八犬伝のレビュー・感想・評価
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虚構が現実となった虚構
面白かったです。感動したというより、ロジカルな面白さというんでしょうか。素直な感想といえば単純に面白かったです。
現実を描くべきか空想を楽しむか。そんな派閥が小説なんかでもあったように記憶しているのですが、八犬伝といえば和製ファンタジーの大作、無論、非現実的な話で、劇中・葛飾北斎が仰るほどに、よくぞその頭で思いついた物だと言うほどのロマンあふれるストーリー。抜けば玉散る氷の刃、名刀・村雨に宝玉の戦士が集ってラスボス対決だなんて、持病の中二病がぶり返します。
この映画はその誕生秘話な訳ですが、その映像再現された劇中劇をかなり本気で作り込まれているのが素晴らしい。作者パートの現実と再現パートの虚構が、衣装やら立ち回りの違いで、ちゃんと区別がつきました。
劇中劇と言えば、あの怪談ミックス忠臣蔵の舞台裏での問答がキモだったんじゃないでしょうか。正直、この映画の本分をそこで理解したような気がします。八犬伝に比べて、忠臣蔵は現実のドラマ化な訳ですが、それもドラマのために手心を加えた虚構であるとも言える、などというロジカルな面白さに成る程と思った。
何が現実かと言えば、大事なのは悪態を付きながら稼ぎを要求しては炭を練り生活を支える作者・馬琴の妻、お百。生活を支える女房であるからこそ、これ以上無いほど現実に生きなければならない。非現実・虚構を追う夫に、息子の病気はお前のせいだと指を差す。なんか、身につまされる思いがします。その現実に生きる姿もまた、虚構との対比する重要なシーンだったのでしょうか。そして息子の嫁・お路さんもまた。
文字通り、絵空事のように宝玉の戦士が集いラスボスを倒して一件落着する虚構に比べ、苦しんで苦しみ抜いて藻掻くように夫の念願を果たそうとするお路さんの功績が素晴らしい。生活のために、子供の世話をして、竹林でタケノコを掘る、そんな日常の傍らで、字を書く暇も無く生きてきた彼女が漢字混じりの文章を口述筆記しようだなんて、私には自分から言い出すことも出来ない。この映画の話のフォーカスがそこに移るとは思ってもみなかった。でも、最後のテロップの通り、この奇跡は八犬伝を知る人にとって当然のエピソードだったのでしょうか。虚構とは違う、現実で何かを達成することの尊さを感じました。
このレビューのタイトルの「虚構が現実となった虚構」とは、ラストの八犬士に迎えられた作者・馬琴の昇天シーン。北斎に代わって訪れたお侍さんが仰られていた「虚構が現実となる」とはまさにこのことか。でも、このシーン、現実ではありえない虚構なんですよね。なんだか万華鏡のように虚構と現実がクルクルしてます。でも、ちょっとカーテンコールな感じもして良いエンディングだったと思います。カーテンコールのある映画が大好きです。
余談ですが「八犬伝」といえばやっぱり、薬師丸ひろ子さんの「里見八犬伝」ですよね。テーマソングを洋楽のロックを採用するとか、何て素晴らしいことか。あれは今でも聴けます。若き薬師丸さんの美しさ。そして、「里見版」の新兵衛訳、真田広之さんの若々しさ。真田さんと言えば、「里見版」侍に憧れる百姓から、「魔界転生」の若き忍者、「ラスト・サムライ」の侍頭等々、最新作は「将軍」様。ご立派になられたなぁって、ずいぶん余談がすぎました。失礼。やっぱり自分も虚構に生きてるなあ。さて、「里見版」も観てみよう。
優れた「虚」は「実」を孕む
物語世界と馬琴の実人生が交互に描かれる、というざっくりした情報を聞いて、2時間半で詰め込みすぎでは?と期待値が少し下がっていたのだが、意外と楽しく観ることができた。山田風太郎の原作が俄然読みたくなった。
キャスティングのよさが光る。メインキャストの役所広司と内野聖陽はいわずもがなの存在感と説得力。時々挟まれる強烈な寺島しのぶ。
八犬伝パートはダイジェスト的な進行だが、キャラ立ちした八犬士たちのおかげで置いてきぼりになったり白けたりせずついていけた。
犬坂毛野を演じた板垣李光人は、登場の仕方が大河ドラマ「どうする家康」井伊直政の時とそっくりだったのだが、犬坂毛野は女装で育てられた女と見紛う美貌という設定らしいので、大河の演出が八犬伝犬坂にそっくりと言うべきだろう。
栗山千明の玉梓。黒クリ様やっぱり最高。ラスボスにふさわしい妖しい圧に満ちていた。
製作委員会方式ではなく、木下グループによるほぼ単独出資であることも、雑念のないキャスティングに一役買ったのかもしれない。
若干芝居がかった虚のパートだが、実際曽利監督は、実のパートとの違いを出すためあえて外連味のあるオーバーアクト気味な演技を俳優に求めたそうだ。
文字起こしされる前の馬琴の脳内世界と思って観ていると、その演出が意外と馴染んだ(ふらっとやってきた北斎に口頭で聞かせる構想という体で始まるので、まさに粗筋)。馬琴の半生を描く物語の中で「つくりごと」として出てくるのだから、これでよいという気がした。むしろ、ひとりだけ現代劇に近いリアクションをしていた河合優実が浮いて見えた(ファンの人すみません私も河合優実は好きです)。
正直「南総里見八犬伝」のストーリーをかなり漠然としか知らなかった私にとって、映画の中で同作の設定とあらすじを見せてくれたことは、馬琴のクリエイティビティの凄さを知る助けになった。そこが分からないと、馬琴の伝記を正しく理解できないだろう。
善なる一族への呪いを解くため、運命の絆と使命を持つ者たちが一人また一人と出会い、敵地に乗り込んでラスボスを倒す。そのあかつきに、彼らに使命を与えた姫君が現れる。これもう、ジャンプ連載作品でしょ。
今時の漫画なら、連載期間が28年にも及べば雑誌への掲載間隔もまばらになり、未完状態で事実上放置されたり作者が色々と描けない状態になる作品もままあるところ、馬琴は76歳になり視力を失ってもお路の助けを得て完成にこぎつけたのだからすごい。
書けなくなるのが駄目なのではなく、それだけ創作意欲を保ち続けられるのは稀有なことなのだと思う。
芝居小屋での鶴屋南北との対峙は、物語の見どころのひとつだ。薄暗い奈落で、馬琴は南北と、創作についての刃を交えるようなやりとりをする。舞台上から暗がりに逆さに頭を覗かせ、天井近くのスペースに貼り付いたまま会話する立川談春の姿と語り口が、絶妙に不気味で可笑しく、インパクトがある。
「東海道四谷怪談」と「仮名手本忠臣蔵」は、いわばシェアード・ユニバース歌舞伎だ。四谷怪談の登場人物は、忠臣蔵の登場人物の娘だったり孫だったりする。映画に出てきた中村座における初演では、この2作品を物語の時系列順に2日かけて上演した。
(このくだりで、中村獅童や尾上右近による歌舞伎、日本最古の芝居小屋である金丸座の様子が見られるのもいい)
この舞台を見た馬琴は、お岩の不幸話が忠義を果たす仇討ち物の合間に挟み込まれている様について「辻褄が合わない」と言う。馬琴は、正しいものは本来報われるべきと考える。一方、南北は四谷怪談を「実」だと言う。正義が報われる話など非現実的だと。
南北の意見に反発する馬琴だが、彼の舞台に惹きつけられたことも事実で、その後この時の会話が頭から離れなくなる。
創作物をただ享受する側から見れば、正しいものが報われる話も、報われない現実を描く話も両方あっていいと思うが、個々の創作者にはそれぞれ違う信念がある。そして、この信念があればこそ馬琴は、28年に渡り物語を紡ぎ続け、完成させることができたのだろう。
正しいと思うものを命尽きるまで貫けば、それが「実」になると華山は言った。息子の死や失明を乗り越えて彼が完成させた物語は、現在に至るまで時代を超えて人々の心を動かし続けている。インスピレーションを受けた後続の作品も数知れない。
その普遍性もまた「実」と呼んでいいのではないだろうか。
虚と実、CGとリアルの相乗効果が言い知れぬ深みをもたらす
曽利監督といえば、これまでCGをいかにストーリーと馴染ませるかに腐心してきた人だ。そのアプローチの果てに、登場人物が所狭しと駆け巡る”絢爛豪華なフィクション”と”今まさに物語が湧きいづるリアル”という本作の二重構造にたどり着いたことは感慨深い。冒頭のかなり駆け足な”虚”のあらすじ描写に、”実”のパートがある種の理由づけを与える趣向も面白い。また、虚と実はまるで呼応する振り子のようだ。勇士たちが不思議な玉を探し求める旅と同じく、馬琴もまた一つの輝ける物語を磨き続け、それは彼一人の孤独な旅かと思いきや、そこにはやはり仲間がいる。北斎や南北といった天才らが刺激し合うのはもちろんだが、病弱な息子、夫を罵ってばかりいる妻、そして息子の嫁、その全てが馬琴を支える掛け替えのない宇宙なのだろう。いつも以上に役所広司の素晴らしさに舌を巻いた。彼の存在感こそが虚と実、双方に魂を吹き込んでいることは間違いない。
虚と実が渦巻く歴史に引き込まれる眩暈にも似た感覚
今から2500年以上前の中国の思想家・孔子を始祖とする儒教が日本に伝来したのは5世紀頃。時を経て江戸時代後期の19世紀前半、滝沢馬琴は儒教における「八種の徳」に基づく勧善懲悪を主題に「南総里見八犬伝」を28年がかりで書き上げた。それから約1世紀半後の1982年、山田風太郎は小説「八犬傳」を連載開始。「南総里見八犬伝」の物語を再構成した“虚の世界”と、馬琴の創作過程や友人の絵師・葛飾北斎との交流を描く“実の世界”を並走させる内容だった。これを原作とし、VFXの使い手として知られる曽利文彦監督が脚本も自ら手がけて実写化したのが2024年公開作「八犬伝」だ。 悪事がまかり通る現実の世界で正義など絵空事だと斜に構える北斎(内野聖陽)に対し、だからこそ虚構の世界で勧善懲悪を説くのだと主張する馬琴(役所広司)の対話は、興味深い創作論であると同時に、人はいかに生きるべきかという哲学的な問いかけにもなっている。さらには、実世界を生きる人々の想像力と思考から創作物や思想・宗教が生まれ、そうした虚の世界が後世の人々の精神に影響を及ぼし新たな現実を形作るという、虚と実が互いに影響し合いながら歴史が発展していく、そんな創作と現実が織りなす歴史の大渦に巻き込まれるような眩暈(めまい)にも似た感覚を、本作の両パートを行き来しながら味わった。 大長編の伝奇活劇である「南総里見八犬伝」のパートを、本編149分のさらに半分程度に押し込めたので、当然ながら筋を大幅に端折っており、アクション場面やVFXスペクタクルの質・量ともに物足りなく感じるのも正直なところ。もっとチャンバラを見たい、お金をかけたスペクタクルを見たいという向きには、1983年公開作「里見八犬伝」がおすすめだ。角川春樹事務所の最盛期に製作され、潤沢な資金を後ろ盾に深作欣二監督がやりたい放題の娯楽大作で、真田広之、千葉真一、志穂美悦子といったジャパンアクションクラブ(JAC)の看板俳優や目黒祐樹らが大暴れするし、薬師丸ひろ子には珍しく濃密なラブシーンもあるわ、お金をかけまくった闇の軍団の本拠地セットでは生き血の風呂で夏木マリがヌードになるわで、笑っちゃうほどの見所満載ぶり。ただし同作では物語の発端である里見家の城主と娘の伏姫、忠犬の八房、斬首された玉梓などのくだりが絵巻物と台詞で説明されるのみなので、その辺を丁寧に実写で描いた今作の「八犬伝」とうまい具合に補完し合っている。その意味でも、この機会に2作を見比べてみてはいかがだろうか。
描かれる"虚と実"が観客の想像力を刺激する
江戸時代の人気作家、滝沢(曲亭)馬琴が構想する8人の剣士の物語『八犬伝』を、友人の絵師、葛飾北斎に語り聞かせている。映画は『八犬伝』の物語世界から始まり、すぐにそれが虚構だと分からせた上で、一転、資料が山積みになった人気作家の仕事部屋へと場面は転換。以降は、馬琴のもとを予告なしで度々訪れる北斎が、物語に刺激されて挿絵を描いていくという現実パーツと、『八犬伝』の虚構パーツとのカットバックで映画は進んでいく。誰もが知っている実在のアーティストをモデルにしているので、観客の頭の中も別次元の"虚と実"が入り乱れて楽しいと言ったらない。 物語の世界は若干仰々しい演出になっているが、一方で、馬琴と北斎それぞれの"虚と実"に対する考え方の違いが浮き彫りになっていくプロセスが示唆に富み、興味をそそる。馬琴役の役所広司はいつも通り入魂を感じさせる熱演だが、馬琴とは対照的に奔放な自由人として画面に現れては消えていく北斎役の内野聖陽が、今回は役所のパワーを逆手にとって生き生きとしている。 人気小説の裏にドラマあり。作家が作品に込めた思いと、江戸の町民文化の心意気を感じさせる1作だ。
愛に溢れた実の世界
思いのほか良かった…。 作者の創作中の様子と、八犬伝の物語が交互になっていた。 なので、八犬伝の物語が途中で途切れるんだけど、どちらの物語にもちゃんと引き込まれる。 丁寧に丁寧に創られている感じがした。 奥さんの、お百があっけない感じがして、そこだけがちょっと気になった。 お百は、口うるさくて毒舌で、ひどい奥さんなんだけど、馬琴に関心がない訳ではなくて、嫉妬までしている。 馬琴はしんどかったろうな…と思う反面、お百のそれは愛情の裏返しにも思えた。 それとは対照的なお岩の夫。 その2つも裏返しで、逆さまに見えた。 義理の娘のお路も健気に馬琴を応援してくれるし、息子も馬琴思い。 北斎も足しげくやって来る。 馬琴の日常は愛に溢れているなぁと思った。 そして、最後は何だか涙が出てきた。 演者も物語も良かった。 映画館まで観に行って良かった。
The 山田風太郎
氏の小説で初めて読んだのがコレ。"虚と実"を繰り返しながら展開していく物語にワクワクしましたなぁ。それまでは実写化された忍法帖やら魔界転生やらだったのでエログロな印象強めでしたが、こんな方向もいけるのかと唸ったものです。この勢いで「柳生十兵衛死す」も実写化されないかなぁ。あれもめっちゃ面白いです。 今回の実写化はとにかく"実"パートの牽引力の凄まじさに尽きる。"虚の巻"が原作以上に駆け足で胸熱ゲージを溜めづらかったのだが、それを補完して余りある熱量。大河ドラマにして一年間眺めていたい位の濃密さでしたねぇ。"虚"のターンも駆け足を除けば(致し方なし)、"虚"をゴリゴリに落とし込んで「動く錦絵」の様に作り上げていたのが好感触でした。役者陣もフレッシュ溌剌で良かったですしね。MVPは勿論、宗伯くん。刺さりすぎて嗚咽漏らしちゃいましたよ。
北斎の絵
ちょっと虚のパートが期待はずれ。尺的にも中途半端だし、演出なのかな?殿様とか、セリフ回しが臭く感じることもあった。VFXだけでは。。。むしろ北斎の書く漫画たちがリアルに馬琴の空想の中で自由に動きまわる方がよかったような気がする。北斎や鶴屋南北とのやり取りは面白かった。
じいさんとじいさんがわちゃわちゃしている
じいさん(天才)と、じいさん(天才)が、バカ話をしている。
その会話が妙に心地よい。
虚と実を織り交ぜて映像に落とし込む、そのテンポも良い、
100冊以上の大長編になった里見八犬伝はこう書かれたのであろう、という話で、
おそらく冗長な部分を極力削りに削ったであろう脚本家の努力が思われる。
ちょっと気になった点がありまして、
四谷怪談と忠臣蔵のシーンで「四谷怪談は忠臣蔵の裏返し、忠臣蔵という実を虚があざ笑う」というニュアンスの言葉が出てきます。
この言葉に、ものすごく引っかかっているのです。
実はこの映画そのものが曲亭馬琴の「実」を、里見八犬伝という虚があざ笑うという仕掛けを施されているのではないか、という疑惑です。
でなければ、鶴屋南北のシーンそのものがいらなかったのではというくらいです。
里見八犬伝という勧善懲悪が、悪事を働かない(でも偏屈)馬琴とその子の実をあざ笑っているという意味なのかなと思っていましたが、なんかもう一歩後ろにありそうな気がしています。なんだろう。
ともあれ、この映画そのものも2時間を大幅に超える大長編です。
じっくり腰を据えて見られる力作だと思います。
ラストのシーン。
あの演出にするのはべったべただと思いますが、それでも泣けてしまいました。
現実とファンタジーの交錯を楽しむ
今年映画館で見た映画の中で一番面白かった。
2時間半長すぎるとビビっていたけど、虚と実が交互に展開するから飽きることがなかった。
馬琴と北斎二人の掛け合いが印象に残る。役所広司、内野聖陽が役にぴったりはまっていた。
お百が「じじぃ二人が昼までおしゃべりかね」「駄弁も仕事のうちかね」とか嫌味を言うシーンが言いたくもなるよねと共感。
真飛聖のお歯黒の怪しい雰囲気よかった。ミッドナイトスワンに出てた人なんだ。
滝沢馬琴の伝記的作品
南総里見八犬伝とその作者である滝沢馬琴の伝記的作品。2.5時間の映画でした。最近、2時間超えの作品はかなり減りましたね。 伝記作品だから仕方ないのですが、実話パートは必要な要素だったのでしょうか?物語パートだけで内容的にもボリューム的にも十分じゃね?と思ってしまいました。 友人の葛飾北斎とワイガヤするだけだし、生き様とか真髄のようなものは感じられず。あれなら、映画のコンセプトが変わるかもしれませんが、物語パートだけで2時間の映画の方が良かったかなぁと思いました。
八犬伝パートを配信連ドラか再度映画化して欲しい!
虚実を交互に見せていく方法はどうなの?と思ったけれど、実パートはこれがうまく行っていた。善因善果・悪因悪果にならない世の中だからこそ、創作の世界くらい勧善懲悪を描きたい、堅物の馬琴(役所広司)の想いが伝わってくる。対照的な風来坊的天才の葛飾北斎(内野聖陽)ぬらりひょんかネズミ男のような鶴屋南北(立川談春)、幸薄く真面目な息子(磯村勇斗)、嫌味なババア演技が最高な妻(寺島しのぶ)がピタッとハマり、馬琴の思いが伝わってくる。28年もかかったこと、お路(黒木華)が口述筆記で刊行させたことも初めて知り、やはり凄い作品と再認識。
一方、虚パートの八犬伝。やっぱり八犬伝て面白いー!!いざとなったら玉を出せ🎵が頭の中で鳴り響いてます。
夏木マリがこれまでならやるであろう玉梓の栗山千秋の恐ろしさ、犬塚信乃(渡邊圭祐)が相変わらずかっこいいし、良き演技。そして、犬坂毛野(板垣李光人)!君はやばい!話し出すまで完全にめっちゃ妖艶な女性と思っていた…未来の絶大なるバイプレーヤーと思っているけれど、本気で凄い役者さんだ。敵の殿様じゃなくてもぼーっとするわ。
若手の良い役者さんが集結し魅力的なキャラクターに命を吹き込む良い演技、凄いCG、美麗な衣装、だからこそ、このダイジェスト版は勿体無い!!! もっと八犬士個人個人のバックグラウンドを知りたいし、1人、また1人と見つかっていくワクワク感を楽しみたい。彼らの活躍をバーンと見たい!この端折りダイジェストは勿体なさすぎるので、配信連ドラかもう一本映画をお願いします。
待つ間、山田風太郎を再度読もう。
現代パートは最高
とにかく現実パートの役所広司さんと内野聖陽さんの演技は最高でした。また他の役者さん達も素晴らしかったです! 何が残念って八犬伝パート、、、冒頭のわんこのCGからとてつもなく安っぽく感じてしまった、、、 殿様やら悪役の演技も微妙で伏姫だけ素晴らしかった!現実パートと八犬伝パートの区別をつけるためにわざとこのような作り物感を出したのかなーとも思いましたが、それを加味してもちょっと許せないレベルでした。かなり要所要所の場面しか撮影がなかったから役者さん達もあまり身が入らなかったのかな。 あと残念なのは馬琴さんがあんなに、虚も信じ続ければ実になる、と思っていたのに目が見えなくなったからといって執筆を諦めるのが納得できませんでした。原作ではそこらへんを丁寧に描いているのでしょうが映画ではあまりだったのでラストは安っぽく感じてしまいました。 全体的に長かった、、、
北斎の力を借りて完成した「八犬伝」。
滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」は、江戸時代の娯楽超大作の小説である。題名は知っていても、現代ではほとんど忘れられているのが残念である。この壮大な物語を現代のVFX技術を駆使して蘇らせた意義は大きい。衣装や風景などビジュアル的に美しく、戦闘シーンは迫力があった。八犬伝は論語の「徳」をモチーフにした波乱万丈の、「勧善懲悪」のドラマだと推察するのだが、見せ場の紹介だけであり、そこまで内容の面白さが伝わらないのは残念だ。 「虚」と「実」がテーマになっているが、虚はまさに八犬伝の虚構の世界であり、実は馬琴たちの現実の世界である。物語でいくら心躍る話や理想を描いたところで、現実はそれとは全く逆である。単調な毎日が続き、何事も思いのままにならず、正しい事が正しい事として通らないのが現実である。馬琴の人生はまさにそんな感じである。女房のお百の態度や息子宗伯の不幸が生きることの難儀さを良く表していると思う。戯作者南北との対話で、虚を描くことの空しさを突き付けられて、馬琴の心の内の葛藤は大きくなる。 そんな馬琴が八犬伝を書き続けられたのはなぜだろうと考えさせるのがこの映画であると言える。失明してもなお八犬伝を完成させた執念には感心するが、その原動力が何なのかは明らかにされていない。そこは、見た人個々人の解釈でいいのだろう。ただ希代の絵師北斎との創作を通した交流が大きな力になっているのは確かである。
虚と実に向き合った馬琴
八犬伝の創作を元に馬琴の人生を描いた映画ですが、 映画の中にも虚と実が有る 人生を彩る物語と八犬伝を交互に描きながら進みますが、 馬琴の人生を書いた部分は虚なんですが実とも思える出来です。 周りを固めた役者さんが良かった。 馬琴の役所さん、寺島さん、磯村さん、黒木さんと馬琴さんの馬琴の家族に北斎の内野さんをメインの物語で進みますが、この方々がいいのはもとより少し出た方々の演技もいい。 実在したとはいえ数百年前であり完全な創作なんですが、近所で見ていたかの様な実としか思えないほど、 馬琴物語の間に挟まれた八犬伝の部分は........消化不良かな、 長い物語だし1つの映画に馬琴を書いて八犬伝も出したいと考えるのが無理ですね。 馬琴物語と対で組み込むには荷が重すぎたのかな、 他では名演の若手俳優の方もいたし、悪くは無いと思うけど作り話感が出ちゃってるかな、いい役者もいたけど...........固めきれてない。 せっかく虚実に苦悩しながら書かれた戯作が虚のままで終わってしまったのでマイナス1.5 八犬伝を合間に入れなければね。 私が感じた実になった馬琴物語と虚で終わった八犬伝が交互に織りなされた映画でした。
観て損は無し
実パートは役者さん達が素晴らしくて魅入った。 中でも磯村勇斗さんは良かった。 実と虚の交互だから仕方ないが八犬伝の お話は色々と端折っていて少し残念だった。 薬師丸ひろ子さんの八犬伝も良いが 滝沢秀明さんの八犬伝も出演者が豪華で オススメです。 不満だったのはパンフレットが売り切れていて 売店の方に確認してもらっても再入荷されるかは 分からないと言われたがどうしても欲しかったので 某フリマサイトで購入した。
編集の勝利
創作物とその作者の人生を並行で描くとなると、どうしても「現実に起こったことを物語に反映させていく」といった展開にしたくなる。
「馬琴の生活のために妥協した結婚」と「伏姫の異種婚姻」、
共に恨み節を吐いてこの世を去っていった「お百」と「玉梓」、
「息子宗伯の夭折」と「五犬士の復活」、
「その犬士復活に力を貸した伏姫」と「八犬伝執筆を再開させたお路」、が
それぞれ対応していると読めなくもないが、そのような演出意図はない。
一方でお路の無筆に苛立って一度は続きを書くのをあきらめかけた馬琴を再び文机に向かわせたのは、架空のキャラや読者の要請等というよりはお百を無学と相手にしなかったことへの後悔だったように見えた。
つまり馬琴は、虚を虚、実を実としてキッチリ分けて生きている人物なのである。
また(これもよくあるが)、彼は現実の辛さから虚の中に逃げ込んでしまうといったタイプでもなかった。悪友の北斎がストッパーとなって現実世界にとどまり続けている。
そして鶴屋南北との邂逅で虚実は実際のところ表裏一体であることを知り、
最後は虚の世界のキャラクターが現実へ迎えに来ることで虚実が「冥合」する。
役所広司の演技がうまいので、馬琴が今何に悩んでいるのかが常に明確だった。
八犬士たちのキャラクター付けが現代の感覚からするとやや弱く、特に夜戦になると見分けがつかなくなってしまったのが残念だ、と最初は思った。たとえば八犬士の服や玉の色をそれぞれ設定して特徴づけるとかすればわかりやすくなっただろうが、あまりに後の世で量産された戦隊ヒーロー然となってしまうし、そもそも馬琴を絡めた映画全体の構成を考えるとあまり派手なCGバトルにしすぎず抑えた調子にしたほうが正解のように思えてきた。
同様に本来三部作で語られてもよいほどの大長編を芳流閣の戦いなどのハイライトだけ押さえてダイジェスト形式にしたのも、創作秘話と並行して150分に収めるためにはむしろよくまとまっていて飽きさせず、これは編集の妙が光る作品だと思った。
滝沢馬琴の物語、江戸時代のファンタジーと物語が出来る様子を楽しめる
面白かった! 曲亭馬琴「南総里見八犬伝」の物語は、勿論面白くて、想像の世界を美しい映像で楽しめました。 そして、作品が何年もかけて紡がれていく様子と、滝沢馬琴の生き様を楽しむことが出来きました。 葛飾北斎との交流、妻との関係、息子とその奥さんなど。 物語と現実の生活が交互に進むストーリー、それぞれのキャラクターが個性的で、やり取りが本当に面白い。
滝沢馬琴が語る虚構の物語と馬琴の現実世界が交差していくことへのワクワク感は大であっただけに、物足りなさも。
曽利文彦 監督の2024年製作(149分/G)による日本映画。
配給:キノフィルムズ、劇場公開日:2024年10月25日。
子供の頃から大好きの八犬伝の物語に、作者である滝沢馬琴と葛飾北斎を絡ませるストーリー・アイデアには凄くワクワク感を感じていたのだが(原作者の山田風太郎は凄い)、それだけにかもしれないが、面白い部分アリも全体的にはかなり今一つ感を感じてしまった。
滝沢馬琴(役所広司)と葛飾北斎(内野聖陽)の芸術家としての相互刺激、加えて渡辺華山(大貫勇輔)も絡んでのかなり濃密な交流が描かれていた。こんなの作り話と思っていたのだが、調べてみると歴史的事実の様で、凄く興味深かったし、創作活動の源泉としてとても面白くも感じた。
歌舞伎が上演され観客で賑わう江戸の街や中村座の描写にはとても感心するとともに、この時代に商業芸術が既に花開いていたんだと、いたく関心した。
ただ、四代目鶴屋南北(立川談春)作の「東海道四谷怪談」の「仮名手本忠臣蔵」と交互での2日にわたる初演(1825年)を劇中劇(悪玉主人公の民谷伊右衛門が中村獅童、お岩が尾上右近)として長々と見せられたが、視聴中は意図するところが理解できず、かなり退屈させられてしまった。
まあ、原作者である山田風太郎としては、虚構と実話を対比させた傑作「東海道四谷怪談」初演の更に上に行く、馬琴が話す虚構の物語と馬琴の実生活が相互作用していく新規創作の世界を際立てるために、敢えて劇中劇を設定したということだろうか。ただ映画では、脚本が今ひとつ(確かに劇中劇が面白いストーリーであることを知ったが、のめりこみ過ぎに思えた)で、それは十分には伝わってこない様に思えてしまった。
馬琴と南北の物語構成における勧善懲悪に関する議論は、原作にもあるらしいが、そのまま2人の会話として映画に移してきたのも大いに不満であった。創作者たる監督が南北にとても惹かれるのは分かるが、小説ではなく映画なんだから、映像で語らせろと。また、監督の意図を飛び越えて、主人公馬琴が主張する勧善懲悪がつまらないものに思えてしまった。
一方、大好きなはずの八犬伝の物語だが、ちゃっちく見えて期待外れ。まず出だしのでかいイヌのVFXが、人工的でリアリティに欠く。そして、城の上での格闘VFXは良かったが、八犬伝の武士達、化物化し里見家に復讐する栗山千秋、加えて里見家の殿様役小木茂光の演技も、監督の演出の問題なのか、今一つに感じた。
馬琴と嫁(黒木華)の共同作業による口述筆記は、お互いの苦労が偲ばれ、それなりに心が動かされた。しかし、文句ばかりを言っていた馬琴妻のお百(寺島しのぶ)が、口述筆記を務める嫁への嫉妬の言葉だけを残して、あっけなく死んでしまう脚本は、唐突すぎると思ってしまった。その前に、嫉妬に苦しむシーンをきちんと入れておくべきでしょうと思ってしまった。あの名優が全く活かせてないと、不満が大。
最後の虚構の物語と馬琴の現実世界が交わるラストも、とってつけた様な映像で、平凡すぎると思ってしまった。映像化が難しそうな山田風太郎の原作に敢えて挑んだ心意気は買いだが、完成度は残念ながら高いとは自分には思えなかった。
監督曽利文彦、原作山田風太郎、脚本曽利文彦、製作総指揮木下直哉、エグゼクティブプロデューサー武部由実子、プロデューサー葭原弓子 、谷川由希子、撮影佐光朗、照明加瀬弘行、録音田中博信、美術佐々木尚、装飾佐藤孝之、衣装デザイン西原梨恵、ヘアメイクディレクター酒井啓介、技髪荒井孝治、カラーグレーディング星子駿光、VFX白倉慶二、編集洲﨑千恵子、音楽北里玲二、助監督副島宏司、 松下洋平、アクション監督出口正義、記録山本明美、ラインプロデューサー坪内一、制作担当坪内一。
出演
滝沢(曲亭)馬琴役所広司、葛飾北斎内野聖陽、伏姫土屋太鳳、犬塚信乃渡邊圭祐、犬川荘助鈴木仁、犬坂毛野板垣李光人、犬飼現八水上恒司、犬村大角松岡広大、犬田小文吾佳久創、犬江親兵衛藤岡真威人、犬山道節上杉柊平、浜路河合優実、里見義実小木茂光、丸山智己、真飛聖、忍成修吾、塩野瑛久、神尾佑、玉梓栗山千明、民谷伊右衛門中村獅童、お岩尾上右近、鎮五郎/宗伯磯村勇斗、鶴屋南北立川談春、お路黒木華、お百寺島しのぶ。
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