード役のプランツ·ロゴフスキーはドイツ映画水を抱く女の潜水士役や希望の灯りでザンドラ・ヒュラーの家の浴室を覗く男役だった。
フランス映画の「動物界」かよ〜〜なアノ場面がないと、冒頭のハンディカメラ映像でグワングワン酔わされた甲斐がないってもんよ〜〜
全58件中、21~40件目を表示














