「実体験から写し取られた水際の攻防が浮き彫りにするもの」入国審査 ニコさんの映画レビュー(感想・評価)
実体験から写し取られた水際の攻防が浮き彫りにするもの
77分ワンシチュエーションという非常にコンパクトな作品だが、佳作のショートショートを読んだ後のような余韻があった。
比較的パスポートの信頼度が高く、内紛もない日本に国籍を持つ私には十分理解が行き届いていない面もあるかもしれない。それでも、あのように今後の生活を左右する公的な審査を受ける場で疑いの目を向けられた時の心境を想像するとおのずと落ち着かない気持ちになり、審査の顛末を固唾を飲んで見守っていた。
(なお、近年は日本人に対する入国拒否も増えているらしい。売春目的と疑われるケースが多いとか)
ディエゴとエレナが別室に通されてからの会話劇には、例えば審査官の側があからさまに悪役的な振る舞いをするとか、逆に2人に対する入国拒否が決定的になるような彼らの秘密がバレるとかいった、わかりやすい善悪の色付けやダイナミックな変化はない。
それでも、何の説明もなく威圧的に続く尋問、その中で次第に明らかになるディエゴたちの人物像、暴露されるディエゴの秘密、そこから崩れ始めるエレナのディエゴへの信頼、といった展開が無駄なく配置されていて、緊張感を途切れさせない。電気工事の騒音や消灯のアクシデントも、2人の不快感や不安を暗示するような演出として効いていた。
実際の入国審査であそこまで突っ込んだ尋問をするのかは知らないが、変に劇的な展開がないせいか、あるいは監督の実体験に基づくシナリオであるせいか妙にリアリティがあり、入国審査のやり取りだけで結構人間描写ができるもんなんだなあ、と思いながら観ていた。
アレハンドロ・ロハス、フアン・セバスチャン・バスケス両監督のインタビューを読むと、アメリカの入国審査の厳しさ、非人道的な側面への批判のニュアンスを感じるが、作品自体からは批判のメッセージを前面に出している印象は受けない。ディエゴが単なる無辜な移民かどうかという点が曖昧に描かれていることがその原因なのかもしれない。
序盤、2人のことを何も知らず審査官の態度だけを見ていた時は、仕事柄とはいえ理不尽な厳しさばかりが気になった。ところがその後のやり取りでディエゴたちの状況と審査官が彼を疑う理由がわかってくると、審査官側の口調はともかく、その疑念には一理ある気がしてきた。
そしてディエゴがエレナと付き合う前にネットでしか繋がりのない女性と婚約までしていて、それをエレナに隠していたことがわかり、その上審査官に対してエレナに説明したと嘘をついたことで、私のディエゴへの信頼が急落した。
審査官の疑いが事実だとしても驚かない……彼への評価がそこまで変質した直後、2人の入国が認められてサクッと物語は終わる。
色々な見方が出来る映画だと思う。権力を笠にプライベートな事情まで詮索し、2人の信頼関係を引き裂いた入管のやり方は非人道的だ、という主張を読み取ることもできる(監督たちの意図はこれなのかもしれない)。
または、そういう政治的なメッセージとは別に、心理スリラーとして娯楽的に楽しむこともできる。人生の節目で、ある意味究極に不安定な立場に置かれたカップルの寄る辺ない思い、そこに追い討ちをかける2人の関係の亀裂。基準の不明瞭な他人の判断に未来が壊される恐怖。
観客の視点で言えば、話が進むにつれ各登場人物の見え方、信頼度のようなものが変わってゆくのが単純に面白い。審査官は疑心暗鬼かもしれないし、的を射ているかもしれない。ディエゴの小さな隠し事と嘘はありがちで悪意のないものかもしれないし、あるいは審査官の推理通りの下心があるかもしれない。この変容や曖昧さがまたリアルで、描写のバランスが絶妙。
個人的には政治的主張より心理的スリルや人間描写に面白みを感じたが、それは当事者感覚がないからかもしれない。
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