「人を信じること…逃亡犯の希望」正体 bunmei21さんの映画レビュー(感想・評価)
人を信じること…逃亡犯の希望
染井為人の原作も公開前に既読。骨太で読み応えある長編で、あの大作をどの様に2時間枠の映画にまとめるのか、藤井道人監督の手腕も楽しみのひとつだった。原作小説を実写化すると、どうしても細かな部分が端折られて、「今ひとつ」という作品が多い。しかし、本作は見事に原作以上の作品に仕上がっており、「流石、藤井監督!」と思わる、極上のサスペンス・ドラマとして、素晴らしい作品に仕上がっていた。
特にラスト10分間は、原作とは違う流れだったが、脱獄犯・鏑木慶一の冤罪を訴える姿に、そしてその運命に、涙腺が緩みっぱなしで、かけていたマスクがびしょびしょになった。個人的な意見ではあるが、本作も鏑木を演じた主演の横浜流星も、来年のアカデミー作品賞・男優賞の候補に挙がることは、間違いないように感じた。
ある一家を皆殺しにし、日本中を震撼させた殺人事件の犯人で、死刑が確定していた鏑木慶一が脱走をした。未成年で初めて死刑を宣告された鏑木は、終始、無罪を主張していたが、聞き入れてもらえず、その潔白を証明することができず、やむなく脱走を図った。その中で、ある時は工事現場での日雇い、またある時はフリーライター、水産加工場のパート、そして、介護施設の介護士と、顔と姿を変え、正体を隠して潜伏していく。
その逃走劇の中で、浮かび上がってくる鏑木の姿は、とても凶悪殺人犯とは思えない頭の良さと優しさ。そして、鏑木自身も、出会った人から、初めて人を信じる心の温もりを感じとる。そうした前半からの布石が、ラストシーンで彼の冤罪を信じる人々のうねりとなって、感動的なシーンを呼び起こすことに繋がる。
鏑木役の横浜流星は、冤罪を訴える迫真の逃走のシーンと、潜伏先での穏やかで物静かなシーンの両局面の演技に、役者としてのキャリアが高まったと感じた。また、横浜流星をはじめ、周りを固めた吉岡里帆、山田安奈、森本慎太郎の演技も予想以上に良かったし、原作のキャラクターのイメージにピッタリで、なかなか素晴らしいキャスティングだったと思う。
一つ残念だったのが、これだけすばらしい内容の作品なのに、我が郷土の映画館での観客が10人足らずだった…。先日、袴田事件の冤罪が認められたが、こうした無謀な警察のやり方によって、冤罪に苦しんでいる人もいるのかもしれない思うと、もっと多くの人に観てもらいたい作品でもある。