「知的好奇心を揺さぶる壮大なエンターテインメント」教皇選挙 クニオさんの映画レビュー(感想・評価)
知的好奇心を揺さぶる壮大なエンターテインメント
完全密室での教皇選挙だけを描く人間ドラマ。現代ローマの中心部にありながら、まるで中世の隔離世界であるかのようなバチカン内部、その様式美を見事な構図と色彩コントロールで描き、圧巻の重厚感と映画的興奮を湛える第一級の作品。加えて、サスペンスの熟成が素晴らしく、それを増幅させる弦の響きと効果音が素晴らしい効果を上げ、なにより品格に満ちている。名作「西部戦線異状なし」2022年で名を上げたエドワード・ベルガー監督の腕の確かさを証明したような作品でもある。
アンソニー・ホプキンスとジョナサン・プライス主演の「2人のローマ教皇」2019年ですでにコンクラーベの様相は描かれておりましたね。しかし本作は本当にバチカン内部と宿舎の往復による完全室内だけで描く、息苦しい程の閉塞感にも関わらず、スピーディな展開と的確な編集により、ハラハラドキドキ状態が続くのが凄いわけで、アカデミー賞ノミネートも至極当然の上出来作品。
ちょいと前までは法王だったけれど近頃は教皇に統一とか。その教皇が逝去し早々に新教皇を決めるために、世界中から枢機卿が招集され、バチカンに缶詰となり一切の外部との情報を遮断された閉鎖空間で選挙が執り行われる。それ自体を遂行する責任者でありかつ枢機卿の一人でもあるのが本作の主役であり、レイフ・ファインズが演ずる。降ってわいた重責役に苦しみながらも真っ当な選挙であるべく奮闘する姿を描く。
にも関わらず、次々と予想を覆す事態が勃発するから映画になったわけです。そもそも枢機卿の中で誰が立候補したとか、その方針とか、投票を導く手立ては一切なく、ただ漫然と「誰がいいとおもいます?」程度に投票を行ってゆく。これがルールなんですから受け入れるしかない、決選投票なんて考え方もない。その都度投票結果が読み上げられ、この結果を受けて次の投票に挑む。結果的に数日間を要し次第に対象者が絞られてゆく。よって有名な煙の色で未決定と決定を発表するわけですが、その燃料が投票用紙だったとは驚きであり、プロセスを一切消し去る術にも驚きます。
枢機卿のメンバーにスタンリー・トゥッチ、ジョン・リスゴーとハリウッド名優ですが非常にクセのある配役がなされており、本作のエンターテインメント度が高いことを示している。さらに男性ばかりの組織に唯一物言う女性が登場するのがカギなんですね。この役を父親は映画名監督のロベルト・ロッセリーニ、母親はスウェーデン出身の大女優イングリッド・バーグマンであるお久しぶりのイザベラ・ロッセリーニが扮し、あっさりとアカデミー賞助演女優にノミネートされる迫力演技を披露する。
数日間に渡るってことは互いに会っての情報交換は可能であり、陰謀・デマ・嘘・思惑が巡るわけで、こんな面白いドラマ設定が出来るわけ。当然に改革派と保守派の対立に、世の流れである多様性、そしてLGBTQの問題に皆悩む構図が示される。こうしてラストに明らかにされる驚愕の結果への梅雨払い描写が、うまく張り巡らされているから本作は上出来の一級作品なんですね。
バチカンの外で沸き起こるテロの一端がシスティーナ礼拝堂を襲撃するシーンはまるで宗教絵画の様相で、神の怒りの具現化のようで本作最大の見せ場でもある。逆に言えばまさか本物の礼拝堂ではなく、壮大なセットだと判る。著名なチネチッタスタジオ内に建てられた精緻なセット、ミケランジェロの「最後の審判」もしっかり描かれている、凄いものですよ。映画ってこうゆうところにこそ金をかけるとグレードがアップするものなのです。
全般に暗く沈鬱な背景に、こそこそと人物が囁きあう。それでいてセリフにある通り「これは戦争だ」と。カソリックの総本山のトップがこうして選ばれるわけで、一種の人間喜劇なんですね。