「リアリティの欠如が残念」Cloud クラウド アラ古希さんの映画レビュー(感想・評価)
リアリティの欠如が残念
監督が脚本も兼任したオリジナル ストーリーらしい。黒沢清監督といえば、ホラー作品というイメージがあるが、本作には幽霊の類いは出て来ない。ホラー作品では、恨みを持って死んだ者が超自然の存在となって恨みを晴らす話が多いが、物理的な実体を持たない存在は、生きている者に直接手を出すことは出来ないので、直接的な脅威はあまりないとも言える。一方、恨みを持った人間は直接手を出せるので、考えてみるとこれほど怖い存在はない。
ネットを使って匿名で転売を繰り返して金を稼ぐ主人公が、売買の相手に恨みを持たれるという話は現代的で入り込みやすい。人生を賭けて開発した商品を信じられない安値で買い叩かれたり、偽物を掴まされて大金を巻き上げられたりして、相手を殺したいほど憎むこともあるだろうが、実際に殺そうとする行動に出るには、人間として越えなければならないハードルがあるはずである。
殺意を持って相手を殺した場合はどんな国でも最大級の重罪となり、一生刑務所で過ごす立場となって社会的に死んだも同然となるか、あるいは死刑となって生物学的に死ぬかのいずれかとなる。人を殺そうとするには、その高いハードルを越えなければならないはずだが、この映画の登場人物はそのハードルがあまりに低すぎるように思えた。
登場人物の行動原理も最後まで不明の者が重要な役割を演じており、また銃器の入手方法も不明のままである。狩猟のための銃器所持許可を正式な手続きで手に入れても、当初所持できるのは散弾銃だけであり、散弾銃を 10 年以上所持してからでなければライフルの使用許可は下りない。人間としての安全性を見定めなければ許可できないという仕組みである。
従って、ライフルを人に向けて撃つということは、それまで 10 年以上かけて築き上げた社会的信用を投げ捨てることを意味し、人生を捨てることに他ならない。自暴自棄になって他人を道連れにして死のうとするようなもので、相手を殺せるなら自分の人生を投げ出しても構わないという人物なら可能性は感じられるかも知れないが、本作では襲撃者の背負った事情は非常にアッサリと触れられるのみなので、一体どれほどの覚悟を持って参加したのかが不明である。
自分の人生を捨ててまで殺したい相手がこんな転売屋というのはいくら何でも軽すぎるのではあるまいか?せめて襲撃者たちの事情がもっと描かれていれば面白い作品になったかも知れないが、この出来上がりでは丁流暴力映画のように絵空事のようにしか思えない。テイストが日本のものとは到底思えないのである。
役者は豪華で、菅田将暉や荒川良々、古川琴音といった個性派が出演しているのだが、いかんせん各人物の行動原理が分からずじまいで終わってるのが惜しまれる。人を一人殺しただけでその後始末は想像を絶する大変さであるはずだが、あまりに簡単な後始末のやり方は、まるで死体が勝手に消えるゲームのバイオハザードのようである。
映画の前半は全く音楽が流れず、ドキュメンタリーのような作風で緊張感が高まったが、銃撃戦が始まって音楽が流れたらいきなりリアリティが下がったように思われた。もう少し考えて欲しいものである。物語の鍵を握る人物の突然の登場といい、何もかも謎の組織のせいにするのは、夢オチと変わらないように思う。銃撃戦のオチの付け方も肩透かしだった。
(映像4+脚本2+役者3+音楽2+演出3)×4= 56 点。