「子供は親を選べない。」コット、はじまりの夏 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
子供は親を選べない。
原題の「物静かな少女」のとおり主人公のコットは口数が少なくあまり感情表現しない子供だ。およそ子供らしくないおとなしすぎる彼女のその性格は明らかにその家庭環境に原因があった。
牧場を営む夫婦のもとに生まれた彼女には上に姉が三人と下に一人、さらにもう一人を母親は身籠っている。しかしそんな子だくさんでありながら父親はまともに牧場の仕事もせず毎日飲んだくれ、賭け事に明け暮れていた。乳飲み子を抱える身重の母親は子供たちへの世話もろくにできず、ほとんど育児放棄に近い状態だった。
コットの姉たちも放置されひねくれて育ち、その中で大人しいコットは自然と口数の少なく感情もあらわにしない少女として育っていた。
母親が出産を控え夏休みを機会にコットは親せきの家に預けられることになる。そこは同じく牧場経営するアイリーンとショーンの夫婦二人だけが暮らす家だった。
アイリーンはとても子煩悩な性格らしくコットに対して最初から惜しみない愛情を注ぐ。ショーンはコットに対して最初は打ち解けない時期があった。それには訳があったのだが、次第にショーンもコットに対して心を開いてゆく。
生まれて今まで子供らしく親に甘えることも許されずに育ったコットにとって、自分を子供として当たり前のように接してくれる夫婦との生活、その彼らの温かみを肌で感じるようになると心因性のおねしょ癖もピタリと治ってしまった。そして夫婦との生活の中でコットは徐々に感情をあらわにし、その表情には自然と笑顔も見られるようになる。夫婦はコットを実の子のように愛し、コットも二人を実の両親のように愛した。
しかしやがてラジオが夏休みの終わりを告げる。コットは自分の家に帰る時が来たのだ。本来自分の家に帰れることはうれしいことのはずが、彼女は家に帰るのをためらう。
実家に戻ったコット、相変わらず父親はろくでなしのままでショーンたち夫婦に無礼な態度を取り、姉たちも親せきのショーンたちに挨拶さえできない。すでに家庭崩壊しているこの家にコットを残すことに後ろ髪をひかれながらもショーンたちは去っていく。そんなショーンたちの車を走って追いかけるコット。
車に追いついてショーンに抱きつくコットの目には後を追いかけてきた父親の姿が、それを見て思わずダディと声が漏れるが、あらためて彼女はショーンを抱きしめ彼をダディと呼ぶ。その姿を見て涙するアイリーン。とても感動的なシーン、であると同時に厳しい現実を突きつけられる。
コットはショーン達夫婦の子供にはなれないのだ。あのどうしようもない父親がすぐさま追いついて二人を引き離すだろう。
彼のような人間は子供を満足に育てられないくせにプライドだけは高い。牧場経営が順調で明らかに自分たちより裕福な暮らしをしてるショーンたちを彼は毛嫌いしていた。それはアイリーンがお金を送ろうかと聞いたとき、コットの「パパが怒るかも」という言葉からもわかる。
虐待をやめられない親に限って児童相談所に子供を取られたくないというのに少し似ている。
本作は子供を失った夫婦と親にも甘えられない寂しい少女とのひと夏の心の交流を描いた心温まる作品であると同時に現代社会でも続く貧困やネグレクトなどによって子供たちが抱える深刻な問題を浮き彫りにした作品といえる。
邦題に「はじまりの夏」などとついているが本作はそんな牧歌的な内容には収まらない生っちょろい内容ではなく子供たちの厳しい現実を描いた作品である。
コットを演じたキャサリン・クリンチはとても繊細な演技というか、むしろあれはけして演技では出せない独特の存在感を醸し出していた。美しい容姿だがどこか儚げ、いつも不安を抱えた表情、あの年齢特有の頼りなさげな少女像を見事に体現していて素晴らしい。まさにこの時期の彼女自身の瞬間を切りとったような無二の存在感。けしてこれは演技力などで再現できるものではないだろう。それはこの時の彼女にしか出せないたたずまいだからだ。
「ミツバチのささやき」のように子役が時折素晴らしい存在感を放つ作品があるが、それはけして演技では出せないその子役独特の魅力からくるものなのだろう。
本作は彼女をキャスティングした時点で大成功といえる。正直、彼女を見てるだけでも二時間持つのではないかというくらいの存在感、それに加えて自然の美しい映像と秀逸な物語。
公開当時評判の作品だっただけに期待通りの作品だった。今回配信での鑑賞だったが劇場公開を見逃したのを後悔した。
コットのように自分の家庭がすべてであるこどもにとって、知らない世界の体験が有意義になることがよくわかりましたよね。
これからのコットはどう行動していくのか、応援したい気持ちになりました。
レビューを読みながら思い出していました。丁寧なレビューを書いてくださって、ありがとうございます。
この映画、劇場に何度か見に行きました。その度に見に来てよかったと思いました。
理想は映画館で、と思いますが、配信であっても見ることができてよかったですね。