「役者という職業の大変さ」国宝 karstさんの映画レビュー(感想・評価)
役者という職業の大変さ
この映画に当たって、主役の吉沢亮と横浜流星は1年半の稽古を積んだという。その努力は素晴らしいと思う。ただ、本職の歌舞伎役者は、それこそ映画の中で描かれていたように物心つくころから日本舞踊や芝居の稽古を積み重ねてきている。その域に達するには、1年半という期間は短すぎるのだから、本当に基本的なことと、映画で扱う演目に限った稽古だったのだろうし、そのことは吉沢、横浜両氏も十分に認識していたことだと思う。
何が言いたいのかというと、本職の歌舞伎役者のレベルではないことを承知していながら、歌舞伎役者を演じなければならない「役者」という職業は、本当に大変なのだな、ということだ。もちろん、映画の中の吉沢亮と横浜流星の演技は素晴らしかったことに異論を唱えるつもりはない。両氏の努力には、素直に拍手を送りたい。
映画自体の感想だが、事前に歌舞伎役者諸氏が本作を絶賛しているとの報道を見聞きした。もちろん、歌舞伎の振興を考えての発言ということもあるだろうが、それにしても絶賛と言っていい評価が続いている。それに興味を引かれてこの映画を見に行った。今回、ジャンルは違うが舞踊の世界で50年以上キャリアを積んでいる、田中泯が女形の重鎮を演じており、その舞踊の場面の評価も高かったのでそのシーンに興味を持っていた。結論から言うと、自分自身に歌舞伎や舞踊に対する素養がほとんどないので、残念ながら田中泯の舞踊のすごさは分からなかった。だが、舞踊以外の場面での田中泯の演技は凄かった。田中泯が映画等のメジャーな場所に出てきたのは、映画「たそがれ清兵衛」が最初だったと記憶しているが、その後もどちらかというと男臭い役が多かったと思う。しかし、この映画の小野川万菊を観たとき、これは確かに女形の役者だ、本当の女形だと感じた。芸達者な役者さんばかりなので皆上手かったのだが、この映画でまず印象に残ったのは田中泯の小野川万菊だった。
感想が前後するが、自分はこの映画の原作になった小説は、新聞連載時に読んでいる。上下2巻の小説を(映画としては少々長いとは言え)3時間に落とし込むわけだから、色々なエピソードがカットされているし、原作から変更した設定もある。だが、私は上手くまとめたのではないかと思っている。このあたりは同じ横浜流星が出演し、そして同じく役づくりのためにかなりの努力をした作品で有りながら(私からみると)残念な出来だった「春に散る」とは大きく違う。
なぜ違う映画の事を持ち出したかというと、原作をもつ映画の場合、絶対にカットしなければならないエピソードが出てくるし、設定の改変も必要になる。問題は、カットしたエピソードや設定の改変が物語として生きているかどうかだと思う。残念ながら、春に散るはそこが上手くいっていなかった。対して「国宝」は、その点が上手くいっていたと思う。
例えば、小説「国宝」ではかなり重要な役どころである徳次は、前半部分にしか登場しない。しかし、原作通りに彼を登場させるとなると、喜久雄と綾乃の関係も描かなければならず、そうするととても尺が足りない。思い切った改変ではあるが、映画としては正しい判断だったのではないかと思う。この映画の場合、そうした割り切りが絶妙だという気がした。
おそらく、本職の演劇関係や、歌舞伎関係者がみれば、「それはありえない」という描写は少なからずあるのだろう。だが、元々これはお芝居、作り話なのだ。嘘と真が混じっているお話なのだ。偽りのほうが多かったかもしれないが、歌舞伎の世界に触れられただけでも良かったのではないかと思っている
3時間もあるので再見するかは思案中だが。
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