ルックバックのレビュー・感想・評価
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求めてた青春映画に出逢えました
個人評価:4.5
素晴らしい原作を全てを完璧に、いや原作以上の感動作としてアニメ化している。
声も素晴らしく、2人の女優の声はまさに、物語の世界に生きる2人の少女だった。
人物の輪郭線は、まさに藤本タツキの線で、その人物があの素晴らしい作画で動き出す。感動である。
青春映画好きには堪らない一本でした。
藤野と京本、最高の2人
高評価とネットでの宣伝のシーンが心に残って鑑賞しました。
面白くなりそうな出だしに期待が膨らみ嫉妬・独占欲など人間味溢れる中盤
同性の友情以上にお互いに必要な存在へ
一体どうなるのか終盤への期待が溢れて…
からの突然の・・・大事件
わかります、わかりますよ。人生には不条理な事が降り掛かる事がある事も
でもこの短い作品でそれは不合理な気がします、消化する時間がとても、余りにも足りません、倍の上映時間は必要かと
藤野と京本のその後が、結末が、見たかった。そう強く、強く、感じた作品でした。
映画のボリュームとしてはどうなのか…
元々前後編の読み切りの短編だからか、話のボリュームとしては、いまいち物足りさなを感じた。
漫画仲間の友人が殺された後、パラレルワールド的展開を見せてはいるが、それが現代に生きる主人公にどのように作用し、どのように乗り越えていくのか、もっと葛藤を見せてもいい気がした。
一緒に漫画を描き、二人でデビューしたからこそ、藤野は京本のことを縛っていくようになってしまう。
だからこそ、自分が京本を殺してしまったと思い込む藤野は、もっと苦しみながら漫画を描いていくことになるだろうに、葬儀のあとのシーンで全てを解決させてしまうのは、違うような気がした。
もっとその後の苦しみながらも、贖罪のように漫画を描いていく藤野を見たかった。
ほぉ。
だいぶ前にSNSで作品が素晴らしいと話題になっていて、たしか無料公開もしていてそのときに読んだ記憶があった。ただその内容はほとんど覚えていない。
ちなみに同じ作者の作品で大ヒットしたチェーンソーマンの存在は知っているし、地上波の深夜アニメは一応全話録画しているものの、なんだかんだ未だに見ていない。
本作の予告編が公開されたときも何やら感動するだの話題になっていたことや、作品自体が短くサクッと鑑賞できそうなことに加え、一般料金が1,700円と多少リーズナブルだったことなどから観に行くことに。
まず全体的なBGMが良かったようにおもった。
動きも走るシーンだったり、後半でツルハシを持って学校で暴れる犯人の動きも躍動感があって良かった。
ただ、後半で世界戦が入り混じる?ようなところは素人には良くわからなかった。
Aという世界線とBという世界線があり、それぞれ二人の主人公が進んだ別々の物語があった的なことなのかなと勝手に解釈。
あと、途中から二人で漫画の共同制作をすることになるのだが、何の前触れもなく急に始まったので「どういう流れで始めたの?」とちょっと疑問におもった。とはいえ話の展開から何となく推察することはできるのだが。
それと学校の4コマ漫画で活発な方の主人公がひたすら画力を挙げようと練習して描いた方のあるときの4コマ目が「沢北」にしか見えなかったのは私だけではないはず・・・。
入場特典として非売品のこの作品のラフ画みたいな単行本をもらった。事前に知ってはいたがちょっとだけ得した気分。(もちろんパラパラとめくっただけでちゃんと読んではいない)
エンディングのスタッフロールで「方言指導」みたいなのが目に入って、あの方言本格的にやっていたんだとおもって「へぇ~」となった。
なお、作品自体の上映時間は、スタッフロール終了まで「57分」と1時間もなかった。
こういうサクッと鑑賞できる短い作品もいいものだね。
🙏🏼
これを人と一緒に観に行く約束をしていたのですが、それが土壇場でおじゃんになって🤷🏻♂️放置していたところ(皮膚科医院の待合室にもこれの単行本があれども時間なく読めず)、
昨日、金曜ロードショー🖥で『聲の形』がやっており、(内容については賛否両論あるようですが)ついまた観て、涙こそ溢れなかったものの健気なシーンでは震えながら鑑賞し🥺、
で、翌日なんとなく続けてアニメが観たくなり、これを観に行って来ました(単純🧠)。
どちらもうちの都道府県の出来事ですが、清華大と京アニの事件を想起させられました🤨
終盤に『インターステラー』のように、時間と空間を超えたアプローチが出来て過去を改変できるのか⁉︎‥と思わされるような展開があり、物語の中であれリアルであれ何れにせよ、あれらの事件に対する遣る瀬無い想いを作者なりに昇華させるためのストーリーだったのかなと‥🤔
帰途は車内でコトリンゴさんの『この世界の片隅に』のサントラを流しながら帰りました🚙
「死」は安易すぎないか
前半は良かったが、京本が美大に行く決心をしたところまで。
藤野は自己肯定感が高いのは良いことかもだが、周囲を見下している。
中学生くらいまでならありかもだが、それ以上の年令になったら痛い。
京本に対する態度も、実は京本を思っているが表現が下手なだけ、というわけではなく、友情はあるし感謝はしているだろうが基本的に自分の下僕のように思っていそうで、京本がついに自我に目覚めてふたりにとって良かったと思ったのに。
死を安易に使ったように見える。
こういうの、感動ポルノっていうのかも、と思ってしまった。
背景が素晴らしい。
エンドタイトルに背景なんとかとして男鹿和雄さんの名前が入っていて、やっぱりと思った。
普通に左利きの人物が出てきたことに、小さく感動しました。
漫画原作アニメ映画の究極の形の一つ
今日はやっとルックバックを映画館で観て来ました✨
本当に真摯に原作漫画が映画化されていて凄かった…
漫画と映画では同じにはならないんですがそれでも漫画が表現しようとしたものを継承して映像化する事に些かも躊躇が無く、どう映像化するか、どうしたら表現し切れるかに全振りされていてなんでそれ程までに原作を表現し切る事だけに拘ってこんなに質の高い物が創られるのか正直信じられなくて驚きもありました。
本職が本気で趣味でやったのかと思いました。
ちゃんと商売になるように準備した上で趣味をしたのかと。
仕事で、こんな事が出来るのかと。
こんなのもう本当に生きているうちにあと何回見ることが出来るんだろう?
好きな映画、凄い映画っていくつかはちゃんと挙げられるんだけど漫画原作の映画では他には無いですね。
だって既に視覚情報が在るものを忠実に映像化するのってめちゃくちゃ難しいと思うんです。
原作のイメージが強くて。
足せるのって音と色と動き?
でも先に絵で見ちゃってて、何なら声もイメージしちゃっていて。
声は個人差有りそうだけど今回私は全く違和感が無かったです。
そこも凄かった。
そういう、既に原作を読んじゃった人が持ってるイメージって想像出来ないけど在るからやっぱり原作変えると外れちゃう。
でも興行として成功させないとだから「見易さ」と云うか「キャッチーさ」みたいなものを盛込みたいと思うだろうしそう云う誘惑はしょうがないところもあると思うんだけど今回は逆だったなぁ、と。
原作好きな人が原作好きな人の為に創ったみたいな。
内輪で楽しむ為に全力みたいな。
個人的には「間」とかもそうだけどけっこう「たっぷり演るなぁ」っていう部分が多くて、それが凄く良かったんですがアニメ映画では厳しいんじゃないかな?って思った箇所でもありました。
でもそれがとても「映画」っていう感じがしました。
暫く喋れなかったしあんまり語れなかった。
そのくらい強く打たれたし満足感も凄かったです。
もう一回は見に行っときたいなー
原作マンガを読んでいたので観に行くかどうか悩んでいたのですが行って良かったです
1700円で1時間作品というところに引っ掛かっていましたが満足できました!
むしろ己のケチさを悔やんだくらいです。もっと早く決断出来ていれば1番大きいスクリーンで見れたのに(T_T)
観に行くか悩んでいる人は、いつもの日常に十分プラスな満足感を提供していただけると思うのでオススメです!
ひとを見下さず、ひとを妬まず、ひとを認めて、ひとを応援し続ける、そういう者に私はなりたい…
藤子不二雄の「まんが道」で、主人公の満賀道雄(マガミチオ)が才野茂(サイノシゲル)と出会ったときその漫画の実力に驚愕する、というような場面があった。
宮崎駿は、アニメーターを夢見てスタジオに入社してくる若者たちのなかで、初めて自分よりも絵が上手い同世代に遭遇してスランプに陥る子たちを『魔女の宅急便』のキキに投影した。
主人公・藤野(VC:河合優実)は、小学生のころ4コマ漫画を学年新聞に連載していて同級生からの評価も高かったのだが、隣のクラスの不登校児・京本(VC:吉田美月喜)の出現で自信を打ち砕かれる。
自分の能力・才能が、子どものうちの小さな世界では特別だと感じる場合がある。
だが、井の中の蛙が大海を知ると、自分が特別ではないと自覚して情熱を傾けていた〝好きなこと〟を手放していくケースが多い。
これを「大人になる」と言ったりする。
藤野は京本の絵を見て脅威を感じるのだが、元来の負けん気で独学の練習に没頭する。これはこれで凄いと思う。
それでも同級生から「中学生になっても漫画を描いていたら…」などと大きなお世話の誘惑があったりしたものだから、大人への舵切りをしてしまう。
そんな状態で、藤野はまだ見ぬ存在だった京本と意に反して対面し、行きがかり上ではあっても夢に向き直すことになるのだ。
映画では、二人が一途に漫画に打ち込む過程や、勝気な藤野と内向的な京本が絆を深めていく姿が、見事なアニメーション表現で瑞々しく描き出されていく。
この映画は原作の漫画が良い…らしい。私は訳あってもう40年来〝ジャンプ系〟の漫画は敬遠しているので、この原作漫画も未読だ。
だから、このアニメーション映画を観て、正直驚いた。
漫画家を夢見る二人の成長物語程度に思っていたのだが、予想だにしない展開に私は腰を抜かしてしまった。
妬み嫉みの八つ当たりという理不尽な凶行の犠牲になった少女は、まだ追いかけている夢の途中にあった。
唐突に描かれる事件の身勝手な加害者は有名アニメスタジオで起きた放火事件の犯人を彷彿させるが、この映画はその犯行の背景などは全く語らない。
どういう意図でこのような事件を織り込んだのか、物語の転換のきっかけとするにはあまりに衝撃的だ。
それぞれの道を歩みだしていた二人に「事件」がもたらすものは何か。
自分が拠り所とする〝漫画を描く〟ことにおいては、自分は誰よりも上の存在でありたいという藤野の志向が、京本を優越感を得るための格好の相手にしてしまっていた。
そんな藤野に、京本に対する友人としての責任を感じさせる物語展開として、病気や交通事故ではなく、藤野と出会ったことがきっかけで巻き込まれる(と、言えなくもない)「事件」が必要だったのだろうと解釈した。
それでも、若い藤野には前を向いて進んでもらわなければならない。
彼女に反省を促しながらも、決意新たに立ち上がらせる気づきの物語が秀逸だ。
京野の藤野に対する熱い思いは終始変わらなかったのだ。変わっていったのは藤野の方だったという衝撃が藤野を襲う。
4コマ漫画の原稿がドアの隙間に滑り込み、それがキーとなって藤野と京本の間のドアを開く。出会いのときと事件後のニ度、そのキーが働く。
そこで出現するパラレルワールドは藤野の幻想かもしれないが、我々観客もそっちが現実であってほしいと願う。
この物語展開が原作どおりなら、原作を称賛すべきなのだろう。
一方映画として称賛すべきところは、やはりアニメーション表現の素晴らしさだ。
日進月歩のアニメーションの世界では、新作を観るたびに驚きの技術とアイディアに出会う。単なる技術ではなく、映画の演出としてそれらを効果的かつ印象的に活用するアニメーターの能力に敬服する。本作もその点において見事だと思う。
原作の絵柄を活かしつつ(たぶん)、手描きっぽい絵が弾けんばかりに躍動する。登場人物の若さと情熱が観客席に飛びかかってくるようだ。
そのカメラワークとデフォルメは、これこそが漫画を動かすということだと、つくづく感心する。
人は誰も自分一人の力で成長するわけではない。
自分を支えてくれた人たちを忘れず感謝し続けること、また成功した仲間を変わらず応援し続けること、それを当たり前だと思うことに対して、他人を妬んだうえに恨みまで抱いてしまうのもまた、人間なのだ。
京本に応援されて今の自分があることに気づいた藤野は、これからの漫画家活動を通じて京本に感謝を伝えていくことだろう。
展開を知っていても楽しめますよ
自分は漫画で一回読んだことあったけど、映画館で観るとなるとまた新鮮な感じがした。
小学生の頃に見た奇麗な風景や夕焼けの田んぼなど美しくノスタルジックに感じた反面、壮大で美しいBGMが流れ、この先起きることの期待を膨らませた。
一度内容を把握したはずなのに期待してしまうもう一つの展開、
映画全体を振り返ると印象は悲しいものだけど、人の捉え方的には励ましになった人もいると思った。
映画は学生料金が使えず高かったけど、その料金も払うことも含めて乙だな、って思うことにした。🥲
コミックを最上位モデルで映画化
雨の中、あぜ道をスキップして駆け抜けるシーンから胸が熱くなってきて涙が止まらなかった。
あの動きはアニメでしか表現出来ない。
珍しく紙のコミックを買った作品でもあるが、このたった全一巻のコミックを映画化する方法はいくつかのパターンがあっただろうが、最上位モデルで映画化に成功した素晴らしい例だ。
追加シーンで膨らますこともなく、また簡潔にしすぎず、短すぎず長すぎず。
コーヒーを持って映画館に入ったが、息を飲むシーンが多すぎてコーヒーを飲めなかった。飲むことも忘れる程の集中してストーリーに惹き込まれた時間だった。
藤野、京本を繋ぐ思い出の四コママンガが、風に舞い、するりとドアに吸い込まれる動きも滑らかで、ヴァイオレットエヴァーガーデンの手紙が舞うシーンに引けを取らない。生き物のような動きで、アニメ化に感謝した。
通り魔事件のシーンではどうしても京都アニメーションの火災の事件を思い出さずにはいられなかったけど。
あったかもしれないもうひとつの結末に泣いた。
声優に河合優実を起用した所も素晴らしかった。コミックでは声まで想像せずに読んでいたが、おー!藤野はこの声だよ!
本編の曲もエンドロールの聖歌隊の曲も素晴らしかった。
藤野も京本も必死で絵と向き合う背中に惚れ惚れする。
それはコミックで1番印象的な1枚の美しい絵。
アニメ化されてキャラクターが動いても背中の静止画が出てくる度に人が本気で打ち込む背中は永遠のストップモーションに見えて、ドキドキした。
敬意、熱意、本気、悲しみ、後悔、そして覚悟、全て背中が語っている。
京本が居なくなった後のハンテンの背中のサインの文字も…背中が全てを語らずして語っている。
今すぐ、もう一度原作を読もう!
背中を見ろ!
原作発表当初から物議を醸していた作品。
アニメーションの形で浴びることで、この作品のテーマをより立体的に味わうことができました。
京アニ事件にインスピレーションを受けたとは作者は明言してはいませんが、やはりあらゆるクリエイターへの敬意と鎮魂の想いを感じました。
クリエイター自身の魂がこの世から消えても、次世代が彼らの背中を見て作品を生み出し続ける。
あらゆるクリエイターが命を削りながら、「ルックバック!」という気持ちで24時間描き続けている。
京本の部屋から滑り出してきた最後の4コマ漫画は、天国の彼らがまだ作品を生み出し続けているメッセージのように感じました。
感動
ルックバック最初に思ったことは「短い映画のくせに高いやないか!!」です。実際見たら短い時間でここまで考えさせるのはすごいと感じました。
小学生の頃誰もが味わったであろう喪失感、怒り、そのような感情がしっかり伝わってきました。大人になって同調してきたかと思いきや、片方は夢が違えてしまい、再び小学生の頃のような喪失感、怒り、嫉妬、などの感情がまた出てくるような感覚。面白かった...
こうだったら、こうしていれば…という主人公の感情がとても響きました。
個人的にこの映画は、絵を通して感情を入れたりすることでまた面白い感覚になったので、よかったです。
背中だなぁ
ルックバックてなんだ?
と思ってたけど
背中を見るとか
そういうことか。
とてもよく組み立てられた話で
軽やかで
でも、深い話だった。
絵も最近では珍しい感じ
よく書き込まれていてとても良かった。
追記↓
ルックバックって過去をみるってことも
意味してるのかなぁ
あの時、あぁしてたら
とか、振り返ってしまうことってあるよなぁ
けど、最後は前を向いて
糧にして生きていこうとしてる背中を
みせられて
物語が終わるかんじ。
素晴らしい!丁寧!がゆえに難しい気もする
映画館にて鑑賞しました。
鑑賞後の一番素直な感想は「難しい」でした。
作品の内容が難しい、とかというわけではありません。この作品を構成する要素である「作画」「背景」「音楽」「間」「キャラクターデザイン」「声の演技」はほぼすべてが完璧だったと思います。藤野が京本に褒められて帰宅するときの彼女の様子なんか、「これぞアニメーションだ!」ととても胸に刺さりました。人物の感情を動きで表現する、感情の表現が完璧だったと思います。
また、原作者である藤本タツキさんの作品は、私自身「チェンソーマン」のアニメと「ファイアパンチ」の5巻ぐらいまでしか触れていないのですが、登場人物の感情の揺れ動きやキャラの造形(考え方や性格というのでしょうか。。。)がやっぱり藤本さんらしくて良いな、とも思いました。
アニメーターさんや脚本家など、この作品に関わった方々のこの作品に対する熱意や愛情をヒシヒシと感じました。
自分が「難しい」と思ったのは「もし京本が部屋から出ていなかったら」の一連の件です。
結局あの部分は藤野の想像でしかないと思うのですが、その想像で藤野は立ち直ります。
部屋から出なかった京本は美大に行き、殺人犯を懲らしめた藤野と再会し、漫画の話をする、そして京本が作った四コマ漫画に、現実の藤野は背中を押されて、また漫画を描き始める。。。このように文章として書き起こすと、本来起こるかどうかわからないIFの話でなぜ藤野が立ち直れたのか、という鑑賞中に浮かんだ疑問について自分なりの解釈方法がうっすらと出てくるわけですが、鑑賞中には「なんかなんとなくわかる気がしなくもないんだけど、納得しきれねぇな」という感情が真っ先に浮かんでしまいました。
どういう言葉での表現が正しいのか分からないですし、なんだったら単純に自分の読解力不足なんだろうなとも思うのですが、そこまでのストーリーとの納得感の差、と言いましょうか、説明の解像度と言うのでしょうか、鑑賞している人間に求める理解度の高低差を感じてしまいました。
かなり正直に言えば、現実で京本が殺されてしまったことを知るシーンまでは☆5です。その後、藤野が立ち直るシーンはこの作品の最も大きな山場であるところで、自分としてはモヤモヤ感を抱いてしまったため、個人的にこの作品をどう感じたら良いのか、自分の中で消化することが難しいな、と思い評価を少し下げました。4.3みたいな採点があれば、それが一番近いと自分は思いました。
この作品とは関係ない個人的な所感ですが、日本のアニメで個人的に胸を打たれる作品は、あまり上映時間が長くない作品の方が密度高くまとまっていることが多いし、個人的に好きだな、と感じます。
なぜ描くのか
久しぶりに見た映画はとても良かった.
57分という長さ.その短さでここまで引き込まれるとは.
ストーリー展開、登場人物への感情移入、描写、心に刺さるメッセージ性、その全てが詰め込まれてた.
自分は努力家で、天才を見つけてしまい、敵わないと思ってしまった藤野
藤野を天才だと思い崇拝していた京本
この2人、結局最後まで漫画を描いていたのは藤野だけど、それは京本がいたから書き続けられたこと.
漫画はやめて美術の道に進んだ京本は、藤野が外の世界を見せてあげたから.
別々の道に行っても二人は描き続ける.あいつに負けないため、あいつとまた描くため、あの人に認められてもらうため、あの人に追いつくため.
理由はなんだっていい.でもきっと自分の中の「好き」だけでない、そういう存在がいるんだよね.
きっと藤野は京本のために描き続けた.それでしか答えてあげられないと思うんだよね.
でもそれを感じて描ける人はとても強い人.素敵な人.
創造者は強いんだよね.
映画館で半年ぶりに見た映画.心が耕された.
映画はやっぱり映画館で
ようやく観ました。
もちろん泣きましたとも。
漫画読み直して泣いたばっかだったけど。
音楽がharuka nakamuraってのがまたいいです。
揺さぶってきます。映画館の音響ってやっぱいいです。
エンドロールに徳澤青弦の名前を見つけて静かに「きゃっ」てなりました。
私がかつてどハマりしていた初期のラーメンズ、の舞台音楽をやっていた人。haruka nakamura作品にも参加していたのか〜なんだか嬉しい。
は〜しかしほんとに背景画が綺麗でした。
アニメーションてすごいなぁ。
今の僕に最も必要だった映画
なんだろうな。
京本を観て直ぐに思い出す、僕の今最も
愛おしい方は、昔から週刊少年ジャンプを
購読してきたそうだ。
僕は彼女からヒロアカを教わり
今は怪獣8号を評価批評するまでに至ってる
ついでに言うと定期視聴しているラジオ番組では
マシリトさんとお友達のコソコソ対談が行われていて
クリエイターと編集者の着眼点を学んでいるところだ◎
とそんな本作に至るまでの僕の軌跡を
振り返れば振り返るほど
僕にとってその方がどれだけ重要で愛しくて
かけがいのない存在であるか。
と言うのが理解できてくるのだが、
藤野にとっての京本はまさにそうなんだろうな。
と僕は痛く共感してしまった。
だから本作は今の僕にとってときっと将来に向けても
エポックな作品になるんだと思う。
さぁ、近いうちにルックバックせなね。
ファイヤーパンチ🤛!
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