「最強の妊婦vs最狂の神父」IMMACULATE 聖なる胎動 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)
最強の妊婦vs最狂の神父
アメリカ・デトロイトの修道女シスター・セシリア(シドニー・スウィーニー)は、所属していた教会の閉鎖を受けて、イタリアの田舎にある修道院へと赴くことになります。物語は、彼女がその修道院へ到着するところから始まります。
その修道院は、何百年もの歴史がありそうな古びた建物で、ひと目でただならぬ雰囲気を感じさせる不気味さに包まれていました。異様な空気が漂うその場所は、セシリアの身にこれから起こる出来事を暗示するかのようでした。一応の説明では「年老いた修道女たちの終の棲家」とされており、セシリアたち若い修道女が彼女らのお世話をするということでしたが、どうもそれだけではないようです。やがて明かされていく修道院の秘密に、観客を戦慄に誘うというのが制作者の意図であったように思われます。
物語の舞台が古い修道院であったことや、キリスト教的な儀式・因習が随所に登場することから、当初は宗教的なタブーや超自然的な恐怖が描かれるのかと思われました。しかし実際には、生命倫理を無視したマッドサイエンティストのサル・テデスキ神父(アルバロ・モルテ)が、「キリストの復活」を目論む修道院側の利害と一致したことが、数々の残虐行為の発端であったという意外な展開が待っていました。その種明かしによって、かえって恐怖感が薄れてしまったのも否めません。
キリストを磔刑に処した際の釘に付着していた血からDNAを採取・培養し、それを“処女”であるセシリアに受胎させてキリストを復活させようとするアイディアは、確かに現代科学的な発想ではありますが、逆に神秘性を損なっており、不条理さやおぞましさといった本来ホラーが持つべき不気味さが希薄になっていたように感じられました。
さらに、”キリスト”を受胎し、破水するまでに至ったセシリアが、出産寸前の状態で修道院に巣食うテデスキ神父や猊下を次々となぎ倒し、”キリスト”を帝王切開で取り上げようとした神父に腹を数センチも切られながらも、最終的に修道院から脱出するというクライマックスは、確かに爽快感はあったものの、あまりに現実離れしており、やり過ぎの印象も拭えませんでした。
そんな訳で、本作の評価は★3.2とします。