港のひかりのレビュー・感想・評価
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古いドラマに木村大作大先生
藤井道人監督が脚本も手掛けたオリジナル作品。近年精力的に毎年新作を発表している。「オー!ファーザー」(2014年)以降、全作品を見たわけではないのだが、概ね原作アリ作品の方がキレの良い演出をしているように感じる。昨年の「正体」(原作アリ)の緩むことのない緊張感が忘れられなかったゆえ、本作はいまイチと言い切ってしまえると思う。もっと撮れる監督のはずだと思っていたが、今回は期待が過ぎたかな。
大ベテランの木村大作大先生がフィルムで撮っているという要素も古さを感じさせるものかもしれない。「古い=悪い」ではなく、いっとう最初の画、場面変わりに挟まれる風景。それだけで一本作れるくらいの美しい映像。ざらっとした質感とシャープなフォーカス。特徴のある赤の発色。どれもこれも「あ、木村大作だ」「フィルムだ」と一発でわかる主張を感じる。星0.5のプラスはこれ。
映画全体の印象を言えば「古い東映セントラルのテイスト」である。映画として見せるよりもコタツに入ってTVで楽しむような感じ。ぼんやりと「冬の華」(1978年/降旗康男監督・高倉健主演)に近い印象を抱いた。
物語の転換点での描写が少なくメリハリが薄い。それを役者陣のカッコよさで「そんなもんどうだっていいジャン!」と正面突破を図ろうとする。昭和はそれを「潔い」と感じてしまっていたのだが(苦笑)、今は令和だ。その点でいえば荒川(笹野高史)と石崎(椎名桔平)は作品全体の品質維持に重要な役割だったと肯定するが。
具体的に言えば前組長の河村(宇崎竜童)がなぜ三浦(舘ひろし)を破門にしたのか。なぜ三浦が幸太(尾上眞秀)にあそこまで惹かれたのか。最後になぜ〇〇が××にとどめを刺したのか…。説明セリフがないのは好感が持てるがいまひとつ理解に苦しむ(特に最初)。ホン書きの藤井道人が監督藤井道人に勝ってしまったと言えるだろう。
これで最後まで△△があっさりと生き残る設定であれば、また新しいヤクザ映画の地平を示したかもしれないのだが、か~んたんに〇してしまう。その方が物語の作り方としては簡単なんだよ。アタマ使わないで済むし。だが本作は東映配給(+スターサンズ)。舘プロの制作。なら、これでいいのかもしれない。あくまでスタッフ間で見れば、それでいいのかもしれない。だが「青の帰り道」(2018年)を見てちょっとだけ震えた藤井道人の可能性を膨らませる収め方にはなっていない。酷い言い方かもしれないが、よくこれで「新聞記者」(2019年)や、この作品の前後となる「正体」を撮れたものだなと思う。ムラの大きい作家なのかもしれない。残念。
付け足しになるが、主演・二枚目はもとより役者陣はみんな平均以上に良かったと思う。特に赤堀雅秋はああいう役どころが最も似合う(笑)。黒島結菜がちょっとしか出てこないのが残念だった。一ノ瀬くんとピエールは「両方」できる器用な俳優だね。
聞くところによるとこの作品をクランクアップさせた直後に地震があったらしい。最後には本編に字幕が出る。元通りの生活に、美しい能登に早く戻れるように願ってやまない。
良かったがラストが惜しい
北陸の港町で漁師として細々と生活してた元ヤクザの三浦は、白い杖をついて歩く少年の幸太を見かけた。両親を薬物中毒のヤクザによる交通事故で亡くした幸太は、彼を引き取った叔母やその交際相手から虐待を受けていた。孤独な幸太に自分を重ね、興味を持った三浦は、魚船に幸太を誘った。居場所がなかった者同⼠、2人は年の差を超えた友情を築いていった。みうは、幸太に視力回復の手術を受けさせるため、ヤクザから金を奪い、幸太に一通の手紙を残して自首した。突如として⾏⽅がわからなくなった三浦を捜していた幸太だが、12年後出所した三浦は・・・さてどうなる、という話。
三浦役の舘ひろしと幸太役の尾上眞秀の心温まるやりとりは素晴らしかったし、成⻑した幸太役の眞栄⽥郷敦もキリッとした青年役でカッコよかった。
椎名桔平、斉藤工の悪役ぶりも素晴らしかった。
短い出演だったが、黒島結菜は変わらず美しかった。
ずっとよかったのだけど、ラスト近くで、あんな瀕死の重傷を負った三浦を雪の降る屋外へ連れ出し手錠をかける必要があったのか、唯一と言って良いくらい違和感が有った。すぐ救急車呼ぶんじゃないの?って思ったが。
舘ひろしの向こうに渡哲也がみえました。
誰かのために生きる!舘ひろし渋格好いい!子役の名演技も光りました!
舘ひろし主演でストーリーも面白そうなので以前からチェックしていた作品。
早速観てきました。
監督は藤井道人、撮影監督は巨匠木村大作。
昭和の任侠映画の匂いを感じさせる作品でした。
ものすごく良かったです!私の琴線に触れる映画でした。
配役も豪華でした。
敵役のヤクザの組長石崎を演じる椎名桔平はさすがの悪役ぶり。
そしてナンバー2八代を斉藤工。正直気づきませんでした。
斎藤工どこに出てた?ということでネットで調べて変貌ぶりにびっくりしました(笑)
そして元ヤクザの三浦(舘ひろし)を手助けする近所の荒川さんを笹野高志。
幸太を演じた子役の名演技も光りました。帰ってネットで調ると歌舞伎界の尾上眞秀君でした。そして幸太の青年期を眞栄田郷敦。
そして何と言っても舘ひろし。年齢を重ねた渋さと格好良さに痺れました。
元ヤクザで今は足を洗い細々と漁師をする三浦(舘ひろし)が目の不自由な幸太という少年と出会う。
この幸太の境遇が悲惨すぎて見ていて辛すぎる。
幸太と交流していく中で、三浦は自分が仕えた前組長の河村(宇崎竜童)に教えられた“強さってのは、誰かのために生きれるかってことだ”という言葉を思い出す。
幸太の目の手術代を得るため、シャブ取引の金を強奪する三浦。
ここなんですよね~。ヤクザ映画によくありますが、足を洗ったはずなのに手っ取り早く大金を得るために再び罪を犯してしまう。
足を洗ったのなら他の方法を考えて欲しいと思うのだけど、映画だから仕方ないのだけど、見ていて歯がゆかったです^^;
そして自首して服役するのは仕方ないけど、何年経っても石崎組が忘れるはずもなく、出所後当然予想される悲劇へと進んでいく…。
まず可愛がっていた弟分の大塚(ピエール瀧)が殺され、石崎から呼び出しを受ける三浦。
定年退職した刑事(市村正親)の制止を振り払い、幸太を守るため正装し命を賭けて石崎に会いにいく三浦の覚悟。
大塚から渡されていた銃でてっきり石崎を撃つのかと思いきや…。
怒涛のラストの後の、幸太が嫁と子供を連れて冬の海を訪れる静かなシーンが印象的でした。
今の若い人が見れば古いのかもしれませんが、昭和のおっさんには刺さりました。
心揺さぶられました。泣けました。映像の美しさも感じられました。
オススメです。
The邦画
今をときめく藤井道人監督の作品。
撮影は木村大作さん。
岡田准一さんが二人を繋げたらしい。
しかもデジタルではなく、35mmフィルムでの撮影で藤井監督は片腕をもがれた状態で演出しなければならなかったらしい。
なので、今までの作品とテイストが違うのかもしれない。
主役の舘ひろしさんと言えばシブいだけではなかった。あの凄みを出せる俳優は他にいるかな。一級品だった。
子供時代を演じた眞秀くんはナチュラルで、変に芸達者な子役とは一味違っていた。
青年期は眞栄田郷敦さん。スクリーンに出てくると目力に射抜かれる。空を見上げて慟哭するのではなく耐えてゆらぐんだよね。お米研いでくれる彼氏も良いw
斉藤工さんはネタバレしたくないから書けないw
荒川さんは笹野高史さん以外考えられない。
映画館では美しい映像が見たい。それを満たしてくれる立山連峰、能登の風景は見応えがある。
このThe邦画は、ただのヤクザ映画じゃなかった。
専門的監修の効果と企画者の影響力
尾上眞秀氏演じていた視覚障がいの少年が、そのまま眞栄田郷敦氏演じる大人になって、年齢相応の舘ひろし氏演じる元やくざの男と触れ合う話かと思ったら、そうではなく、子ども時代に治療で治っていた。縦書きで大きめの字のエンドロールがみ易く、全盲所作指導でダイアログ・インザ・ダークと光道園、取材協力で東京都立八王子盲学校と筑波大学附属視覚特別支援学校、撮影協力で東京ヘレンケラー協会と日本点字図書館、ユニバーサルデザイン絵本センターが名を連ねており、当事者俳優ではなく歌舞伎役者御曹司の登用ではあるが、現実味のある演技ができるように最大限の配慮が図られていることが窺え、パンフレットにも本人による演技指導の過程が説明されている。当初の脚本は、視覚障がいの少年の幼少期の場面が長かったのが、舘ひろし氏の意見で大人になってからの場面の方を長くしたというので、専門的指導陣を準備した配慮が減退されたとも言えるだろう。
チャプリン氏作品の『街の灯』にインスパイアされており、また高倉健氏主演作品の『冬の華』も想起するという解説があるが、役柄の設定の違いはあるけれども、元犯罪者が一旦更生し、血縁のない子どもの幸福を願い、再び犯罪に手を染め、警察が絡み、瀕死の男と対峙したり逮捕されたりする結末では、『レ・ミゼラブル』か何かの作品とも共通する点があるのではないか。
笹野高史氏演じる民宿の主人の面倒看の良さは、保護司という設定ではないかとも思ったが、そこまでのものではなかった。視覚障がいだった少年と出会い、婚約する女性との出会いの場や職場が福祉施設なのが、その点での撮影協力や専門的監修は特に挙げられていない。
企画者が河村光庸氏で監督が藤井道人氏という組み合わせは、『新聞記者』のシリーズで馴染みがあったが、『やくざと家族』もそうだったのか。でも、その作品は、本作よりは法律の変化による悲哀感が強く、暴力場面が少なかった印象がある。
出演俳優は、別の作品と同じ雰囲気の人もいれば、別人のような風貌の人もいる。
富山南警察署や富山地方鉄道路面電車は出てくるが、最後に能登半島地震復興を祈る字幕が出てくるので、少し奇異な感じを受けた。
私の身近で対決中の権力者も、やくざのように狡猾で執拗な人物だと改めて認識した。
不器用な漢たち
原作未履修での視聴。
CMで見て気になっていた人情ものだったが見てよかった。
破門され小さな漁村でヤクザものと煙たがられながら静かに暮らす三浦がヤクザとの事故で目と両親を失った子ども幸太との触れ合いを丁寧に描かれており、だからこそ最後のシーンの三浦が幸太に逮捕を迫るシーンは涙なしには見られない。
このシーンの為に全部みる価値は十分ある。
とても満足でした。
ただ、1点だけ。
気持ちバストアップの絵が多く、何となく違和感があったのは私だけでしょうか?
最近、涙もろい⋯
笹野高史、 本当にいいですね! 斎藤工、 あまりにも突然いい仕事を...
笹野高史、
本当にいいですね!
斎藤工、
あまりにも突然いい仕事をして、思わず笑ってしまった
最初の頃は、
『視覚障害者役の指導ちゃんとしてるのかな?』って気になって仕方がなかったけど、
弱視なら、ま、いいか
でも、取材するだけじゃなくて、
指導してもらったらもっと良かったかも
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すいません、追記します
舘ひろしが、渡哲也に見えことが2回ありました
全然違うのに、不思議
尊敬してると、似るのか?
お涙頂戴の浪花節
冒頭からエンディングまで、あり得ない説明セリフばかり。
12歳くらいの小学生が、オジサンに
「刑事だったときの一番の思い出は何?」
なんて聞くか?
古株の刑事が主人公に言う。
「今度は誰のためにムショに入るんだ?」
本作のテーマは「誰かのために生きる」だが、それをいちいちセリフにしてくるから、鬱陶しくて堪らない。
しまいには拝金主義の今ドキ組長(椎名桔平)に、「誰かのために生きるだと? 分からねえな」なんてわざわざ言わせたりする。
映像も実にわざとらしい。
(どう? 渋い男でしょう?)
(彼の哀しみが分かるでしょう?)
これに演歌チックな劇伴がつく。
映画に説明が避けられないのは分かる。広く万人をターゲットにすれば、分かりやすさが求められるのも分かる。
しかし本作は度が過ぎる。良く言えば古風だが、現代ではこれは「大人の絵本」。
役者も製作陣も相当割り切ったと思う。
ー追記ー
舘ひろしの佇まいは格好良い。特に、スーツを着た立ち姿は圧巻で、目黒蓮ですら敵わない。
斎藤工、ピエール瀧、MEGUMIは「孤狼の血」から続くヤサグレ役。
仁義を尊ぶ昔ながらの任侠を演じるのは、宇崎竜童、舘ひろし、ピエール瀧だから全員ミュージシャン。
カメオ出演にはかなり驚かされる。しかも、かなりいい味を出している。
本作にもまた松浦祐也が出ている。
こんなところは楽しめた。
たゞ風景に見惚れていた‼️❓
ストーリーはともかく、アナログの風景が美しい、特に海🌊が、ただ、異常な数のカモメは余計だが。ところで、盲目の少年の手術費を工面する話は、昔ショージ秋山の劇画で、交通事故の加害者が強盗殺人で工面するから、負の連鎖が壮絶なのだ。今回、必然では無いし、ヤクザは所詮悪事でしか終われない、自分に恥じない生き方をしていれば共感とは程遠いだろう。映像はアナログだけで無く、画角などセンスが凄く良い、日本の風景が世界に誇れることを改めて思い知らされる。ところで、刑事では一ノ瀬アタル、ヤクザではピエール瀧くらいがそれらしくて、それ以外は何だか数合わせみたいな感じ。舘ひろしは独壇場でしたね、ゴールデンカムイの土方が待ち遠しい。海の荒波が眼に焼き付いた、ありがとうございました😊😭
舘ひろしに良い座組据えて挑むが米研ぐ前に手洗え
2025年劇場鑑賞93本目 優秀作 73点
後日色々書くけど
家帰ってきて手洗わずに米研ぐのほんと無理
両親というか育て親というか引き取り親が自堕落ゆえに家事等やってきただろうし、身なりや努力してきたところを伺うにきっちりしてきた人が、待ち望んでいた手紙を嫁に渡し意気揚々と話しながら帰宅してこめびつから3合ほど釜に入れてるまでは、うん釜に水注ぐ前に手洗えよな?と固唾を飲んで見守っていたが、そのままの手でとぎはじてて興醒め
ラストの椎名桔平との撃ち合いを横槍入れて制する瞬間もなんとも安っぽい
それまでのうすーい演出で取ってつけた救出案に藤井道人の悪い部分というか、若く爪が甘い部分がまたでた
最後まで行くの取っ組み合い演出も現実味を考慮しての大きなアクションではなくそちらを採用したがそれも長回しの余興に過ぎなく外れるし、villageの一ノ瀬ワタル殺害もそうだし、ヤクザと家族もそうだが、それをするならそれ相応の風呂敷を畳むにいたる要素の説得力がないと目を見張るシーンに重厚感がでない
また追記します
三浦のひろし
【所感】
予告編を観た時から、これは泣ける映画だとおおいに期待。
物語は、ヤクザ、盲目の少年、友情というベタな骨格ですが、とはいえ、「誰かのために生きる」「再生」「絆」という普遍的なテーマがまじめに語られていて、好感が持てました。
舘ひろし作品では、比較的、最近では、「終わった人」や、昔のドラマの「パパとムスメの7日間」など、コメディものの舘ひろしが好きです。西部警察や、あぶない刑事は観たことありません。そういえば、中学生の時に、ジャッキーチェンのクレージーモンキー(笑拳)と同時上映されていた、舘ひろし主演の「薔薇の標的 」は、つまらない映画でしたが、笑拳を1日に3回観ようとして、2回観ざるを得なかった記憶があります。それはさておき、舘ひろしは、7年ぶりの単独主演で、自身が企画段階から関わっていたということもあり、ベテランの魅力・存在感がにじみ出ています。元やくざの三浦を熱演し、アップも多いです。60代、70代の見た目は、頭髪の黒白変化となっていますが、40代?は、CG処理でしわをうまく消しています。渡哲也や高倉健を思わせる雰囲気もありました。
眞栄⽥郷敦は、新田真剣佑の弟というか、我々世代には千葉真一の次男。今作では、役柄でしょうがないですが、ちょっと優等生過ぎる演技かもしれません。先の朝ドラの手塚治虫の演技はよかったです。寺島しのぶの息子さんの役は難しい役ですが、正直演技はへただと思いました(すみません。)。でも、にくめない雰囲気を持っています。彼の父親のフランス人の遺伝子より、歌舞伎系遺伝子が強い見た目でしたが、まつ毛の長さにびっくり。
主人公の友人役の笹野高史は、12年の年月を安易にかつらで表すのではなく、たぶん、衰えを実際にやせることで表現していると思いました。すっかり太ったピエール瀧が、結構いい役を演じています。が、ちょっとあの事件を思い出して、一瞬、映画の世界から現実に戻ってしまいました。
椎名桔平のイカれたやくざの親分はお似合い。斉藤工のチンピラやくざは、違和感がありました。本人は、そういう役柄が好きなんでしょうが、もう卒業したほうがよいかと。MEGUMIは、超むかつく、演技がうまいです。DVおやじは無名の俳優ですが、やはり、超むかつく、演技うましで、舘ひろしの怒りの鉄拳制裁でボロボロになり、非常にすっきりしました。
出演者は、それぞれ好演だと思いますが、いろいろな有名な俳優を出し過ぎたかと(今作に限らず、最近の邦画はそうですが。)。物語が少し散漫になったような印象です。舘ひろしの人望かとも思いますが、特別出演のあの方もいらないかと。あのシーンだけ特別出演の方に喰われて、空気感が違っていました。
物語的には、マイフェバリットムービーのひとつ、クリント・イーストウッドの「グラン・トリノ」を思い出す場面もありました。ほどほどのバイオレンスシーンもあります。とあるアイテムも感動的に使われています。でも、もっと泣けるかと期待してましたが、少しの涙にとどまりました(泣いてるじゃん。)。私としては、ラストは、「ショーシャンクの空に」にして欲しかったです。配偶者は、違うラストを想定していたようです。そのあとの、ラストクレジットの横流れは懐かしかったです。
今作は、「軽快なテンポ」「強いサスペンス」「派手なアクション」を期待すると、ちょっとはずすと思います。逆に、「ベタな浪花節的物語」が好きな方や、「質の高い映像美(木村大作の、フィルム撮影は見事。)」を求める方になら、おすすめします。富山ロケの風景もよかったですが、特に、能登の冬景色は美しく、心に響きます。
もちろん、舘ひろしの熱演を観たいなら、強くおすすめします。
11/18 酔爺
令和に紡ぐ…
この港が今は観られない風景だとは
舘ひろし、眞栄田郷敦とも特別好きな役者ではないので、大きな期待は持てなかったが、木村大作撮影ということで、やや古臭くも邦画らしい映像を見られることを期待して観賞。
【物語】
かつてヤクザだった三浦(舘ひろし)は組を抜け、能登の寂れた港町で、漁師として新たな人生を送っていた。 ある日、盲目の少年・幸太(尾上眞秀)を見かける。交通事故で両親を亡くし、本人は視力を失い、引き取られた叔母宅でも恵まれない境遇にある幸太の境遇を知った三浦は、幸太を励まそうと船に乗せる。
元ヤクザと町の人から白い目で見られている三浦と居場所のない孤独な幸太の間には歳の差を超えた友情が芽生える。 あるとき、手術によって幸太の視力が戻る可能性があることを知った三浦は、高額な手術費用を幸太の叔母に残して姿を消す。
12年後、手術で視力が回復した幸太(眞栄田郷敦)は警察官になっていた。ずっと三浦に会いたいと願っていた幸太は、ある事件絡みで三浦の所在の手がかりを掴む。
【感想】
良くも悪くも、想像通りの作品だった。
特に港町の情景は古き良き邦画っぽい良さが有った。映像はいかにも木村大作らしい絵作り。
冒頭で触れたとおり主演の舘ひろしはあまり好きな男優ではないのだが、脇を固める役者は良い。適材適所という言葉がぴったりのキャスティング。特に、斎藤工の笑ってしまうほどの役作りには感心。 脇役が良いのでそこそこの作品には仕上がっている。
ふと思ったが、主演に20~30年前の高倉健を据えられたら、完璧なキャスティングで傑作になってたかな。
一方、気になったのは、少年幸太に「ヤクザだったの?」と聞かれて三浦が嘘をつくシーン。三浦のキャラ設定でこんな安っぽい嘘つくか?と強い違和感。 後になるとその嘘が終盤の展開に繋がることが分かるが、それでも納得いかない。
三浦は“元ヤクザ”を認めて、それでもなお幸太は“今の三浦”を慕うという流れにして欲しかった。終盤へのつながりは他にいくらでも考えられようが。
最後に表題に書いた件、
富山県内の撮影だと思って観ていたので、エンドロールで「震災復興を願う」趣旨のテロップが入っても、「富山も能登地方の一部か」くらいに考えていたが、観賞後ロケ地を確認したら、“港”は輪島市で、撮影は震災の直前に行われ、震災時の海底隆起で今は港に船が入れないくらい変わってしまったとのこと。地元の方にとっては本作がかつての港の情景を残す貴重な映像となったに違いない。
「生きる」
昭和の残響と現代日本映画の“分裂したリアリティ”について
藤井道人監督の『港のひかり』は、観客の心を掴む叙情的な前半と、仁義なき戦いに急旋回する後半という、ある種日本映画の“縮図”のような構造を抱えた作品だ。フィルム撮影を選び、北陸の港町を舞台に、舘ひろしという昭和映画の象徴を据えた時点で、映画はある種の「宿命」を背負ってスタートする。冒頭から中盤にかけての本作は、その宿命と見事に調和している。海の光、漁師の生活、盲目の少年・幸太との静かな絆、贖罪と再生——いずれも藤井作品の美学そのものだ。35mmの粒子が、失われた時間や人間の影を優しく包む。ここまでは完璧に近い。
ところが、大塚(ピエール瀧)が殺害されるあたりから、映画は突如として気圧配置が変わるように“別の映画”へと移行する。倉庫へ車で突入、突如の銃撃戦——この流れはどう見ても昭和・平成アクションの残滓であり、舘ひろしのフィルモグラフィーが持つ文化的記号を強制的に呼び起こしてしまう。これは監督の意図というより、舘という俳優が40年間積み上げてきた「身体の記憶」が画面を支配する現象だ。映画の文法が、叙情から暴力へ、静から動へと断裂し、その矛先が作品の芯を揺らしてしまう。
また、三浦(舘ひろし)がお金を調達するために安易に犯罪へ戻っていく展開も、やや物語構造として説得力を欠く。紡いできた再生の物語を自ら踏みつぶしてしまい、キャラクターの内的葛藤が端折られた印象は拭えない。幸太の義母(めぐみ)が、比較的まっとうな人物として描かれながら、12年間の間に疲れ果てた姿へ変貌している背景も十分に掘り下げられない。彼女が“時間に置き去りにされた人物”であることは伝わるが、その過程も物語の核心たりえたのではないかと感じてしまう。
幸太の車突入も同様で、情動の爆発としては理解できるが、絵面の問題としてどうしても平成アクションの文脈を呼び込んでしまう。観客は叙情映画として観ていたのに、突然“あぶない刑事”の劇場版のような絵面が目の前に現れるのだから、文脈の断裂は避けられない。これは藤井作品の「衝動ラスト」の悪い癖が出たと言える。作品世界が一度乱れ、その乱れを物語内部の必然性で回収しきれないまま“破れ目”として残ってしまう。
しかし、それでも本作が最終的に観客の記憶に残るのは、ラストのエンドロールにおける縦書きキャストの横流しだ。海を背景に縦書きテロップを左から右に流すというクラシックな手法は、日活や松竹の文芸映画の余韻を喚起し、散らかった文法を静かに統合していく。昭和の映画が持っていた「終わりの静けさ」を取り戻し、観客に「この映画は日本映画の系譜にある」という確信を与えてくれる。結果として、乱暴に見える後半のアクションも、昭和映画の記憶と接続することで、どこか許せてしまう不思議さがある。
『港のひかり』は、現代日本映画の抱えるアンビバレンス——叙情と暴力、詩情と脚本の粗、俳優の文化記号と作家の意図——が複雑に絡み合った作品だ。完璧ではない。むしろ綻びだらけだ。しかしそれでも、この港町に流れる光と風景が観客の心に残るのは、本作が“失われつつある日本映画の美学”を確かに掬い取ったからである。そういう意味で、この映画はやはり観る価値がある。
全163件中、61~80件目を表示
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