「小さな物語の大きな感動」ぼくが生きてる、ふたつの世界 luna33さんの映画レビュー(感想・評価)
小さな物語の大きな感動
予告編の吉沢亮君が無性に気になり、鑑賞する事に。
物語としては普遍的な親子の愛情物語なのだが、構成に一切無駄がなく過剰な演出もせず、でも描く所はしっかり描くという呉美保監督の手腕がはっきり見て取れる作品だったように思う。息子の誕生から始まり、前半部分では息子の成長と共にろうあ者の日常生活で生じる不便や困難、危険などが描かれ、さらに息子(吉沢亮)のコーダとしての葛藤や苛立ちもリアルに伝わってくる。この辺のさりげない自然な見せ方が実に上手く、しかも本当に無駄がない。最小限の表現で最大限の効果を発揮している。呉美保作品を観るのは初めてなのだが、前半だけで「この監督すごいかも」と思わずにはいられなかった。ろうあ者の日常生活において起こる様々な出来事はあらゆる困難や不安に満ちており、それらの多くが彼らにとってはあるある話なのだろうが、僕にとっては驚きの連続だった。
三浦友和に似てる似てないのバカ話、カレーの隠し味に味噌を使ってボロクソ言われる、パチンコ屋でどの台が出るか聞いてみたりする。まさにどうでもいいような「会話」を、彼らだって僕らと同じように日常的にしている事にすら僕は気付かずに今まで生きてきた。そんな自分を恥ずかしく思うが、それと同時に僕は基本的に「聞こえる世界」の住民であり、だから「聞こえない世界」というものを実は何ひとつ分かってない、という現実を思い知らされるのだ。最初は「ふたつの世界」って何だろう?と思っていたのだが、上映が始まってすぐに「なるほど、そういう事か」となる。
登場人物はみな素晴らしい。母は息子の全てを受け止め、信じ、寄り添い続ける。補聴器を20万で買い、ろくに会話出来てないにも関わらず「これで大ちゃんの声が聞ける」と嬉しそうに言う。それを聞いて泣かずにいられるかっつーの。父は地元で働くと言う息子に「東京へ行け」と背中を押す。たったひと言だが、父の思いがしっかり込められている。またフルーツパーラーのエピソードだけでも両親がどう生きて来たかをしっかり想像させてくれる。
じいちゃんとばあちゃんも素晴らしい。荒くれ者のじいちゃんなりに孫に何かを伝えているし、ばあちゃんは大にとって家庭内で貴重な「話し相手」だったわけだ。彼らの果たした役割(家庭としても映画的にも)は実に大きいと思う。また大の成長する姿だけでなく、彼らが年老いて行く姿を通じて、家族の「時間の流れ」というものをはっきり感じさせてくれた。2時間に満たない尺でこれだけ深みのある物語を作り上げた呉美保監督には本当に驚かされる。
また上京してから知り合う河合(ユースケ・サンタマリア)も非常に印象深かった。大(吉沢亮)の採用を決めるくだりも面白かったし、大がライターと喧嘩した後に河合が「大はどこでも生きていけそうだな」と笑いかける。それまで「何者」でもなかった大が東京に来てしっかり成長している様(さま)を河合の何気ない言葉が的確に表現しているように感じ、非常に深く刺さる言葉だと思った。そして偉そうな事言ってると思ったらタモリの言葉を丸パクリだったり、しまいには結局飛んでしまうという掴みどころのないこの男は、実は大の成長において(この作品においても)かなり重要な立ち位置だったのではないかと個人的には感じた。
そして最後。
これはもう完全にやられた。駅のホームで母からの「手話で話してくれてありがとう」という言葉に、不意を突かれた大は思わず泣き崩れる。ここでまさかの「無音」という演出かいっ!これは見事としか言いようがない。この静寂の瞬間、僕にはふたつの世界が「ひとつ」になったような、たまらなく愛おしい時間に思えた。もう本当にマジでやられた。母にとってはたわいもないひと言でも、この言葉がその後の彼を支え続けたんじゃないかと思うし、こういう小さな出来事ってきっと誰の人生にもあるはずなのだ。だから大のくしゃくしゃの泣き顔に、誰もがどこかで自分の人生と重ね合わせたのではないだろうか。そして大の心を表現してるかのように、真っ暗闇の奥に見える微かな光が大きくなりながら眩いトンネルの出口へと向かっていくラスト。もうただただ号泣です。最後に流れる歌(手紙の歌詞)も良かった。
やはり予告編で感じた直感は間違っていなかった。吉沢亮君の表情がとにかく素晴らしい。かつて「青くて痛くて脆い」で闇深い青年を演じて非常に良かったのだが、今回はさらに更新してくれた。ちょっと大げさに言えば、これで主演男優賞とか獲れないかなと本気で思ってしまう。この作品はシンプルなのに奥行きがある。基本はろうあ者のお話なのに、最後はそんなの関係ないと思えるほどの親子の物語であり、一人の青年の物語なのだ。
この作品は多くの人に強くお勧めしたい。
※追記
終盤スーツを買いに親子で洋服の青山へ行っていたが、さりげなく三浦友和ネタを回収していた事にあとで気付いた。なぜ三浦友和?と思っていたのだがそういう事かと感心した。
luna33さん、コメントありがとうございました。自分語りのレビューでしたので、少しお恥ずかしいです。
CODAという割と限られた立場の方を主人公にすえながら、誰もが、自分と重ねられる普遍性を持ったとても豊かな映画でしたね。
多くの方が2024のNo.1にあげられていたのを、心から納得しました。
共感そしてコメントありがとうございます。
お褒めいただいて恐縮です。
Luna 33さんのレビューの、完成度と熱いメッセージ。
とても感動しました。
私は自然体・・・と書きましたが、
呉監督は欲がないですよね。
吉沢亮も、いい所も悪い所も曝け出している。
そこに感動しますし、共感します。
「若き見知らぬ者たち」にも、ありがとうございます。
映画は監督のものでは、ないですね。
役者そして観客も受け手としてその担い手ですね。
またいい映画で、お話しさせて下さい。
ありがとうございました。
luna33さま
侍タイへのコメントも、ありがとうございました。
実はこのレビューと合わせて、他の方宛のコメントも読んでいました。
ラストの駅のシーンを『ニュー・シネマ・パラダイス』に例えられていて、あー先を越されちゃった(泣)…を思い出しました(笑)
鑑賞後に完成台本が載っているパンフレットと原作を読み、公式SNSもフォローしました。
監督があの駅のシーンをラストと決めたところから、この映画作りが始まったことを知り、私の思いをレビューにしたかったのですが…
もう少しコメントで場馴れしてから、レビューを書いていこうと思っています。
luna33さま
共感とコメント、ありがとうございます。
映画.comの画面に不慣れなので、何度もフォローしてお騒がせしました。
この作品は他の映画リクエストサイトでは、もう20回くらい投稿しました。
luna33さんのレビューを読むと、良い意味で打ちのめされて立ち上がれず力尽きてしまいます。
これからも“読者”でいさせてください。
素晴らしいレビューをありがとうございます。
レビューで感動してしまいました。
>荒くれ者のじいちゃんなりに孫に何かを伝えているし、ばあちゃんは大にとって家庭内で貴重な「話し相手」だったわけだ。
両親だけでなく、じじばばも、大をとても愛して、慈しんでくれてたんですよね。就活に失敗し続けても腐らない、大の自己肯定感の高さは、周囲の愛情に包まれて育ったからだろうと思えます。
共感とコメント、そしてフォローをありがとうございます。
どうぞよろしくお願いします!
コメントありがとうございます。
本当に無駄のない展開で、内容が凝縮されていたからこそ感動もひとしおでしたね。
また、”ふたつの世界”が融合していく様も非常に良かったですね。
コメントありがとうございます。
監督の狙いは、まさにおっしゃる通りだと思います。
また、レビューを書いた後に見た他のサイト(だったかな?)の感想で、ラストを知った後の2度目の鑑賞では、後半の大の言動に1度目とは違う感動があるというご意見があり、なるほどなあと思いました。
違う視点を理由も含めて知れることは面白いし、有難いです。
ありがとうございました。