「大作」ラストマイル R41さんの映画レビュー(感想・評価)
大作
『ラストマイル』──人間の尊厳を問い直す、静かな叫び
この物語は、なぜオールキャストで描かれたのか。
その問いは、物語の終盤、静かに、しかし確かに心に沁みるように答えをもたらす。
それは、現代社会が抱える根源的な問題への警鐘である。
システム化されすぎた世界。
企業理念という名の呪文。
「使っているうちに使われている」──エレナが口にしたその言葉は、現代人の生き方そのものを鋭く突く。
人類が小麦を栽培し始めたとき、私たちは食料を得たと同時に、管理される存在となった。
小麦による人類の奴隷化。
この映画は、そんな文明の始まりにまで遡るような問いを投げかけてくる。
物語はミステリーの体裁をとっている。
爆発事件、犯人探し、伏線とミスリード。
だがその本質は、犯人を見つけることではない。
「本当の私」を見失わないで──それがこの作品の根底に流れるメッセージだ。
エレナはかつて、ニューヨークで筧まりかと出会った。
まりかは婚約者・山崎佑が自殺を図った真相を訴えようとしたが、エレナはそれを退けた。
その選択が、巡り巡って自らの人生に再び現れる。
センター長というキャリアの中で、彼女は人間性を失っていた。
だが、爆発事件を通して、彼女は再び「自分」を取り戻していく。
末端の物流会社で働く人々。
かつては「ラストマイル」に誇りを持っていた。
今では、システムの一部として、食事時間すら削られながら働いている。
そんな中、佐野亘は最後の爆弾を洗濯機に放り込む。
それは、かつて自分が勤めていた家電メーカーの製品。
丈夫で安全を誇ったが、利益が出ずに倒産した。
その洗濯機が命を救った瞬間、彼の過去が肯定される。
「人間の誇り」「ものづくりの精神」──それは、効率や利益を超えた価値だった。
作中に登場する「デイリーファースト」や「羊急便」は、Amazonとヤマト運輸の関係性をモデルにしている。
2017年、ヤマト運輸はAmazonとの契約を打ち切った。
過剰な物流、過労、そして自殺。
電通の事件もまた、企業の圧力が人を押し潰す現実を象徴している。
なぜこの作品がオールキャストだったのか。
それは、発信力のある俳優たちを通して、異常なまでにシステマティックな社会に「NO」を突きつけるためだ。
人間が単なるピースになってしまった世界。
マニュアル、ISO、CSR──それらは人間を管理するために生まれた。
コロナ禍。
マスコミは「何が良くて、何がダメか」を語り、人々をコントロールし始めた。
芸能界もまた、大きなダメージを受けた。
自粛が正義となり、それが教育された。
だが、「人とはそういうものじゃない」。
この映画は、俳優たちの力を借りて、その真実を語っている。
アマゾンのCEOが世界最大のヨットを作り、橋を壊してまで通そうとした話。
それは、資本主義の象徴だ。
良し悪しではない。
「何でもできてしまう」──その現実が、私たちの社会を形作っている。
物語は、犯人の自殺で幕を閉じる。
「あなたは何が欲しいの?」という問いが、何度も繰り返される。
ナシモトは「何もない」と答え、エレナは「すべて」と言う。
その答えに、良し悪しの判断はない。
ただ、問いが残る。
この社会は、あなたにとって住みよい場所なのか?
それが、この作品の本質的な問いかけである。
羊急便は契約を破棄した。
エレナは制度を使って会社を辞めるよう八木に促す。
八木もまた、山崎のような群像のひとりだった。
そんな群像が、今の社会を形作っている。
『ラストマイル』は、その群像に光を当てる。
オールキャストで、社会の歪みに静かに、しかし力強く切り込んだ作品だった。

