「予告の印象にとらわれず、見に行って良かった。」ルックバック くらばーとさんの映画レビュー(感想・評価)
予告の印象にとらわれず、見に行って良かった。
まず何より、主人公の藤木の絵が下手。コレ重要。
自分は原作読んでなくて、映画館の予告集で見て「イマイチだな〜」という印象を得て、公開後にその印象に全く反する好評を聞いて見に行った口。その悪印象の原因が、トレーラー冒頭の藤木の四コマが映るシーンと、直後の京本の「先生は漫画の天才です!!」のセリフだった。「この絵で天才?おいおい勘弁してよ」というのが予告見た時点での感想。それが実際の「漫画の天才です!!」のシーンで覆った。
作品冒頭、件の四コマがストーリー化されたアニメーションか流れる。ドライブ中の突然の事故、瀕死のカップル、来世でもう一度出会い、もう一度キスをすることを誓い、最後のキスをして息絶える二人、数年が過ぎ、突然前世の記憶を取り戻す少女、「彼はどこ?」
突然、宇宙の彼方に視点が切り替わる。地球目指して飛来する隕石。それは「彼」の顔を思わせる形で心なしかキスをねだるように、突き出した唇のような突起が……そして隕石は彼女目指して落下していき、画面は真っ白に……
そして場面は学校の教室に切り替わり、学級新聞が配られる。先程までのシーンはその新聞に書かれた四コママンガのストーリーだったことがわかる。クラスのみんなからは好評だが、二つのシーンを比べてみればわかる。作者の頭の中にあるストーリーを、四コマに落としきれていない。ついでに言うなら、みんな口々に藤木を絵が上手いとほめるが客観的に言って(前述の通り)彼女の絵は下手だ。
ここで、藤木が調子乗りでプライドが高くてちょっとイヤな性格なのがわかる。このあと先生に呼び出され、二つある学級新聞の四コママンガの枠の片方を京本に譲ってくれないかと言われて、(会ったことのない)京本を見下しながら承諾する。
そして、(まあかなりの人は予想してしまうだろうが)藤木のプライドは粉砕される。京本の絵は圧倒的に達者で、藤木は心の底から負けたと感じてしまう。なにより、この前まで藤木の絵を絶賛していた連中に「藤木の絵って京本とくらべたらなんかなんか普通じゃん?」とまで言われるのだ。この屈辱と怒りに、もっと絵がうまくなって京本と他の連中を見返してやると誓い、上達への道を模索して物語は動き始める。
この冒頭の部分、挫折と奮起の繰り返しというルックバックの重要なエッセンスであるが、ここで藤木の絵が下手なことが生きてくる。下手であるということは上達の余地があること、ここから絵を描いて描いて描きまくることで絵が上達していく様が具体的に見えてくる。
もう一つ、藤木の絵が下手なのは重要な意味がある。それは、藤木が京本に『マンガ家として』決して負けていないことを表している点だ。漫画家としての藤木は絵で勝負するタイプではなく、アイデア一本に賭けるタイプでもなく、ストーリーテリングが本領の、ちょっとブラックなテイストがウリのタイプだ。その点を正確に読み取っているからこそ、出会いのシーンの「先生は漫画の天才です!!」がするっと出てくる。藤木が京本の絵に絶対に勝てないと嫉妬したように、京本も自分では届かないストーリーテラーの才に強烈に憧れたのだ。実は京本は作中、藤木との合作シーンを除き、全く漫画を描いていない。京本が学級新聞で藤木の四コマの横に載せていたのはマンガではなく、淡々と綴られた風景だ。作中で京本が単独で描いた四コマ「マンガ」は、あの事件の後に藤木の手に届いた一編だけだ。
藤木が結構イヤなヤツなのも、同様に重要な意味がある。京本を部屋から引きずり出したあの四コマだ。
ドアの隙間から京本に届いた四コマは、しかし部屋から出てこようとしない彼女に対して藤木が抱いた怒りと皮肉を込めた、仄かな悪意に満ちた代物だ。そんな、藤木のいらだちの塊を、京本は自分を変えてくれた宝物として大切に持ち続けていた。だからこそ、自分のせいで京本はあの事件に遭ったのかもしれないと思い至ったとき、藤木は後悔に身を焼いたのだ。自分が敵わないと思った相手を勝手に敵視しライバル視し、相手にされないいらだちを即興の四コマに変えて相手にぶつけるような自分、その四コマを文字通り一生の宝物として大切に持ち続けた京本、あのとき藤木の心の中には、「なんで自分はこんな意地悪な四コマを描いてしまったんだろう」という思いで一杯だったはずだ。
だから藤木は思い出の四コマを破いた。ズタズタにされた思い出の欠片は、しかし世界を越えてささやかな奇跡を起こした。藤木のもとに帰ってきたあるはずのない四コマは彼女にもう一度立ち上がる勇気をくれた。帰ってきた四コマが破かれた藤木のそれと違って、感謝の気持を表していたのは、きっと藤木にとって救いだろう。
見終わった時に思ったのが、この話、中川翔子の空色デイズかピッタリハマるなと。誰もがみんな、ささやかな後悔を抱えたまま、憧れに押しつぶされそうになりつつも手を伸ばしながら生きていくんだなあと。
書きたいことはもっといっぱいあるけど、(入場特典コミックと本編の違いとか)とりあえずここまで。第一印象にとらわれず見に行ってよかった。