「原作に対して物語の粗さを補って余りある、圧巻の映像体験」国宝 リリさんの映画レビュー(感想・評価)
原作に対して物語の粗さを補って余りある、圧巻の映像体験
3時間近い長尺でありながら、それを感じさせない没入感があったことは間違いない。
主演の吉沢亮をはじめとする俳優陣の演技、特に歌舞伎の立ち振る舞いや舞踊の場面には息をのむ。歌舞伎を全く知らなくても問題なく楽しめ、美術や衣装への強いこだわりも感じられた。作品としての映像的なクオリティは非常に高く、VOD等で済ませるよりは映画館で見ることを推奨したい。
一方で、物語の脚本には惜しい点も見受けられた。
物語の展開が、登場人物の死によって大きく動いていくが、特に俊介の最期は、原作での病による芸への執念と悲劇的な結末から、舞台上で刺される演技の直後に命を落とすという、衝撃を優先した改変に感じられた。
父親の死に方自体は原作と同じだが、その後の葛藤や、父を殺した相手との因縁が描かれない上、彼の人生を決定づけたはずの「見たかった景色」との関連性が一度も表現されていない。これでは、彼の芸の糧になったというより、ただの刺激的な見世物に見えてしまう。
最も気になったのは、主人公である喜久雄の内面描写が少ない点だ。
彼が何を考え、何に苦悩しているのかが見えず、ただ流されていった結果として頂点に上り詰めたようにしか感じられない。徳次の早期退場により難しくなったのかもしれないが、藤駒や娘との関係など、彼の人間性を深く掘り下げられたであろう部分が希薄に描かれている。女性陣のキャラクターも、別格の寺島しのぶを除けば個性が感じられない。これは女優陣の演技力ではなく、原作からの改変によってキャラクターの深みが失われ、物語上どうでも良い存在になってしまっているからだろう。
あれだけ内面を描いてこなかったのだから、喜久雄の最期こそ、原作通りに終わらせるべきだったのではないか。彼の芸に対する狂気が失われ、綺麗に終わりすぎていたので余韻が少ない。
それでも、これだけの不満点を挙げてもなお評価は☆4だ。もし上映時間が4〜5時間もあれば、原作の持つ深みを描き切れて☆5になったのかもしれないが、それは現実的ではないだろう。
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