「それでいいの それでもやるの」国宝 マスゾーさんの映画レビュー(感想・評価)
それでいいの それでもやるの
(人間)国宝
文化財保護法第71条第2項に基づき
文部科学大臣が指定した
宝物や建築物などでない技能などの
「重要無形文化財」の保持者として
認定された人物を指す
人間国宝という言葉は俗称で
法定上は単に「国宝」である
国宝に認定されると助成金が
年額200万円ほど支給される
吉田修一原作李相日監督コンビは
ヒット作「悪人」「怒り」に続き3作目
人知れぬ歌舞伎の世界を
舞台にした人間模様を描いた今作
いんや凄かった
なにせ歌舞伎役者を演じるのは
吉沢亮 横浜流星ら
いつもの俳優というところである
当然梨園の方の指導によって
作られていくのだろうが
実際に檜舞台での演目シーンの
緊張感が半端ないのである
そして撮影
ソフィアン・エル・ファニの
外国人特有のアングル
一体これは何を観ているんだ
という感覚にさせられるのである
歌舞伎が題材なのだから
梨園の歌舞伎役者がやってしまえば
きっとこんな感覚にはならない
それでいて訴えるものが
すさまじい
「鷺娘」「二人道成寺」「曽根崎心中」
有名な演目を「てんどん」する
ことにより得られるそれぞれの思い
の演出など歌舞伎のしている
本質を追求しようとする
素晴らしい完成度でした
親を殺された任侠の息子喜久雄の
女形の才能を見抜き引き取った
花井半二郎が息子俊介と芸を磨かせる
うちにたった7年で生まれた時から
しごいてきた俊介を
半二郎の芸の観点で抜いてしまう
そして突然訪れた半二郎の
曽根崎心中の代役に選ばれたのは
「磨き上げた"芸"で身体が勝手に動く」
喜久雄
「花井の役者の"血"が守ってくれる」
はずの俊介も心のどこかで喜久雄を
認めていたが
演じ切った喜久雄に衝撃と絶望
喜久雄の邪魔にならぬよう
身を引いた幼馴染春江と
失踪してしまう
こうしてこの映画は常に
舞台の上で与えられた
役者の演技の衝撃によってのみ
話が進んでいく演出が効く
やがて半二郎は糖尿病を患い
その名を喜久雄に譲ろうとする
周囲は当然異論を唱えるが
これは俊介の失踪もあるし
芸の側からの英断であった
そして白虎を襲名するが
襲名挨拶の場で壮絶に果てる
週刊誌はスキャンダルに走り
やはり暴かれる自身の任侠の過去
隠し子などで転落していく
そこへドサ周りをしながら
俊介が戻ってきて
若いころの喜久雄に
「その美しい顔に負けない役者に」
と告げていた国宝・小野川万菊の元で
歌舞伎をやり直すことに
立場は逆転してしまう
やはり最後は「血」か?
というと俊介は遺伝か父と同じ
糖尿病に侵され足を切断せざるを
得ない事態に陥ってしまう
ではやはり「芸」か?
というと才のある芸で人は魅せられ
花井家の父から子供に継がれる
道を壊してしまった悪魔の力である
喜久雄も俊介もその苦しみを味わい
迷うところで万菊は
「あなた 歌舞伎が嫌いでしょう」
「でもいいの それでもやるの」
「それが役者なの」
という言葉は響く
役者の演じにはその役者の
人生や過去が乗り移るらないと
出てこないという事か
芸か血か
どれかだけじゃなく
どれも染みるほど苦しみを
味わってきた者こそ
日本一の最高の役者になっていき
国宝級になっているもの
なのかもしれない
不倫や不祥事などのイメージ失墜
だけでバタバタ消えていく
昨今の芸能人
果たして人前に現れていいのは
潔白な聖人だけなのでしょうか
そりゃ限度もあるが
禊はあってもいいと思う
それは芸の肥やしだから
でなければ誰も出なくなる
30年前上岡龍太郎は
芸人なんてものは
売れれば万歳
売れなければあとは哀れ
野となれ山となれ
そもそもまともな商売や
ないんです
最近のテレビ
女性も子供も安心て観られる
テレビなんて目指したら
芸人の居場所はありまへん
と言ってましたが
本当に今そうなってませんかね
もっと「棚」のある世の中で
いいんじゃないかと思う作品でした
見事に演じきり
この作品の真髄に本当に迫った
役者・吉沢亮や横浜流星らの
今後も期待ですな
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