「一風変わった青春ドラマ」動物界 ありのさんの映画レビュー(感想・評価)
一風変わった青春ドラマ
人間の身体が動物になってしまうというと、往年のSF映画「ドクター・モローの島」やヨルゴス・ランティモスの怪作「ロブスター」が思い浮かぶが、本作が製作された時期を考えると昨今のコロナ・パンデミックも連想される。
感染の原因や症状、それに対処する機関、社会状況などが描写不足なためSFとして観た場合はリアリティがないのかもしれないが、”新生物”に対する人々の差別、排除、隔離思想を見ると色々と考えさせられるものがある。
ただ、こうしたSFパニック的な要素を持つ作品ではあるが、主人公エミールの青春ドラマとしても中々良く出来ていて、個人的にはそちらの方に強く興味を惹かれた。
母の発病に続いて彼自身にも奇病の症状が表れ始め、父フランソワやクラスメイトの少女アデルとの関係が徐々に破綻していく。その中で彼の恐怖や混乱が丁寧に描かれている。
それとネタバレになるので詳しくは書けないが、エミールの自律を促す存在としてフィクスというキャラが登場してくる。彼との関係性も面白く観ることが出来た。かすかなユーモアとペーソスがドラマを味わい深いものにしている。
そして、このアンビバレントな心情は、思春期特有の自分探しというテーマへと帰結していく。特異な設定を除けば、本作は普遍的な青春ドラマとして捉えることも可能である。
最も印象に残ったのは、エミールがアデルに電話するシーンだった。彼女はエミールの感染をどの時点で知ったのだろうか?劇中では明言されていないが、自分はこのシーンだったのではないかと推察する。ここはロケーションもかなり良くて、カメラワークも素晴らしかった。
また、感染したことがバレて逃げるエミールをフランソワが抱きしめるシーンも印象深い。父子の確執と融和に胸が熱くなってしまった
本作で一つ残念だったのは、この父子関係の結末である。個人的には少し回りくどい感じがした。その手前が追跡劇のクライマックスシーンで、特異な舞台も相まってかなり興奮させられた。できればそのままエンディングに突っ走って行って欲しかった。どうしても一旦落ち着いてしまうためテンションが途切れてしまう。
キャストでは、エミールを演じた新鋭ポール・キルシェの繊細な演技が印象に残った。初見の俳優であるが、目鼻立ちのくっきりした端正な面持ちに未来のスター性が予感される。母親はあのイレーヌ・ジャコブということで納得。
また、アデル役は「アデル、ブルーは熱い色」での熱演が印象深かったアデル・エグザルコプロスが演じている。共演したレア・セドゥは大ブレイクを果たし、今やハリウッドでも活躍するようになった。一方、彼女の名前は余り見る機会がなかったので久しぶりに本作で見れて安心した。