劇場公開日 2025年8月1日

「1930年代のイタリア•トリノを舞台にした “A girl meets a girl”の物語」美しい夏 Freddie3vさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0 1930年代のイタリア•トリノを舞台にした “A girl meets a girl”の物語

2025年8月1日
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鑑賞方法:映画館

2020年代の日本の都市部で生活していると、四季のうちで「美しい」という形容詞がいちばん似合わない季節は夏なのではないか、と思うようになります。ただひたすら暑く、時折り「ゲリラ豪雨」とかいう、なんの情緒もない言葉で呼ばれる土砂降りの雨がコンクリートの路面に降り注ぐ季節…… でも、時間を90年近くさかのぼり、場所をイタリアのトリノに移せば、そこには本当に「美しい夏」がありました。この作品での美しい夏の描き方にヨーロッパ映画の伝統のようなものを感じます。序盤と終盤に出てくる湖のシーンは秀逸でした。ヨーロッパの地図では比較的南に位置しているようにも見えるトリノの緯度が北海道の稚内とほぼ同じということからわかるように、全体的に緯度が高く、夏冬の日照時間の差の大きいヨーロッパでは夏は美しくなければならない季節なのかもしれません。

この物語は1938年の夏に始まり、翌1939年の夏に終わります(もっとも、翌夏の風景は主人公の見た幻かもしれませんが、それはさておき)。主人公はトリノで兄と暮らす16歳の少女ジーニア(演: イーレ•ヴィアネッロ)。服飾店でお針子しています(フィアットの企業城下町で自動車産業のイメージが強いトリノですが、そこはそれ、ファッションの都 ミラノの西100kmちょっとぐらいのところに位置する街。この作品でも服飾店でオーダーされたり、登場人物が身に着けたりするファッションが素敵でした。私は主人公の帽子に目がいったかな)。そして、主人公が仲間たちと湖畔にピクニックに出かけたときに出会うアメーリア(演: ディーヴァ•カッセル)。アメーリアは自由奔放なタイプでジーニアより3歳歳上です(という設定なのですが、演じている役者さんの年齢は逆のようです。イーレ•ヴィアネッロは20代後半の年齢で16歳の少女を演じているわけですが、作品内容からしてホンモノの十代に演じさせるにはコンプライアンス上の問題があると思われ、二人の身長差とヴィアネッロの演技力の高さを考えると彼女でよかったと思います)。アメーリアは複数の画家たちのヌード•モデルをしています。

二人は惹かれ合い、いっしょに行動したりするようになります。アメーリアに憧れたジーニアは、田舎出の純朴な少女、兄思いのいい妹、仕事熱心なお針子、といったそれまでの人生の軸を大きく方向転換し、アメーリアがその年になるまでに体験してきたことを追体験してゆくようになります。

アメーリアはノワール映画におけるファム•ファタルのような役目をこの物語で果たしてゆくわけですが、アメーリアを演じたディーヴァ•カッセルが本当に魅力的でまさにファム•ファタルの典型のようでした。ただし、ノワールのファム•ファタルがその魅力で男を破滅に追い込んでゆくのに対し、ここでは女であるジーニアが道を踏みはずしかけますが、破滅の道をたどるのは実はアメーリア自身だったということになります。

道を踏みはずしかけの妹のことをよく見守っていたのが兄のセヴェリーノ(演: ニコラ•マウパ)です。終盤にある兄と妹の会話はなかなかよかったです。妹の兄への問い「最近、物語は書いてるの?」から、私は実はこの兄というのはこの映画の原作小説の作者 チェーザレ•パヴェーゼ自身の姿が投影されているのではないかと思いました(私自身は原作小説は未読ですが)。パヴェーゼはトリノとジェノヴァの中間ぐらいに位置する田舎の出身でトリノ大学で学んでいたそうで、職を得るためファシスト党に入党したこともあったようです。ただ、彼自身はマルクス主義者だったようだし、1938年時点では既に30歳でファシスト政権によって投獄された経験もあり、その時点で黒シャツ隊の活動をしているように描かれているこの物語のセヴェリーノとは完全には一致はしていないようです。まあ、いずれにせよ、彼にしろ、画家たちにしろ、この物語に登場する男たちは親の財産を食いつぶしてゆく没落ブルジョワジーみたいに描かれています。

そして、女たちのほうは、ジーニアはアメーリアに自分の未来を見、アメーリアはジーニアに自分の過去を見ていたようなのですが、ジーニアの成長と喪失、アメーリアの病いによってその関係が変化してゆきます。

ということで、この映画、ヨーロッパ映画の伝統みたいなものを感じ、私は好きでした。ミラノの街並みに雪が降るシーンでは日本の岩井俊二の作品がちらっと頭をかすめました。繊細でセンスのある映像、絶妙な音楽の入れ方あたりに共通点がありそうです。ラウラ•ルケッティ監督は今回が初見でしたが、次の作品も観てみたいと思いました。

Freddie3v
talismanさんのコメント
2025年8月10日

「美しい夏」って、先の大戦以降は日本では成り立たない表現になってる。と、この美しい映画のタイトルを見て思います。だから余計に宝石みたいな映画でした

talisman