「綾瀬はるかの進境と、森井勇佑監督が「あみ子」役で見出した大沢一菜の成長をもたらす“辺路”、あるいは異界巡り」ルート29 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
綾瀬はるかの進境と、森井勇佑監督が「あみ子」役で見出した大沢一菜の成長をもたらす“辺路”、あるいは異界巡り
辺境を旅して修行することをかつて辺路といい、のちに字が変わって四国の「遍路」になったのだそう。のり子とハルの旅は、はじめこそ姫路と鳥取を結ぶ国道29号線を車で進むので辺境とは言い難いが、やがて生きているのか死んでいるのかよくわからない人々と出会い、異界巡りのような様相に移っていく。世の中に馴染めずにそれぞれ生きてきた2人にとって、人生の次のステージに進むために必要な通過儀礼だとすれば、この旅も“修行”と呼べそうだ。
いわゆる国民的女優の一人として確固たる地位を築いた綾瀬はるかが、アート系や単館系と呼ばれそうな本作への出演オファーを快諾したのは、(欧米では大物俳優が主要映画祭等で主演賞を獲ったのちインディペンデント作品に出ることもままあるが)保守的な日本ではわりと珍しいケースではないか。綾瀬自身が森井勇佑監督のデビュー作「こちらあみ子」を大好きだったというのも大きいだろう。これまで娯楽大作映画、NHK大河ドラマや民放ドラマで数多く主演をこなしてきた彼女が、イメージが固まることを良しとせず、役者として表現者として新境地を開拓すべく同世代の気鋭監督の映画に参加することを望んだのかもしれない。
そして、「こちらあみ子」で見出された大沢一菜(2011年生まれの現在13歳)が、前作から約2年分の成長を見せて、大人の映画ファンをまるで親戚の子と久々に再会したかのような心持ちにもしてくれる(昨年秋クールの「姪のメイ」でも会っていたドラマ好きも多いだろうが)。「こちらあみ子」は今村夏子の短編小説が原作だが、同作と今作の両方で脚本も書いた森井監督は、大沢一菜の“あみ子”がその後どうなったかをイメージしてハルのキャラクターを造形したものと察せられる。野生児のような天然ぶり、ハルの母親が精神を病んでいるなど、「こちらあみ子」に通じるポイントも多い。気になったのは、リップのピンク色の強さ。外見も内面も性差を感じさせない中性的なキャラクターがハルの魅力なのに、大人から無理に女性らしさを塗りつけられたような違和感を鑑賞中ずっと抱いたままだった。
杉田協士監督作「彼方のうた」、清原惟監督作「すべての夜を思いだす」でも組んだ撮影・飯岡幸子と照明・秋山恵二郎のコンビによる映像が詩情豊かで、観ていて心地よい。のり子とハルが初めて対面する草むらのシーンの美しさは絶品。日常と異界のあわいのような空間の描出にも映像の力が大いに貢献している。29号線沿いの風景には旅心を大いに刺激された。