「面白くは観たのですが、この主人公の描写で良かったのか?」愛に乱暴 komagire23さんの映画レビュー(感想・評価)
面白くは観たのですが、この主人公の描写で良かったのか?
(完全ネタバレなので必ず鑑賞後にお読み下さい!)
全体としては面白く観ました。
しかし今作は以下の点が気になりました。
この映画『愛に乱暴』の主人公・初瀬桃子(江口のりこさん)は、夫から愛情を受けておらず、夫への性の求めも拒否され、夫に浮気もされ浮気相手に子供が出来たと知らされ、夫から浮気相手と共に別れを告げられ、夫の母親(姑)との関係も上手く行ってるとは言えず、働いていた元居た会社の関連の石鹸教室も閉鎖され、元の会社の上司からも軽く扱われ、挙句は流産していたという過去まで明かされます。
つまり、主人公・初瀬桃子は、どこまでも本来は同情され共感され、一方で主人公の周りに対して怒りを覚える境遇だったと思われます。
しかしながら、逆に見事に観ている観客としては、主人公・初瀬桃子に対してほぼ全く共感が湧いてこない映画の描き方になっているのです。
一般的に私達は人間関係において、相手との関係を最低限あるいは最大限、良好に保とうと相手に対して心配りや配慮や敬意を持ちながら、一方でこちらの想いや主張を相手の顔を潰さない範囲で伝えようとします。
一方で私達は、相手にきちんと相手への心配りや配慮や敬意が通じるように、相手の反応も見ながらそのやり方に関して、その都度修正も行います。
また、こちらの想いや主張の伝え方も、その都度修正を行います。
その上一方で、最善をこちらが尽くしたとしても、人間関係において全てが満点の関係にはならないことも、私達は経験上、知っています。
すると以上の私達の人間関係における経験則からすると、この映画『愛に乱暴』の主人公・初瀬桃子は、余りにも一方的で自己中心的な人物だと思われてくるのです。
主人公・初瀬桃子は、夫の初瀬真守(小泉孝太郎さん)との関係が冷え切っているにもかかわらず、一方的にリフォームの提案をし続けたり、性的な関係を求めたりします。
夫の母親(姑)の初瀬照子(風吹ジュンさん)とは、ゴミ捨ての助けなど関係性を築こうとしていますが、欲しくない魚の差し入れなどに対して自分の気持ちを伝えられず、一方で例えば冷や麦を夜遅くに持って行こうとしたり、初瀬照子の事を考えず行動してしまっています。
主人公・初瀬桃子が働いている、元居た会社の関連の手作り石鹸教室に関しても、一方的に教室の拡張を以前の上司の鰐淵(斉藤陽一郎さん)に提案し続けたり、以前の上司・鰐淵への差し入れも、一つ覚えのように甘納豆を差し入れし続けます。
夫・初瀬真守の浮気相手であり、夫との間に子供が出来て夫と共に別れて欲しいと頭を下げる(教員の)三宅奈央(馬場ふみかさん)に対しては、もちろん本来であれば主人公・初瀬桃子は一方的に2人に対して非難して良い立場ではあります。
しかしながら、それまでの一方的な初瀬桃子の描写によって、(夫の母・初瀬照子の)庭のスイカを浮気相手の部屋まで行って机に叩きつけるそのやり方含めて、主人公・初瀬桃子に対してほぼ全く共感する感情は湧いてこない描き方になっています。
しかも、主人公・初瀬桃子が実家に持っていた(SNSで映っていたのと同じ)スカートの存在から、SNSで見ていた書き込みは、過去の初瀬桃子自身のものだと分かり、自身もかつて夫・初瀬真守と不倫をし、流産したことを隠して子供が出来たことを材料に、夫・初瀬真守を前の妻から略奪したことが、映画の最終盤で分かります。
つまり、夫との間に子供が出来たという浮気相手・三宅奈央の姿は、主人公・初瀬桃子からすれば過去の自分自身の姿であって、観客からは同情する感情はこの事実だけでもかなり低くなるのです。
このように、主人公・初瀬桃子は一方的で独善的な女性として、映画の中で初めから最後まで描かれていたと思われました。
もちろん、このような一方的で独善的な女性を描いた作品として今作は面白さがあったとは思われます。
しかしながら、個人的には、この女性描写のやり方は、私達が表層的ステレオタイプ的に嫌な女性に感じる内容と、一致しているように一方では感じました。
つまり、”ああこんな嫌な女性っているよね”との男性側からの表層理解とそっくりそのままの一方的で独善的な年配女性への描き方になっていると思われたのです。
私はこの映画の主人公・初瀬桃子の描き方に面白さは感じながらも、男性側からの偏見に満ち溢れた描き方になってはいないか?との疑念を一方では持ちました。
今回の評価は、その疑念も含めての点数になりました。
ただ、観客からはほとんど同情もされ辛い主人公・初瀬桃子を、このまま演じ切った江口のりこさんの執念は、映画に焼き付きそれだけでも濃厚な作品にこの映画『愛に乱暴』を持ち上げていると、一方で僭越ながら思わされました。