劇場公開日 2025年8月1日

「むしろ不法移民を受け入れたくなった」入国審査 おきらくさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 むしろ不法移民を受け入れたくなった

2025年8月27日
iPhoneアプリから投稿

「入国審査」を題材にした、よくできた密室会話サスペンスを想像していたら、全然違った。

「借りたままのボールペン」「妻の糖尿病」「ずっと鳴り響く工事の音」など、あからさまな伏線にしか思えない要素が、終盤に絡み合って事態が解決するんだろうなと思っていたが、最後まで観ても本筋と関係ない。
それが逆に新鮮だった。

この映画は「入国審査」をリアルに体験させるような映画だった。
ただし、普通の「入国審査」ではなく、移民を目指す人への差別的な「入国審査」を疑似体験させる映画。
ちょうど今現在映画館で上映している『アイム・スティル・ヒア』の、軍人による取り調べシーンだけを77分に引き伸ばしたような内容に感じた。

海岸旅行と縁がない人間なので、スマホのパスワードを教えるように言われて伝えたらIT部門の人間がスマホを徹底的に調べ始めたり、性行為を週に何回しているのかを尋ねられる場面を観ていて、「海外旅行なんて絶対行きたくない」という気持ちになった。
職員が性生活に関する質問をする場面で、伊藤詩織さんが性暴力にあって警察に行ったら処女かどうかを尋ねられた話を思い出した。

スペイン人は移民として認めるがベネズエラ人は認めない。
このままだとベネズエラ人の夫ディエゴが移民してきてしまうので、それを阻止すべく、移民ビザを持っている妻エレナと別れさせようと、アメリカの職員たちが奮闘する話。
そのために行われる、心を踏みにじるような尋問の数々。
観ていて職員たちのことが蹴りたくなった。
ネットで調べたら尋問とは「口頭で問いただすこと」とのこと。
職員たちが夫婦にやっていることは尋問というより洗脳に近いと感じた。

近年のトランプ大統領が行なっている大規模な移民排斥のニュースを見るたびに酷いと思いつつも不法移民ならしょうがないのかな、と思っていたが、この映画を観てその考え方を改めようと思った。
人を騙すことはダメなことだが、彼らの中には「不法移民となるか、いつ命を落としてもおかしくない環境に居続けるか」の二択しかない人もいるわけで、そういう人が不法移民になるのも仕方ないのでは、と思った。
例えるなら、ネグレクトの親に育てられている子供がまともに食事を出してもらえず、空腹のあまり食料を万引きしてしまった場合に、罪を犯していたとしてもその子供を責めるのは違う気がした。

職員側(さらにいえば移民難民に反発するような多くの人)の理屈としては「貧困で移民難民になりたがる人間は悪さをするに決まってる」ともしかしたら考えているかもしれない。
この映画に出てくるベネズエラ人の夫ディエゴは弱い人間だとは思うが、悪い人間には見えなかった。
職員が急遽いなくなり、部屋で一人きりになったディエゴの取る行動はダメすぎではある(ずっと重苦しい雰囲気が続くこの映画で唯一の笑える場面)。
しかし、彼はベネズエラからスペインに渡った後、一生懸命勉強し、真面目に働き、だからこそそんな彼を見ていたエレナは、国籍の違いを乗り越え、親の反対を押し切り、事実婚を結んだわけで、その時点で悪人には思えない。
世の中に蔓延する、国籍で人間性を決めたがる病魔にはうんざり。

最初は威勢の強かったエレナが、職員たちの尋問によって、震えながら涙が止まらなくなるまで精神的に追い詰められていく。
しかし、職員たちの最終的な要求に対し、エレナがどう応じたかは、この映画ではカットされている。
最後の場面で「入国審査」といえばお馴染みのあのセリフが出てくることで、エレナが職員たちに対してどう応じ、ディエゴに対して本当はどう思っているかがわかる演出になっていて、上手いし感動的だった。
一瞬そのセリフの真意が理解できず呆気にとられる夫婦の表情もたまらないものがあった。

おきらく