教皇選挙のレビュー・感想・評価
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最初は見分けのつかなかったおじさまたち、最後は見分けしかつかない。
次代のローマ教皇の選挙。
だなんて、スポーツに疎い私が友人に取り敢えずでついていく、野球観戦みたいなものだと思ってました。推しチームもなし、ルールもよくわかんない。選手名も知らない。
「正直、誰が勝ってもイイですよ」という気持ち。
しかも、困ったことにこの作品、無数のおじさまが出てくる。
レイフ・ファインズが演じる主人公ローレンスは、その苦悩が表れたかのような額の皺が見事で(ペーパーをクリップしたくなる)まだ見分けがつくものの、聞き慣れない長い名前のおじさまたちが無数に出てくる。というか冒頭10分、おじさましか出てこない。
そして開幕後15分も過ぎたらどうなるか。このおじさまたちがそろいもそろって、赤い上等のローブを羽織り、同じ格好をしだすのである。
ヤバイ、わかんないかも。
と、思いかけていたはずが、ローレンスが壇上で「ふぅむ、どうもつまらんな」と呟き、それまで読みあげていただけのスピーチ原稿を閉じるように。ふとした弾みで引き込まれていく。
映画が上手いのです。
特に日本人にとってはどこか遠い信仰、そして教皇という存在を視聴者がわかり、うなづけるような説き方が上手い。また何より秩序に習い一律にみえる枢機卿のおじさまたちそれぞれにも野心があり、欲があり、希望や葛藤もある。同じ赤いローブをまとっていても、その色とりどりなこと!
どこか無意識に線を引いていた存在が自分とそう変わらず、同じくであると感じさせる共感の作りが上手いなと感じました。
そして亡き前教皇に「自分は農場管理者」とローレンスが示されたように、鳥観図、俯瞰図の荘厳な建物を見下ろす引きの構図もとても美しい。
しかも、ストーリーの構成も巧みで、全く選挙に興味がなかった私でさえ、気づけば誰が選ばれるのか固唾を飲んで見守ってしまいました。タイムリーであり、時代を汲んだ解釈や仕掛けも面白かった。
印象に残ったのは
「信仰は、疑念と手を取り共に歩むべき」というローレンスの台詞。
信仰を、なにかへの確信と置いたとき、多くのことに当てはまることだなとも思ったのです。
信仰・信仰心とは…
衝撃的なラスト
見応えしかない、レッツコンクラーベ!
あまりに評判がいいので、遅ればせながら劇場へ。
いやびっくり、噂に違わぬ面白さでした。見逃さなくてほんとによかった。
地味に淡々と進むけど、まさかの屋台崩し(?)もあり、大どんでん返しもあり…
エンドクレジット出てから音立てないように拍手しちゃいました。
地方のシネコンの平日昼間にしてはけっこうな客入りで、なるほどヒットしてるんだなと。
全世界的にはどうなんでしょう?評価は高かろうけど、宗教的な理由で客入りには違いがありそう(宗教には緩い日本人が一番楽しめるかもしれない)。
主人公トマスは、面倒な会合の幹事(頑張れ)というか、ヤヤコシイ葬式の喪主(頑張れ。いや葬儀屋の責任者かな)というか…
通夜の日にじいさんの隠し子が現れてどうしよう、みたいな展開もあり、登場人物たちはあんま笑ってないけどブラックな喜劇だなーと。
脚本が「裏切りのサーカス」の人だそうで、主人公のタイプは、裏切り〜のゲイリーの役柄と似てるっちゃ似てる、とも思いました。
キャストも見応えある人ばかり、ハズレなしの男スタンリートウィッチ、まさかのイザベラロッセリーニとジョンリスゴー!
で、これでもかと陰謀術数のまま終わるかと思いきや、なんか爽やかな後味…そのへんもヒットの理由かもしれません。
(不在の前教皇のお人柄がジワジワとしみてくる演出も素晴らしい)
あと、シスターアグネスの尋常でない有能さと聡明さに痺れました。完全なる男社会の中で地味ながらすごい存在感、と思ったらそのへんもラストへの伏線といや伏線になってて、うまいリード。感服。
こないだ本物のコンクラーベもありましたが、ちゃんと現実を上回るフィクションになっている。そうこなくちゃ、映画だもの。
こんなどんでん返しらしいどんでん返しを見たのは久々、という意味では紛れもないミステリ映画(それもかなり上等の)でもありました。
余談
・邦題を漢字四文字にしたのはすごく良かったと思う。
・コンクラーベの部屋閉鎖前に「閉所恐怖症の枢機卿は…」とか言ってるのみて「そうか、面堂終太郎は枢機卿になれないな」と思った。
・閉じられた教皇ルーム前の、ロウソクだらけ の眺めがキャリーの家みたいだった。
・あと、トランプは観てないんだろうな、みても理解しないだろうなーなんて考えてました。
映画『教皇選挙』に映る信仰の輪郭
映画『教皇選挙』に映る信仰の輪郭
――確信と疑念、腐敗と名の行方
映画『教皇選挙』は、一見すると静謐な宗教ドラマに見える。だがその奥には、現代の宗教組織にとって避けては通れない、いくつもの問いが伏流している。
物語は、教皇の死去に伴って開かれるコンクラーベ――すなわち教皇選挙の五日間を描いている。枢機卿たちが繰り広げる駆け引きと葛藤、そして最終的に予想外の人物が新教皇に選出されるという展開は、観る者の関心を引く。しかし、この映画の最も核心にあるのは、冒頭に登場する首席枢機卿ローレンスの説教に込められたテーマである。
「確信は信仰の敵である」
「疑念を捨ててはならない。信仰とは疑念と共にあるものだ」
ローレンスのこの言葉は、確かに深遠な意味を含んでいるように聞こえる。だが、観る者にその真意が届いただろうか。問題は、ここで語られる「確信」や「疑念」の定義が曖昧なまま提示されていることにある。
キリスト教神学において、「信仰(fides)」は確信を含む概念である。神の啓示に対する理性的な同意と、神に対する信頼が一体となって信仰は成り立つ。疑念は信仰の深化を促す契機にはなり得るが、それが本質とされることはない。「疑念の肯定」が行き過ぎれば、それはやがて信仰の相対化となり、無化にもつながる。
仏法においても「無疑曰信」と説いている。「疑い無きを信と曰う」と読む。これは「疑い」を否定しているのではなく、疑念を積み重ねた先に、全く「疑い無き信」に到達するという意味であると拝する。
ローレンスの言葉もまた、信仰における内省と謙虚さを説こうとしたのだろう。だが、説明なき断言は、確信そのものを否定し、信仰対象への疑念すら肯定するような誤解を与えかねない。これは、信仰を持つ者にとっては本末転倒であり、カトリックの教義とも乖離している。
一方で、映画はもうひとつの大きなテーマを静かに語る――腐敗の必然である。
教会とはそもそも、神の理想を地上に体現しようとした存在である。しかし、カトリック教会はその誕生とほぼ同時に、国家権力との結びつきによって制度化され、政治的権威としての顔を持つようになった。コンスタンティヌス帝による公認以降、教会は「信仰の共同体」から「地上の制度」へと変貌を遂げる。その中で生まれたものが、十字軍であり、異端審問であり、免罪符の乱用である。
この映画が描くコンクラーベもまた、祈りよりも計算が支配する舞台だ。枢機卿たちの多くは、神の声よりも人の意向に耳を傾ける。そこに見えるのは、理想を失い、形式だけを守る宗教組織の姿である。
だが、すべてが絶望ではない。映画の終盤、誰もが予想しなかった新任枢機卿が教皇に選出される。そして、彼が選んだ教皇名は「インノケンティウス(Innocentius)」。この名は、「潔白」「純粋」を意味するラテン語に由来する。
これは、二重の意味を持つ名前である。
ひとつには、教会がもう一度、純粋な信仰の原点に立ち返るべきだという願い。
もうひとつには、歴代「インノケンティウス」と名乗った教皇たちの中に、専制的で物議を醸した人物もいたことへの皮肉――「潔白」という名の裏に潜む、制度の宿命的な堕落の予兆。
映画は最後までこの名の真意を明かさない。だが、それがむしろよい。
なぜなら、問いを残すことこそが、信仰と組織のこれからに対する沈黙のメッセージになるからだ。
『教皇選挙』は、単なる宗教映画ではない。
それは、信仰と制度、理想と権力のはざまで、私たちが何を守り、何を問うべきかを突きつける鏡である。
さすが全員、枢機卿
欲に飲まれて不正行為をしたとしても、地位や影響力には飲まれずにどんな人の話でも聞く耳を持っていることがそのへんの一般人とは違う、さすが枢機卿の立場まで上り詰めた人たちだと感じた。
だって急に1名増えたって時、どうせ毒にも薬にもならないから入れとこうという感じだったし、みんなの前での祈りも「君が本当に枢機卿なら出来るよね?」という感じで、それくらい同じ立場とは見てなかったくせに祈りの定型文プラスで祈りを続けた時には全員がハッとするような空気感があった。
そして女を対等と見ないというスタンスのくせにシスターの話もちゃんと聞いた。
まさかのタイミングで窓が割れたり、その割れた窓から風が吹き込んで鳥の囀りまで聞こえて、映画だと感じなかったけど、きっと枢機卿としてあの場にいたら何かの気配を感じたと思う。
字幕で見たけどイノセンティウスはカッコで和訳を入れても良いと思った。イノセントならいらないけど、大事なシーンかと思うから。
噛めば噛むほど的な感じで面白かった!
期待以上におもしろかった
面白かったけど…
流れがわかり、人間模様が面白い
レイフ・ファインズ見なきゃ!と思ったらまさに時勢に合ってしまった今作。
題材に対して思いの外人がいてびっくりしました。
コンクラーベって何という人からしたら流れがよくわかり、
アピールと自分の思想をいかに自己開示できるかがポイントなのはまさに選挙。
煙の色にも意味がある、などとても面白かったです。
候補者たちにも様々な過去がありタバコ吸ってたり携帯イジったりと人間臭いところが安心しました。
冒頭からのレイフ・ファインズの荒い息遣いが緊張感を感じ、途中も葛藤と息遣いがリンクしている感じがしましたが、最後はおだやかになって明るい未来を感じさせてくれるラストが良かったです
単純明快なミステリー
映画は現実を描く
昨秋の全米公開時から気になっていた。
時期ローマ教皇を選ぶ選挙“コンクラーベ”。
『天使と悪魔』などでも描かれた事あるが、ここまでがっつりメイン題材になる事はそうそう無い。
そこに、陰謀や思惑交錯するサスペンス・ミステリーとしてエンタメ性もプラス。
同じく宗教題材のダン・ブラウンの一連のシリーズを彷彿。まああちらは映画の出来映えは…だったけど。
アカデミー賞にもノミネートされ(脚色賞受賞)、品質は保証付き。
しかしこういう作品って、なかなかにヒットに結び付き難い。殊に宗教に馴染み薄い日本に於いては。
“コンクラーベ”を“根比べ”と大喜利みたいな語呂合わせでしか覚えて貰えず、どういうものか関心持たれぬまま、一部の映画ファンや通好みの間だけの話題で終わり、興行収入も数億程度だった事だろう。
現実世界でタイムリーな事が起きた。事態に対して不謹慎な言い方かもしれないが、奇跡的な事が起きた。
俄然、話題と注目の的に。映画は時に現実を描く。
じわじわロングランヒット。興行収入もこの手のジャンルにしては大健闘の10億円を間もなく越え。
公開前、本作がまさか実写版『白雪姫』よりヒットするなんて誰が思っただろう…?
現実世界でも全く同じ事が起きたので、あらすじは割愛。
あらすじをいちいち説明しなくてもいい事が現実でタイムリーに起きるなんて、本当に驚きとしか言いようがない。
『天使と悪魔』などを見て少しは知っていた事も。
コンクラーベが始まると、集まった司教たちや新教皇候補者たちはバチカンの礼拝堂の地下に籠る。
外部とのコンタクトは一切遮断。新教皇が選出されるまで、選挙は繰り返し行われる。
遂に新教皇が決まった時、礼拝堂の煙突から投票用紙を燃やした煙が…。
それが合図で、世界14億人以上と言われるカトリック教徒歓喜の瞬間。
今回ニュースでも速報され、TVなどを通じて、映画の公開と話題もあって、リアルと感慨深さを感じた人も少なからずいただろう。
現実世界では厳かに、格調高く。
映画ではリアルさを追求しつつも、映画ならではの面白味も。
首席枢機卿のローレンスはコンクラーベの仕切りを任される。
自分は教皇の器じゃない。仕切り役に徹し、旧知のベリーニ枢機卿を推す。
集まった新教皇候補者たち。神に全てを捧ぐ人格者たち…と思いきや、一人また一人に黒い噂や欲が発覚する。
前教皇の死が免れぬと知るや、方々に賄賂を渡して根回し。
ある者は性的スキャンダル。聖職者ともあろう者が…!
リストに名前が無い飛び入り参加の者。
波乱の選挙が始まる…。
派手なシーンは一切無い。唯一、静寂を突き破るようなある爆破シーンはびっくりしたが…。
重厚な映像、厳かな美術や衣装、編集も音楽も緊迫感を終始孕む。
映画は全編ほぼ“コンクラーベ”。見る我々も一緒になって礼拝堂に籠ったかのようで、息詰まるシークエンスは先日見た『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』の原潜内シーンとは桁違い。
『西部戦線異常なし』とは全く異なるジャンルながら、エドワード・ベルガー監督が連続ホームランの名手腕。2作連続でアカデミー作品賞ノミネートなのに、自身は連続で監督賞ノミネート落選なんて嘘でしょ!?
ハリウッドではVFXを多用した大作が、日本では若者向けのアニメーションやTVドラマ映画化やコミック実写化が人気の昨今。これぞ大人の鑑賞に耐えうる“映画”。
それには名優たちの名演が必須。
レイフ・ファインズの醸し出すオーラ、歳を重ねた渋さ、枢機卿姿もばっちり、風格に存在感に演技力と、何もかも申し分ナシ!
スタンリー・トゥッチの巧助演、ジョン・リスゴーのクセ者感。出演時間は僅かながらイザベラ・ロッセリーニのインパクト。
これぞ“映画”であり、名アンサンブル。
新教皇はなかなか決まらず。
各候補者たちの裏の顔やスキャンダル。
教皇に相応しい者は…?
こうなってくると、“野心”というものが芽生えてくる。
あくまで表面には出さず。変わらず仕切り役に徹して。
が、虎視眈々と。何度目かの選挙で、投票用紙に書いた名前は…。
厳粛なコンクラーベ。その腹の底で、各々がこんな思惑や野心を秘めているかと思うと…。
途端にどんよりしてくる。
が、遂に選出された新教皇は意外な人物であった…。
それまでほとんど目立たず。
唯一と言えば、飛び入り参加のイレギュラー。
しかしちゃんと、前教皇から認められて。
終盤、皆が激しい口論。お互いを責め合い、罵り合い、野心や欲が飛び交う。
司教も人間。人の子とは言え、これが崇高たる司教の姿か…。
そんな中、司教という職、在り方を真摯に問う。
それは皆を動かした。
異論も少なからず出たが、選ばれた新教皇。最も相応しいとローレンスも認める。
ところが…。選ばれた直後に発覚。
驚きの秘密。前例は無い。前代未聞。
日本の天皇がそうであるように、神聖にして不可侵な伝統に反する。
いやそれは、変わるべき事なのかもしれない。新しく受け入れるべき事なのかもしれない。
新教皇は、心は男でも、身体は…。
静かながらも熾烈なコンクラーベの末に、選ばれるのは主演レイフ・ファインズだろうと思っていた。
意外性を付いた。
脚本の妙。映画ならではの展開。
本当にただそれだけか…?
遠い未来か、近い将来か。絶対に起きないフィクションとは言い難い。
今回の映画そのものがそうであったように、映画は現実を描く。
より人間的
教会とは?信仰とは?
カトリック教会の内部を覗き見てる様な緊迫感を感じられる。
そこで行われる教皇を選ぶ選挙(コンクラーベ)。
今後も続くであろう閉ざされた空間で決めるコンクラーベの独特とも言える実態。
そこで行われる(教会を訪れ人々を説く)人たちの人間模様はより人間的で、刺激的な感覚を与えてくれた。
また結果の選択に関しても彼の信念を感じとれ、心地よい気持ちにさせてくれた。
極上の政治サスペンス
上半期ベスト1かも…
8手先を読む教皇とその継承者たちにより仕組まれた静かな変革
2024年製作/120分/G/アメリカ・イギリス合作、原題または英題:Conclave、配給:キノフィルムズ、劇場公開日:2025年3月20日。
実際にバチカンで長年にわたり、リベラル vs 保守派の争いがあるらしく、虚構と現実との交差をとても興味深く感じた。そして現実においても映画と同じく、先日教皇がリベラル派からリベラル派に継承された。原作者の想いが成就したということなのだろうか。
映画で印象的だったのは、亡くなった先代教皇(8手先を読むチェスの名手と言われていた)が全てを見越していたという設定。選挙の展開すら事前に読んで手を打っていた。主人公ローレンス枢機卿(レイフ・ファインズ)の選挙遂行上の生真面目さ、自分への投票、不正者の糾弾も全て読みの範囲だったというストーリー展開は、実に凝っていて面白かった。
年配男性ばかりの中、全教皇の意思を貫徹するためシスター(イングリッド・バーグマンの娘イザベラ・ロッセリーニ)が大きな仕事をするのも、意外性が有って面白かった。加えて、新教皇(カルロス・ディエス)は前任者の指示に反し子宮摘出手術を受けないことに決めるというのも、現代的で“とてもいけてる”と感じた。
一方で全体的に、ローマ教皇の神格性や権威性を下げてるようなところがあり、プロテスタント国の米英がこうした映画を作ることは随分チャレンジングとは感じた。実際カトリック界から批判もあると聞くが、カトリック信者たちは実際にこの映画をどう感じているのだろうか?、しっかりと知りたいところだ。
終盤、ローレンス枢機卿による礼拝堂内にいた亀を水場へ運ぶシーンは、最初意味不明であった。ただ前教皇がとても可愛がっていた亀ということなので、「前教皇、貴方のほぼ思う様になりましたよ。ご活躍、お疲れ様でしたと」の趣旨なのであろう。
そして最後、シスター3人のカットで終わるのは、映画館外に出た時「アレは謎だった」との声も聞こえてきたが、これからのカトリック教会を動かすのは、彼女たち女性というメッセージに感じた。声高に言わない、未来への予感と。
監督エドワード・ベルガー、製作テッサ・ロス 、ジュリエット・ハウエル 、マイケル・A・ジャックマン 、アリス・ドーソン 、ロバート・ハリス、製作総指揮スティーブン・レイルズ グレン・バスナー 、アリソン・コーエン 、ミラン・ポペルカ 、ベン・ブラウニング、 レン・ブラバトニック 、ダニー・コーエン 、マリオ・ジャナーニ 、ロレンツォ・ガンガロッサ 、エドワード・ベルガー 、レイフ・ファインズ 、ロビン・スロボ 、ピーター・ストローハン 、トーマス・アルフレッドソン、原作ロバート・ハリス、脚本ピーター・ストローハン、撮影ステファーヌ・フォンテーヌ、美術スージー・デイビス、衣装リジー・クリストル、編集ニック・エマーソン、音楽フォルカー・ベルテルマン、キャスティングニーナ・ゴードン マーティン・ウエア。
出演
ローレンス枢機卿レイフ・ファインズ、ベリーニ枢機卿スタンリー・トゥッチ、トランブレ枢機卿ジョン・リスゴー、ベニテス枢機卿カルロス・ディエス、アデイエミ枢機卿ルシアン・ムサマティ、オマリーブライアン・F・オバーン、サバディンメラーブ・ニニッゼ、テデスコ枢機卿セルジオ・カステリット、シスター・アグネスイザベラ・ロッセリーニ。
難解かなと思っていたらそうでもなかった。
面白いと噂程度に聞いていたので、そろそろ上映も終わりかなという頃合いで観てきました。
なんと、200人くらいは入りそうな客席は私たった一人(笑)
平日の午前中とは言え、たった一人は初めての経験でした。
「登場人物が多いので覚えるのは大変かもしれない」
という話もちらっと聞いていて、私はその登場人物名を覚えるのが大の苦手なので、登場人物の多かった『オッペンハイマー』では遂に誰が誰だかわからず話が全然頭に入ってこないという失敗を犯しました(クリストファー・ノーラン映画はそもそもがいつも難解だけど)が、この『教皇選挙』は、登場人物がほとんどキャラがはっきりしていて、そういうことはありませんでした。話も実にわかりやすい。
なんたって、世界14億人?くらいの信者を束ねるカトリック教会の頂点に立つ教皇を選ぶコンクラーベ。近年は、キリスト教会の偉い人が性的スキャンダルに塗れることも珍しくないご時世、しかも選挙中はバチカンの中の狭い敷地で、徹底的に外部と遮断されて、極めて秘密裡に実施されるというその選挙。そこにスキャンダルを含ませたら面白くならないわけがない――。
派手なシーンはそんなにありません。ですが、演じてる俳優陣は年季の入った年寄りばかり、っていうか実際、何本も映画やドラマに作品に出てきた名優ばっかりで、ですから、ちょっとした会話シーンでもみなさん演技が上手なんですよ。燻銀の演技というかなんというか、ああいう味みたいなのは、失礼ながら若い俳優さんには出せないでしょうね、きっと。
ともかく、話は単純明快、「最終的に教皇に選ばれるのは誰か?」ってだけです。これ以上は黙っておきましょう。極上のミステリー映画でした。
ラストを「まさか」と思うことの偏見を噛み締める
ようやく拝見してきました。
よく行くシネコンでは上映しておらず、職場から行きやすい映画館だと夕方の回はいつも満員。仕事の終わり時間が読めないので、前売りも買いにくい、という状態。
計画的に仕事を早めに終わらせる状況を作り、ようやく拝見できました。
実際にローマ教皇がお亡くなりになられた直後ということもあり、満席でした。
映画の舞台は、世界中でももっとも伝統を重んじる組織のトップを決める選挙で、改革派と守旧派、新興勢力が争うという構図。世俗とは隔離された環境下で、ひたすら投票を繰り返す中、いくつかの事件に翻弄される主人公。
話としては聞いたことのあるコンクラーベですが、実際にどのように行われているのか、それが映像として見られるだけでも興味津々(もちろん脚色や演出はあるでしょうが)。古いしきたりや規範に則って淡々と儀式は進んでいくわけですが、その一方で電波妨害装置を設置したり、スマホを取り上げられたり、といった現代的な側面も描かれる面白さもあります。
密室で行われるなんとも格式ばった儀式かと思いきや、部下を使って外の情報を集めたり、シスターのPCを覗き見するような自由さもあることがわかります。
そのような世界観を美しい美術や印象的な劇判、実力ある俳優たちと確かな演出手腕で見事に映像化されています。
物語はある程度予想がつく展開で幕を閉じようとしますが、そこで一つのサプライズが起きます。起きますが、それをサプライズとして受け止める心こそが多様性を損なった社会の一端であることも事実。
どれくらいの時間が必要なのか、わかりませんが、後年本作を見た人が「この話のオチがわからないんだけど」というくらい、多くの人が平等で住みやすい社会になることを願います。
メッセージ(勝手に)受け取りました!
「教皇選挙」は、議会や大会社の会議のようで、「枢機卿」は社長や政治家、そのやりとりは狐と狸の化かし合いのようでした。
このタイミングですし、勉強の為に観ましたが、枢機卿の巧みな心理戦や根回しの方法は実に興味深く楽しめました。
製作時に、近々行われるであろうコンクラーベを念頭に置いていたのか分かりませんが、本物の枢機卿たちが、本番前に勉強の目的で本作を鑑賞したとのこと、ほほえましいエピソードです。現代社会において、戦争やDEIについての内容を盛り込むのは難しかったことでしょう。
選挙の過程で色々な考えが出てきましたが、わたしは「カトリックは他の宗教を受け入れる」というのを信じたいです。
ロシア正教、コプト正教などの各正教、プロテスタントの各宗派のみならず、われわれ仏教徒にも親しみのある教皇ですから、カトリック側も皆を受け入れてくれるはずです。
雨の中、到着する枢機卿のコートと傘の色が全て黒なのと、投票が困窮する中、中庭を歩き回る枢機卿の方位と傘の色が全て白など、映像の色彩も美しかったです。
セットのシスティーナ礼拝堂も、バチカン市国内の建物も趣がありました。
枢機卿の重厚で歴史のある衣装と、スマホやたばこ、電子タバコなどの対比もビジュアル的に面白かったです。
無駄な画がない
登場人物わからなくなりがち
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