「過不足ない満足度の高い作品」チェンソーマン レゼ篇 nさんの映画レビュー(感想・評価)
過不足ない満足度の高い作品
100分という時間にここまでの要素を詰め込む事が出来るのかと感嘆するほど、恋愛、ホラー、ギャグ、アクションが詰まった濃密な映画だった。
前半はレゼとデンジの初々しい恋愛描写を流し、後半は一気にアクションシーンを流すと分かりやすい構成であり、なにより1つ1つの描写の表現がいい。丁寧な所と迫力を出す所のメリハリがしっかりしており、アニメの時のようなずっとダウナー調が続くといった映像になっていたら飽き飽きしてしまっていただろう。
また、伏線とは言えないまでも細やかな演出が非常に心地よい。「田舎の鼠と都会の鼠」「蜘蛛が蝶を捉え捕食」「花火と爆弾の悪魔の爆発シーン」「レゼが歌っていた曲とレゼの相関性」この辺りの細やかな演出がシーン単体で見れば全く別々の様な映画を1つに繋ぎ合わせ、美しい物語へと昇華させている。
・「田舎の鼠と都会の鼠」→これは中盤から終盤の占めに大きく作用している。デンジはこの話題の当初、都会の鼠がいいと言っていたが、レゼと逃げる為に田舎の鼠になる事を選んだ。
・「蜘蛛が蝶を捉え捕食」→これは複数の考えがあるが、1つはシンプルにレゼがデンジを捕食(恋に落とした)。2つ目はこれの逆。デンジをレゼが捕食(恋に落とした)。3つ目はプールで遊ぶ2人と最終局面でチェーンを巻き付け海に身を投げる2人の対比。 4つ目はマキマがレゼを捕食(これは文字通り)。
・「花火と爆弾の悪魔の爆発シーン」→これは映画を見れば1目でわかるので書くまでもないが、個人的にはとても好きな演出だ。
・「レゼが歌っていた曲とレゼの相関性」→このロシア語で歌っていた曲は「ジェーンは協会で眠った」というタイトルなのだが、ジェーンとは(正しくはジェーン・ドゥだが)「身元不明の女」という意味である。そして曲には「カフェでコーヒーを飲んでオムレツを食べよう」という1文もある。
そして、上記の演出という観点で話す事にはそぐわないが、レゼがラストシーンで首元のピンを抜かなかった理由も考えてみると非常に面白い。
結局の所この映画の論点は果たしてレゼはデンジを好いていたのかになるのだろうが、レゼはロシアの「身元不明の女」である。つまり、情報は残さないし、残すような情報もない可能性すらある。その中で喫茶店に向かい、死の間際に「自分も学校に行ったことが無かった」と心の中でデンジに伝える、この切なさたるや…。レゼ自身がデンジに伝えようとした自分の情報はこの映画でこの1つのみである。意図的に情報を絞っているという事は、この最後のセリフにレゼのデンジに伝えたい情報の全てが集約されているという事だ。何より、レゼは新幹線に乗る事を辞め、デンジがいるであろう喫茶店に向かったのだからそれが答えであろう。
これ以上に語るのは野暮ったいのでやめさせてもらうが、これは最早文学作品である。言葉で気持ちを作るの最も解りやすい例と成り得る。それに+して音楽、映像も高いクオリティに仕上がっているのだから評価されるのは当然といえる。
ただ個人的に、最後のed曲はもう少し風情のある物がよかった。レゼのセリフを反芻出来るようなあまり激しくない曲調の方が適していたように思う。
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