劇場公開日 2025年10月31日

「、白眉はやはり結末。想像を絶する過酷な人生を歩んできた桂介が、何を見据えているのかが明らかになった時、一筋の希望が見えます。」盤上の向日葵 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5 、白眉はやはり結末。想像を絶する過酷な人生を歩んできた桂介が、何を見据えているのかが明らかになった時、一筋の希望が見えます。

2025年11月8日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

悲しい

怖い

興奮

近年、人気小説や漫画の実写映画は、いかに原作に忠実かが重視される風潮です。しかし、ただ展開をなぞるだけよりも、原作の本質を捉えつつ、映像でしかできない表現で物語を見せた方が、映画にする意義は何倍も大きいことでしょう。
 「孤狼の血」で知られる作家・柚月裕子の人気同名小説を原作に、オリジナルの結末で力強いメッセージを描き出した今作を見て、改めてそう感じました。昭和から平成へと続く激動の時代を背景に、過酷な人生を生きる天才棋士の光と闇をドラマチックに描かれます。

●ストーリー
 山の中で、白骨化した遺体が発見されます。現場には、この世に7組しか現存しない希少な将棋駒が残されていました。
 刑事の石破剛志(佐々木蔵之介)と佐野(高杉真宙)は、駒の所有者を調べていくうち、将棋界に彗星のごとく現れ時代の寵児となった天才棋士・上条桂介(坂口健太郎)であることが判明。奨励会を経ずにプロとなり、世間の注目を集める桂介の過去が、捜査の過程で明らかになっていきます。
 やがて桂介の過去に深く関わる人物として、賭け将棋で圧倒的な実力を誇った裏社会の男・東明重慶(渡辺謙)の存在が浮上します。やがて、謎に包まれていた桂介の生い立ちが明らかになります。
 桂介は幼少期に母を亡くし、父の庸一(音尾琢真)から虐待を受けていました。そこから逃れるように、近くに住む元校長の唐沢(小日向文世)から将棋を教わっていたのです。
 大学生になり、ようやく父の元を離れた後、賭け将棋で生計を立てる「真剣師」の東明に出会うのです。

●解説
 庸一、唐沢、東明の3人との関係性はそれぞれに劇的で、桂介の人生を大きく動かしていきます。特に東明との因縁は浅からぬものがありました。桂介は東明に裏切られ、大事な物を奪われてしまいますが、憎しみと同時に、型破りな将棋への憧れや人間としての共感も抱き続けるのです。時に激しく表出する桂介の複雑な思いを、坂口が丹念に演じています。
 裏社会を生きる東明の業とすごみを体現した渡辺も存在感抜群。賭け将棋のシーンは柚月の人気シリーズ「孤狼の血」にも通じるような緊張感が味わえることでしょう。
 文庫本で上下巻にわたる原作が2時間3分の映画に無理なくまとめられています。脚本も兼ねた熊澤尚人監督の緩急の利かせ方が秀逸です。2人の刑事が駒の所有者を捜し回る冒頭は速いテンポで観客をどんどん引き込んでいく一方、繰り返し登場する将棋の対局シーンは丁寧で、たっぷりと時間が割かれています。
 原作のように一手ずつの詳しい説明はありませんが、盤に向かう人の表情や考える時の癖、駒を指す音までを細やかに捉え、登場人物たちの心境を映し出しました。
 どこか寂しく、恐ろしくも見えるひまわり畑の映像も印象的ですが、白眉はやはり結末。想像を絶する過酷な人生を歩んできた桂介が、何を見据えているのかが明らかになった時、一筋の希望が見えます。原作の魅力を生かしつつ、映画ならではの価値を生み出した。理想の実写化と言っていいでしょう。

●感想
 駒の音が臨場感を伝える将棋の世界、父と息子のつながりと師匠の存在。昭和から平成を背景に描かれる、殺人事件の裏側。それらがすべて正攻法で織り込まれ、しばしばミステリーと人間ドラマが別方向を向いているような印象も受けます。
 しかし、さながら対局のように年上の俳優と向き合うたびに異なる顔を見せる坂口の芝居には見応えがあり、父親役の音尾琢真との汗と涙の格闘、小池重明を思わせる真剣師役の渡辺と対峙する場面に引き込まれました。
 過去の暗い影が栄光をむしばむ運命といい、雄大な風景が大事な脇役となる物語の展開といい「砂の器」のようなスケール感を感じさせます。ただ何か作品を全体を通して、満足感がイマイチに感じられたのです。
 それは、こぞというところのくどい演出と、力み返ったセリフ回しにあったのではないでしょうか。力んでいる割には「将棋を指さないと死んだも同然」という狂気がもう一つ感じられなかったというところでしょう。但しそれが本作の持ち味でもあるので、一概に責められません。

流山の小地蔵
PR U-NEXTなら
映画チケットがいつでも1,500円!

詳細は遷移先をご確認ください。