劇場公開日 2025年9月5日

「手ブレ映像に酔い、バリー・キョーガンの圧巻演技にしびれる」バード ここから羽ばたく いたりきたりさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 手ブレ映像に酔い、バリー・キョーガンの圧巻演技にしびれる

2025年9月9日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

アンドレア・アーノルド監督作は初めて。
まず最初に断っておくが、手ブレ映像でキャメラ酔いする人は要注意である。ドキュメンタリータッチを狙ってか、主に手持ち撮影によって撮られた本作は、ともかく全編にわたって手ブレがひどい(※撮影監督は、『わたしは、ダニエル・ブレイク』『哀れなるものたち』『カモン カモン』ほか数々の名作を手がけるロビー・ライアン)。そのせいで終始、めまい、生あくび、かすかな吐き気に悩まされ、ホント参った。内容自体は決して悪くないのに…。
そういうわけで、過去に『ダンサー・イン・ザ・ダーク』『アデル、ブルーは熱い色』『エゴイスト』『ナミビアの砂漠』などで手ブレ酔いの経験がある人は、くれぐれもご用心のほどを(自分の場合、ショーン・ベイカーやキャスリン・ビグロー作品の手持ち撮影はなぜか平気なんだけど…)。

そんな本作だが、鑑賞直後に「本作から“遠いようで近い”映画」として思い浮かんだのが、ケン・ローチ監督の何本かの現代劇、そしてショーン・ベイカー監督の『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』だ。

巨匠ケン・ローチは長年、イギリス社会が抱える貧困と格差の問題に真正面から切り込んできたが、本作のアーノルド監督は、同国の貧困層のリアルをローチとは全く異なるアプローチで切り取って見せる。それは、シビアな現実と孤独な少女が抱くファンタジーとをミックスさせるという手法だ。

また『フロリダ・プロジェクト』の方は、シングルマザーと暮らす6歳の少女を中心にアメリカの貧困層の日常が描かれ、ラストは幼い彼女が現実逃避して憧れのディズニー・ワールド行きを夢想するショットで終わっていた。対する本作の方は、イギリスの下町でシングルファーザーと暮らす12歳の少女の目を通して、彼女が直面する苛酷な生活環境と夢かうつつか分からない事象とが、ないまぜになって描かれる。

この、12歳の主人公が現実の裂け目にかいま見る“魔法のような事象”が、とてもユニークで魅力的だ。それは、主人公の身近にいる多様な動物——カモメ、ヒキガエル、ヘビ、馬、ハチ、蝶、カラス、犬、キツネなど——が引き金となって立ち昇ってくる。
たとえば、タイトル・ロールである謎の男バードは、ときにカラス、カモメのように“鳥男”と化す。映画的には『ベルリン・天使の詩』『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』にも一脈通ずるようなキャラとして存在するのだが。
また映画終盤で、結婚パーティー会場からバードが“飛び去った”と入れ替わりに、一匹のキツネが会場へ紛れ込んでくる。それを見た主人公の瞳孔が変容するシーンは、主人公がキツネと化すことを予感させ、この先クソみたいな世の中をしなやかに、したたかに生き抜いていくだろう——と仄かな希望を観客に抱かせる。

こういった主人公のファンタジーをしかと支えるのが、荒んだ暮らしを捉える濃密な日常描写のリアリティだ。その描き方はけっして暗く悲惨一辺倒なばかりではなく、折々に明るさやユーモアを感じさせてくれるのがイイ。それには役者たちの巧みな演技や挿入歌の数々が大きく寄与しているところもあるだろう——たとえば、バリー・キョーガンがヒキガエルに“くそダサい音楽”を聴かせて、幻覚作用のある体液を分泌させようとする(?)とか。あるいは、彼がパーティー会場で友人2人をバックダンサーに従えて隠し芸ダンス(!)を披露するのだが、それが最高にダサいとか(笑)。

そんな出演者たちのアンサンブルは、本作いちばんの見どころでもある。まず、主役に大抜擢されたニキヤ・アダムズは、相米慎二監督『お引越し』の主人公と同じく、繊細な年頃を見事に体現している。その彼女にからむ二人がまた絶妙。謎の風来坊バードを演じるフランツ・ロゴフスキはクセのある発声を活かし、一瞬にしてタダ者ではないと悟らせる。そして、しょうもないシングルファーザーを演じるバリー・キョーガンの圧倒的存在感といったら! 全身クセの塊のよう(笑)。なんでも彼は『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』のローマ皇帝カラカラ役を蹴って、インディ系の本作に出演を決めたのだとか。さすが“我が道を往く”キョーガンにハズレ無し!と確信できた一作でもあった。

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いたりきたり
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