「「正義は必ず勝つ」と限らないのが歴史。 だから後世の人は歴史から学ばねば。」ソウルの春 TRINITY:The Righthanded DeVilさんの映画レビュー(感想・評価)
「正義は必ず勝つ」と限らないのが歴史。 だから後世の人は歴史から学ばねば。
映画冒頭でフィクションと断ってはいるが、ほぼ史実に沿った作品(ただし、登場人物の名前は概ね変更されている)。
朴大統領暗殺事件を契機に軍内部の権力掌握(粛軍クーデター)を企てる国軍保安司令官と新任の首都警備司令官の対立を軸に物語は推移する。
保安司令官の肩書のまま、大統領暗殺事件の合同捜査本部長を兼任するチョン・ドゥグァン(モデルは全斗煥=チョン・ドゥファン第12代大統領)。
全斗煥が韓国大統領に就任した当時、クーデターに言及して批判した日本のメディアはなかったように記憶している(日本に融和的な姿勢だったことも起因しているが、そもそも韓国に関する報道量が少なかったと思う)。
だから、のちの民主政権下でクーデターや光州事件の責任を問われ、盟友で後任の大統領盧泰愚(ノ・テウ。作品ではノ・テグン)共々、裁判に掛けられた際には、衝撃的に報道されていたのを憶えている。
映画では、立場を悪用して政敵を粛正し、人事にも口を挟んだ彼を上司の参謀総長が厳しく叱責したことからドゥグァンはクーデターの決意を固めるが、史実では、全斗煥が主導する軍部内の私的結社ハナ会(諸資料で秘密組織とされているが、全然秘密になっていない)を危険視した当時の参謀総長・鄭昇和(チョン・スンファ。作品ではサンホ)が朴政権の終焉を機に組織の解体を目論んだことから事件の萌芽は生じている。
参謀総長の肝いりで首都警備司令官に着任するイ・テシンのモデル張泰玩(チャン・テワン)は作品同様、ハナ会と無関係の人物だった。
計画どおり参謀総長の拉致に成功するものの、その際の銃撃戦で国防長官の確保にしくじり、大統領の裁可も得られないなど(いずれも史実)、映画での粛軍派は何度も頓挫しそうになる。しかし、実際は全斗煥の組織力、特にハナ会の強固な連帯で、粛軍は盤石だったと言っていい。
作中では、粛軍派の鎮圧を強硬に主張するイ・テシンを悲劇のヒーローとして扱っているが、彼のモデル張泰玩も軍事独裁的な朴政権を支えた軍人だったことも念頭に置くべき。
結局、ソウルの春は凍てつく冬なしには迎えられなかったのだと思う。
中盤以降のテンポの速さで粛軍派、鎮圧派に別れる各部隊の特色が摑めなかったのが難点だが、スリリングな展開は142分の長丁場を忘れてのめり込ませてくれる。
予習をしてから観た方がいい気もするが、予備知識なしに衝撃のラストを迎えるのも、また一興(この映画観て後味悪いと感じる人は、『無防備都市』や『自転車泥棒』もしんどいと思う)。
反対勢力を追い落としていく、まったく共感できないが信念を曲げずに突き進むドゥグァン役を毒々しいまでの圧倒的な個性で演じたのは、名優ファン・ジョンミン。
3~4時間かけたメイクでドゥグァンのモデル全斗煥になり切った彼の熱演抜きに、本作の高評価はあり得なかったと思う。
作品は、粛軍指導者らの因果応報的な顛末に触れることなく、物語に幕を降ろす。
ただし、ラストシーンの記念撮影で、ドゥグァンが隣に座るテグンの手を握りしめる場面は暗示的で強烈に印象に残る。
バッドエンドな作品だが、韓国の人たちはこのシーンの意味を理解している筈だし、日本人でも気付いた人は結構いるかも。
鑑賞したイオンシネマ桂川の座席案内のモニターは出入口の表示がなく、通路の表示も曖昧で不親切。
この場を借りて改善をお願いします。