ぼくのお日さまのレビュー・感想・評価
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初恋や憧れという思春期の少年が抱える仄かな想いをテーマに描いた青春グラフィティ、と思わせておいて、実は重めのテーマも抱えた作品です。ラストシーンの続きが気になります。
上映前に流れる「劇場内ではマナーを守りましょう」の映像の
この作品バージョンを観てから、何となく本編の方が気になって
しまい、鑑賞することに。・_・
さあ鑑賞。
舞台は北海道。
野球の練習中、ボーっと立ったままの少年。
目の前に白いものが舞い降りる。
雪だ。
空を見上げる少年の頭上をボールが越えて弾む。
※これだけで、この少年の感性・性格が伝わってきます。
静かで雄弁な人物紹介だなぁと感心。・_・
場面代わってスケートリンク。
アイスホッケーのゴールを守るのは、また同じ少年だ。
相手のシュートが飛んでくる。
プロテクターの無い脇腹にパックが当たる。
ああ、痛そう…
脇腹を気にしつつ道具を片付け、帰ろうとする少年。
視線の先、リンクの中には一人の少女。
今はフィギュアスケートの練習時間だ。
軽やかに滑り、ジャンプ。
華麗な演技に心を奪われ、じっと見つめ続ける。
友人から " もう帰るよ " と声が掛かるまで眺めていた。
次の日、皆が帰った後のリンクの上に一人
昨日の少女の滑りを真似ようとする少年の姿が。
ぎこちない滑り。ジャンプ。転倒。
スピン …のつもりで 回転。トテトテトテ。
そんな少年を見ている一人の男。
フィギュアスケートの少女のコーチをしている男だ。
見知らぬ少年の、フィギュアスケートの演技(?)が
気になっているようだ。
次の日もまたフィギュアの練習(?)をする少年に
コーチが声をかける。
” その靴では、フィギュアの滑りはムリだ ”
” … ”
言葉の出ない少年に、更に声をかける。
” 上手く滑れるようになりたいか? ”
” !! ” ※うん
” この靴を使え ”
” !? ” ※いいの?
” あげるんじゃない。貸すだけだ ”
” …!” ※…ケチ じゃなくて ありがとう
こうして、月謝を貰うわけでもない少年を相手に
コーチのフィギュア指導が始まった。
熱心な練習の成果か、次第に上手になる少年の滑り。
本来の生徒である少女も、少年が気になっているようだ。
そんな頃。
コーチが、少年と少女でペアを組むことを提案する。
” 私はシングルでの大会出場が目標なので… ”
渋る少女に、コーチはこう説得する。
” ペアでの練習は、シングルの滑りにも良い影響がある ”
いざペアでの練習を始めてみると、奥が深い。
相手の滑りを意識したスケーティングが必要になるので
一人で滑る時よりも考えて滑る事が増えるのだ。
ペアでの滑りがサマになってきた頃,コーチが切り出す。
アイスダンスの競技に出るための、参加資格を取らないか と。
その気になり、練習を続けていた二人だったのだが
ある日、少女が、コーチのある場面を見てしまう。
もしかしたら、あの少年に対しても…
急速に冷えていく少女の心。練習にも来ない。
そして、出るはずだった出場資格をえるための資格審査会場にも
とうとう少女はやってこなかった。 あららー。
少女が何を見たのか、気になる方は劇場まで。 ・-・;
…ということで
フィギュアの練習を通して、少年・少女・そしてコーチの間の
心の揺らめきを描いた作品でした。
鑑賞前に予想した程には軽くもない内容の作品で
ハッピーエンドとは言えない終わり方とも思うのですが
それぞれが新しい道に進むのだろうと思わせる、何とも
絶妙なバランスの上に成り立っている作品でした。
鑑賞後も不思議な余韻が残っている感じです。
観て良かった。
◇あれこれ
■舞台の街は何処?
どこなのだろうと、鑑賞しながらあれこれと予想。
北海道? 小樽? 函館? 北見?
ロケ地の地名を見たら、白糠。北海道の太平洋側か。
少年の家。犬小屋は家の外に。 寒くないのだろうかと心配。
※この柴犬クン、良い味出してました。 いいな♡
■お日さまは誰のこと?
タイトルにもある「お日さま」。そして「ぼく」。
少年にとってのお日さまは、たぶん少女。 そして
コーチにとってのお日さまは、少年。
自分に無い美しい演技をする少女への憧憬と
自分が失った純粋な情熱を持つものへの懐古と。
それに浸るだけでは無い、それぞれが前に進もうとすることを
予想させるエンディングだったと思います。
■少し感じた違和感
「男子に女子の振りつけを教えて楽しいんですか?」
自分が食べているものに、相手が口をつける。
自分には見せないような柔らかな笑顔を見せる。
恋人同士がするような行為を男同士でしている場面を目撃したさくらが
コーチにぶつけたセリフ。
同性愛者に対して、思春期の少女が感じた嫌悪感は、まだ分かります。
ただ、フィギュアスケートが女性の競技であるかのようなセリフには
かなり違和感を感じました。(この作品中、唯一の違和感かも)
いつ頃の価値観なのかと疑問だったのですが、パンフを見ていたところ
このお話の時代は2000年ちょうどの頃のようだと分かりました。
(携帯電話も折畳式のガラケーだった気が…)
その頃だと、世間一般の認識はそんな感じだったかなぁ…。
と、フィギュアスケートのペア競技を描いた漫画を思い出しました。
「愛のアランフェス( 作:槙村さとる)」は1980年ころの作品です。
ストーリー忘れました。・-・ もう一度読んでみたい気が…。
■少女を演じた子
13才ですか。若いなぁ。
フィギュアスケートも経験者なのでしょうね。とても上手。
作中でもスケーティングが上手くなる様子が演じられていた気がします。
(少年のスケーティングも、次第に上手になっていくのが分かりました)
清原果耶さんや芦田愛菜さんに少し似ているような気もしました。
今後の確約に期待したいです。
◇最後に
吃音に悩む少年が、野球やアイスホッケーよりもフィギュアス
ケートをやりたいと思う少年の心の機微。そして思春期の少女の
異性に対する敏感な感受性。
さらには同性愛嗜好のある(と思われる)コーチという、色々な
要素が丁寧にぎっしりと練り込まれた、無駄も隙も無い繊細な
ストーリーの作品だったなぁ と。
画面に映ったもの全てが、こちらに語りかけてくる感じで
意味の無いカットが無く感じられるくらいに充実の90分でした。
☆映画の感想は人さまざまかとは思いますが、このように感じた映画ファンもいるということで。
とてもシンプルでピュア
スケートができて演技ができて透明感がある中西希亜良ってどこから見つけてきたのよ?
ラストからの主題歌の演出が見事!
光のオブジェ
圧倒的映像の美しさ
こどもたちのかわいさ、恋人たちの温もり、美しい風景の中にある人間のリアルさや切なさ。綺麗な映像に反して決して綺麗にはいかない現実も描かれていて触ったら壊れてしまいそうな程繊細。雪やスケートリンクに光が反射しキラキラする様子、氷が削れる音、心地良くてずっとこの世界に浸っていたい素敵な映画体験でした 、これは絶対映画館で見たほうが良い!美しい世界観に引き込まれる。
ここからは結構細かい感想↓
びっくりしたのは台詞の少なさ。余白を大事にしたいと台詞を増やすことで他人事のようになってしまう。といっていたのは知っていたが想像してたよりも少なかった。台詞が少ないのでBGM、見るBGM感覚なかんじ!
夜のシーンから光に包まれた朝になるところは、映画の世界がこちらまでに通じているかのようにパッと眩しくなってなんかよかった。北海道の雪、スケート場、寒い映像と連動してるかのように館内も冷たい風なひんやりしていて世界観がリンクしてるようだった
荒川とタクヤふたりの練習風景は息を呑むほど綺麗。この映画すきだなとその時おもった。
サクラの、人を見つめる表情が良かった。
タバコを吸う池松は良すぎた。荒川先生にサクラ惚れてたけどわかるよその気持ち。。
現役時代の荒川の写真を見つめる五十嵐、なんだか色んなことを頭巡らせて切なげな表情がとてもよかった。ヒトシアラカワー!とちょけるシーンは若葉さんの素?!って思っちゃった、当て書きの力もあるのかな。
ベランダのシーン、体ゆすりながらタバコ一口ちょうだいーばりに口開けてる五十嵐!かわいい。本来、「一口ちょうだい」と台詞あったのに、台詞の引き算の判断天才過ぎる。荒川の背中にピッタリと寄り添う五十嵐の多幸感に満ち溢れた表情の良さ😭車内のアイスのシーンもめっちゃ微笑ましかった。池松さんと若葉さんのや恋役良すぎ
ベッドで語るシーンの辛さが伝わる表情凄かった、遠めなカメラワークなのにその距離感で悲しい感情がちゃんと伝わるのすごすぎた。
カマかけたりちょけたり甘えたり行動するのはいつも五十嵐の方で、一方通行なかんじがした、五十嵐とスケート、結局スケートを選ばれたの切ない。自分から背中を押す五十嵐は切ない。結末を思えば今までの振る舞いはとても切なく感じた
少年少女の思いを感じて、雰囲気を楽しめた。
主人公が吃音の小学6年生の男の子、その主人公が一目惚れするのが中学1年か2年の女の子。
この女の子が美少女でした。
こんな子のフィギュアスケートを間近で見たら一目惚れしちゃいますね。
この女の子、フィギュア経験者で初演技での映画デビューだったらしい。。
少年少女のほのぼのとした恋の物語と思っていたら、思わぬ方向へ話は進んでいった。
この設定は最近多いですね、時代なんだろうと思う。
単純に吃音の少年と年上の少女との小さな恋の物語にすればよかったんじゃないかな。
さりげなく描かれる、すれ違う少年の思いと少女の思い。
これで十分だったような気がしました。
映像もキレイでしたね。
冬の雪深い街並みと、夏の青々とした緑の風景、このコントラストがキレイでした。
スケートリンクに外から光が差し込み、その中でフィギュアスケートを踊るシーンは幻想的で良かったです。
主人公が家族で食卓を囲むシーンがあって、ここに出てくる父親だろう人も吃音だった。
吃音は遺伝するの?って思った。
私の人生の中で吃音の人に出会った事は無いです。
いまググってみると100人に1人の割合でいるらしい。
私が出会った人の中にも、気づかないくらいの吃音で無口の人がいたかもしれないと思った。
そういえば思い出したのだが、昔会社の昇進試験で人前ではうまくしゃべれないけど、仕事は出来るので昇進試験を通ったという人の話を聞いた事があった。
その人とはほとんど話した事は無かったので普段の話し方は知らなかったが、もしかして吃音だったのかもね。
映画を見終わってみると、吃音に関わる話はほとんど出てこなかった。
吃音を馬鹿にされたりするシーンも無かった。
友達に嫌な役目のキーパーを押し付けられている事くらい。
この辺も差別的なシーンを入れられない時代の流れなんでしょうか。。
青々とした緑の風景の中での最後のシーンは、これからの二人の物語が想像できる良いラストだったと思う。
そして、エンドロールも良かった。
流れる歌の歌詞が吃音についてを歌ってて、歌詞自体もクレジットの隙間に表示されて面白かった。
ハンバートハンバートという男女デュオらしい。
この映画のために作られた曲かと思ったら、もっと前に作られていた曲みたいでした。
そう、この映画は、選曲が良い映画でもありましたね。
監督のセンスと拘りだったのでしょう。
帰ってからYouTubeでハンバートハンバートの曲を聞いて思った。
やっぱり吃音をもっと掘り下げるべきだったんじゃないのと。
もしかして、そういうシーンも取ってて編集でカットしたのかもしれないけど。。
久しぶりにシッカリ最後まで見て、照明が付いてから座席を立ちました。
良い雰囲気の映画でしたね。
【観ていて温かい気持ちになって行く中盤までの展開と、その後のシビアな現実。けれどもヤッパリこの作品は温かい気持ちで観終えるんだよなあ。今作は若き男女の成長と幾つかの別れを描いた逸品だと思います。】
■アイスホッケーのキーパーをしているタクヤ(越山敬達)は、吃音のある男の子。ある日、同じスケートリンクでフィギュアスケートの練習をするサクラ(中西希亜良)の姿に惹かれて行く。
そして、タクヤは一生懸命にホッケー靴を履いたまま、フィギュアスケートの練習をするのだが、転んでばかり。
そんなタクヤの姿を見たサクラのコーチをしている元プロのフィギュアスケート選手だった荒川(池松壮亮)は彼にスケート靴を貸してあげ、コーチをしてあげるようになる。
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・“ぼくのお日さま”の意味は、色々と考えられると思うけれども、私はタクヤに親切にフィギュアスケートを教えてくれる荒川であり、タクヤがその流麗なスケートをする姿をぼーっと見ていたサクラであり、タクヤの事を温かく見守る家族や親友の男の子であると思ったな。
あとは、ゲイである荒川にとっては、純粋で、純朴なタクヤではないかなとも思ったな。
映像から言えば、スケートリンクに柔らかく窓から差し込んで来る太陽の光かな。
・中盤までは、荒川の指導を素直に聞くサクラがタクヤとアイスダンスのペアになり、楽しそうに練習する姿や、三人が野外の凍った湖で練習した後に、雪上で遊ぶ姿がとても良かったなあ。
・けれども、サクラが荒川が楽しそうにタクヤと接する姿や、荒川のパートナーの男(若葉竜也:この人が出演する映画は、殆ど良いね。)と楽しそうに車の中で戯れる姿を見て、少しづつ不機嫌になって行って、母(山田真歩)の言葉もあり、アイスダンスの昇級試験を無断で休むところから、トーンが変わって来るんだよね。
それは、サクラが女性として成長したという事であるのかもしれないし、ゲイに対する偏見かも知れない。
しかし、奥山監督は第一作の「僕はイエス様が嫌い」と同様に、その辺りの解釈を観客に委ねている気がするんだよね。
<荒川はパートナーと別れ、思い出の湖畔でタクヤとキャッチボールをして、別の地に旅立つ。
そして、タクヤとサクラは少し成長して、見通しの良い一本道で久しぶりに出会うのである。
二人は、そのまま柔和な表情のまま、歩いて近づき、吃音のタクヤが何かを言い掛けて、暗転するのだけれども、私はタクヤはサクラに対して肯定的な事を言ったのだと思ったな。
でなければ、アンナに優しい表情で近付かないでしょう。
今作は、観ていて、温かい気持ちになって行く作品であり、その理由は何といってもタクヤを演じた越山敬達君の柔和な表情と、サクラを演じた中西希亜良さんのポニーテールの似合う姿ではないかなと思ったな。
勿論、池松壮亮さんと若葉竜也さんの安定した演技がそれを支えているのは、間違いないんだけどね。>
24-093
愛おしく美しい。
タクヤとさくらが妖精のよう。画角が昔のテレビサイズなのはなぜなんだろう?さくらのフィギュアスケートシーンでの美しさ愛らしさ、タクヤのきれいなくちびるが何かを言おうとしている最後が特に可愛らしく美しい。エンドロールの歌はまるでこの映画のために作られたようで涙ぐみました。池松壮亮さんの演技も素晴らしい。古いボルボもいい感じ。映画館で買ったパンフレットも初めて見るタイプで、やはり可愛らしく愛おしい。早く配信されないかな。繰り返し見てみたい。
さくらに対してひどくない?
3人でドライブ、タクヤが寝てしまい、コーチの荒川とさくらのふたりだけの会話
タクヤだいぶうまくなったよな、頑張ってるよな、さくらのおかげだよ
さくらが不満げな顔をする。
当然でしょう。
コーチが心を砕くのはタクヤにだけですか、そうですか、私はタクヤを育てるためのボランティアなんですか、そんなキモチになると思う。
荒川がさくらにアイスダンスを勧めたのは、さくらもスケーティングが上達するから、とか言ってたのだから、二人になったら当然、さくらはだいぶ表現力が上がったな、とか、どういう点が良くなってるとか、気をつける点とか、さくらに関する話が出て当然なのに、まったくない。タクヤ、タクヤって、私はタクヤにお仕えする身ですか、ふざけんなよ、だろう。
荒川が同性愛者であってもなくても、自分が肩入れする子のために他の教え子を勝手にボランティア指定して充てがうのはNGだ。傲慢だと思う。教え子は自分が向上するためにコーチのもとに通っている。一人が一人として尊重されるのが当然ではないか。
娘がこんな扱いを受けたら、親が怒るのも当然。
しかも娘はスクールでピカイチの実力を持ち、シングルで向上することを自身も願っているのだから、こんなコーチ、すぐさま切りますよ。
さくらの母親が、ヒステリックなステージママのステレオタイプに描かれていてモヤモヤしました。
サクラがアイスダンスを引き受けたのは、明らかに荒川に恋心を抱いているからで、荒川のこの態度には二重に傷つく。
さらに、男性と楽しそうにいちゃつく荒川を見てしまったら、自分は眼中にないのが決定的だし、ひょっとして荒川はタクヤに下心があるのでは、と疑ったとしても不思議はない。
幾重にも傷つけられ、彼女が荒川に不信感を募らせるのは自然の成り行き。
この映画をみて、荒川はさくらの幼い腹いせの犠牲者、みたいな解釈をする人もいると思うが、それではさくらが可哀想過ぎる。
タクヤが吃音だったり、荒川が同性愛者だったりがとってつけたよう。
タクヤ、ビリー・エリオットみたいに、「さくらのように舞いたい」という願望があっただけ、ということはないですかね。
タクヤは何も悪くないので、さくらと再会して嬉しそうで良かったね
風景が美しく、目の保養になりました。
さくらのスケーティングが素晴らしくて見入ってしまった。
でも、私には刺さらない映画でした。
エンドロールの歌を聴くための映画♪
いい作品です。
池松壮壱が、海のはじまりのイメージ強すぎてスカン思いましたが、この作品は良かったよ。サクラは、まだ若いから許せないやね。タクヤもサクラが、来なくて残念。
でもまたなんか始まったらいいよね。
久しぶりに、いい作品でした。吃音にテーマ絞ってないのもいい。サクラ役の方可愛らしいね。これが、デビューみたいやね。
三分の二くらいで終わった印象
切ない恋の物語
映像がとにかく美しく、個人的には岩井俊二の作品を連想した。
本作はスケートリンクの場面が多いのだが、窓から射しこむ温かみを感じる”光”の演出は印象深い。岩井俊二もこうしたリリシズム溢れる映像を得意としているが、それを思わせる透明感溢れる映像は素晴らしいの一言だ。
中盤で荒川、タクヤ、さくらが凍った湖で一緒にはしゃぐシーンも、やはり明るい陽光が3人を包み多幸感溢れる名シーンとなっている。まるでMVでも観ているかのようなスタイリッシュさに魅了された。
更に、終盤でさくらがアイスダンスをするシーンには、岩井監督の「花とアリス」の蒼井優のバレエシーンを連想した。可憐な美少女の輝きが、これでもかと言わんばかりに主張されていて印象的である。
このように、美しい映像の数々は本作最大の美点ではないだろうか。作品世界を一層魅力的な物にしている。
一方、物語は基本的にタクヤとさくらの純愛ドラマで展開されていく。タクヤは吃音症で上手く思いを口にすることが出来ず、さくらを遠くから見つめることしかできなかった。そんな彼が一緒にフィギュアスケートをすることで彼女との距離を近づけていく。何とも可愛らしい初恋のドラマである。
ただ、終盤にかけて荒川のプライベートが絡んできて物語は徐々にシビアな展開へと突入していく。
彼が持っていた携帯電話がガラケーだったことから、時代設定は現代よりも20年くらい前と想像する。本ドラマのミソは正にこの時代設定ではないかと思う。
今でこそ彼が抱える問題は、社会的に見れば広く一般に認知される所となったが、当時はまだ彼のような人間は偏見の対象に晒されていた。そのせいで荒川は悲しい結末を迎えることになるが、これはそういう時代だった…としか言いようがない。正に絶妙な時代設定のように思う。
一方、タクヤとさくらの初恋については、かすかな希望を予感させるような終わり方になっていて救われた。
本作はエンドロールも秀逸である。主題歌は本作のタイトルと同名の曲で、物語と歌詞の内容が完全にフィットしているのが好印象である。歌詞を聴きながら静かな余韻に浸ることが出来た。
監督、脚本は自主製作した「僕はイエス様が嫌い」でデビューした奥山大史。前作同様、今回も撮影と編集を自ら兼務しており、透明感溢れる映像には独特の感性が感じられる。また、スケートシーンにおける流麗なカメラワークも中々のものである。
説明的なセリフを排した繊細な演出も、更に磨きがかかっているように感じられた。特に、荒川が秘めたる心情を吐露する終盤のシーンが味わい深い。タクヤにスケートを教えた理由がここではっきりと判明するのだが、きっとそこには過去の自分自身の叶わぬ思いが投影されていたのだろう。
また、グローブやカレンダーといった小道具の使い方も中々に上手いと思った。
逆に、本作で唯一心残りだったのは、さくらの心情が今一つ掴みきれなかったことである。
彼女はシングルプレイヤーを目指していたのだが、荒川の勧めで強引にタクヤとペアを組まされてしまう。タクヤはスケートを始めたばかりの初心者で、自分とは明らかにレベルが違う。当然最初は乗り気でなかったのだが、その不満や葛藤については本作では拍子抜けするほどスルーされてしまっている。いつの間にか練習中に笑みを見せるようになっており、これには違和感を覚えた。
物語は基本的にタクヤの視座で進行し、途中から荒川のドラマが入ってくるという構成になっている。したがって、敢えてさくらを第三者的位置にとどめたのかもしれない。しかし、ここでの彼女の迷いや葛藤が描かれていれば、ドラマは一層濃密なものにすることが出来ただろうと惜しまれる。
キャスト陣では、さくらを演じた中西希亜良の佇まいが印象に残った。幼い頃からフィギュアスケートを習っているということなのでスケートシーンは堂に入っている。ビジュアル的にもいわゆる正統派な美少女タイプで今後の活躍が楽しみである。
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