「可哀想な女の子をエンタメ化したゲスな映画」あんのこと 夢見る電気羊さんの映画レビュー(感想・評価)
可哀想な女の子をエンタメ化したゲスな映画
河合優実が出ている映画なので見ました。河合優実の演技力はさすがと言ったところ。河合さんだけは素晴らしい。ただ正直、佐藤二郎は過剰演技だったり、アドリブ風味なのであまり得意ではなく、正直見てても感情移入しにくかった。
肝心の話としても、身の上不幸な可哀想な女の子の不幸を描いているだけのもので、これをエンタメとして消化しようとしていることに怒りさえ感じる。
自死を選んだ理由も陳腐であり、映画を通しても理解不能です。新型コロナだから?というのは理由になりますか?
社会とのつながりをたたれて自死した方はたくさんいるけど、それ以上でも以下でもなく、なぜ映画にしたかもよくわからない。だったら、映画の世界だけでも立ち直るまでを描いてほしい。
正直、序盤から終始違和感のある描き方しかしない。取り調べでヨガとか意味不明だし長い。佐藤二郎が杏を抱きしめて大丈夫大丈夫というシーンも無駄に長い。大丈夫しか言わないし、そこまで時間かける意味なくない?記者が名刺を杏に渡すときも名刺の内容を見せない。観客に見せないなら名刺見せるシーン自体が不要では。杏のことを実の母親がママというとか、ややこしすぎる。母親がママって混乱するだろ。
ところどころが意味不明な演出で見ていて苦痛でしかない。
ここ最近見た中でもワーストクラス。
急に子供を預けられ、懸命に育ててた子供を児相に預けられたとして、なぜ自殺なのかもよくわからない。何もかも嫌になって、ってことなら今までだってあったじゃん。そこなの描き方があまりにさっぱりしてて、この映画としてそこを描きたいんじゃないの?って思うが、そこは観客任せなわけ?だったらそもそも映画を作る意味はあるのか?
ラストで子供の母親がアンの恩人ですとか言ってますが、はぁ?って感じですね。お前が子供を預けたのが遠因なのだから言ってみれば殺したも同然では?罪悪感持ってもおかしくないだろ。
何がしたいのか理解できない映画でした。
この映画は自殺した実在の女の子の話を元にしてますよね。その女の子に胸を張って、君のことを映画化したんだよ、って言えますか?女の子が目の前にいるとして、同じことを言えますか?
君の自殺を元にした映画を見たよ、とかでも言うんですか?僕には無理です。
そう言うことが言える人とは価値観が違いすぎるので、おそらく互いに理解することは不可能でしょう。
受け取り方は人それぞれなのだが、コメさんは見方を間違っているように感じました
私も映画を観るときに一つ一つに意味を求めてしまいますが、この映画はそもそもそういう映画ではないと思います
ただシンプルにある1人の人生に起こった出来事を描き、それを残したかったのだと思います
観客任せといっていますが、この映画はその通りだと思います
例えば母親が子供にママと言ってるのは分かりづらいと言いますが、実際にそう呼んでいたのかまでは分からないが、そう言っていたのならそれをそのまま表現しただけだと思います
そこに意味なんかないですよね
そこの答えを知りたいならその母親に聞くしかないですよ
ただおそらくですが結局追及したところで期待する答えなんて返ってこないと思いますよ
日常生活で何であの人はこういうことを言うのだろう?こういう行動するのだろう?と思ってもほぼそこに答え合わせ出来ない連続がほとんどだと思います
そしてそれが日常だと思います