「諸行無常」あんのこと U-3153さんの映画レビュー(感想・評価)
諸行無常
薬漬けになって自身を消耗品のように扱っていた彼女が更生していくように、更生の道を懸命に進んでいた彼女が、また薬に手を出したように、変わらないモノってこの世にはないんだなと思えた。
この事件を俺は詳しくは知らないけれど、彼女になんらかの面識がある訳ではないけども、今、とても情けなくて、悔しくて、腹立たしくて涙がこぼれそうである。
あんな親が現実にいるんだろうか?あんな境遇の子供が現実にいるんだろうか?
12歳で親に促され体を売り、程なくして薬を覚え、以降は生活の為に身体を売り続けてる。最終学歴は小卒なんだそうだ。
…俺に見えてないだけで、関わってないだけでいるのだろう。耳を疑うようなNEWSは毎日のように聞こえてくる。
ただ…この国には彼女のような境遇の人間を救済する場所があって人もいるのだと驚いた。
刑事は再三語りかける「お前次第だ」
彼女が手を伸ばせば、その手を掴んでくれる人達がいるんだ。
薬物更生のセミナーを個人的に開いている刑事
経歴を不問にして雇用する介護施設の社長
DVに苦む人達にマンションを無料で提供する人達
誰にでも教育を提供してくれる学校
全く接点がない人生だったけど、フィクションじゃない事を祈りたい。
変化していく彼女を見るのは喜びだった。
働いて報酬を得て質素な暮らしをしているであろう事が、彼女の衣服にもメークにも現れてる。
ようやく生活が安定しだし更生への道筋が見えてきた時期にコロナが始まる。
働いていた介護施設から暇をだされる。感染拡大を危惧する国からのお達しらしい。
馴染みの中華屋が休業を余儀なくされる。
刑事のスキャンダルを週刊誌がスッパ抜く。
隣人から子供を強引に託される。
不運が彼女を襲い連鎖していく。
子供を託された時、瞬時に厄介事になったと思った。コロナ禍で自分1人でも大変なのに、見ず知らずの子供の面倒までみる事になるのか、と。
虐待の連鎖が始まるのかと怯えてた。
でも彼女は母になった。
隼人君は彼女の支えになったみたいだった。
おそらくならば、友達も恋人も無条件の愛を注いでくれる親もいなかった彼女には、隼人は初めて「孤独」を解消してくれる存在だったのだろうと思う。
生きる理由を見つけた彼女は母親と再会する。
「バァちゃんがコロナになって大変なの。一度でいいから帰ってきて。お願い。」と泣きつかれる。
帰宅した彼女は隼人を人質にとられたような形になり体を売ってこいと脅される。
「稼いでこいよ!私らを殺す気か!」
…ひでえ親がいたもんだと腑が煮え繰り返る。
僅かな金を握りしめ朝帰りした家に隼人はいない。
「泣き喚いてうるさいから児相に電話したら、連れてかれた。」
彼女の何かが崩れた。
この親は彼女からどれほどの物を奪えば気が済むのだろうか?何一つ与えはしない。
1人の部屋で彼女は、また薬に手を出す。
更生の過程を記した日記を燃やす。何もかも無駄だったと吐き捨てるかのようだった。
そんな彼女が1枚だけちぎり取ったページは隼人のアレルギーの項目を記したページだった。
そして彼女は自死を選ぶ。
…やるせない。本当にやるせない。
自死を選んだ彼女を意思が弱いと責められるのだろうか?思うに、薬物に冒される人生は死よりも恐ろしいものなのだと思えてしまう。
隼人がいた人生を経験した彼女には、そう思えたのだろうと思う。
ふとしたキッカケで人生には躓く。
極めて不安定な一方通行の迷路を歩いてんだなと思う。世の中に救いようのないクズはいるが、彼女のような境遇の人に出会う事があるならば、先入観に振り回されるのではなく、ちゃんと見ようと思う。
余談ではあるが、
稲垣氏が演じた記者が「僕が記事を書かなければ彼女は死ななかったんですかね?」と泣き崩れる。
何を今更と呆れるし、そんな事を後悔するような記者は現実にはいないと思われる。
そんな正常な倫理観を持ってたら記者なんて務まらないんじゃないだろうか?
なので、今更善人ぶりたいのか?と呆れる。
情報提供者に身元がバレないようにするって言いながら、取材対象者には提供されたLINEの画面を見せる。もはや匿名ではなくなってるし、提供者にどんな危害が及ぶかわからない状態だ。
提供者にどんな危害が起ころうと責任をとる気なんて更々無いよね。
「問題提起をしただけです。後の事には責任を負いかねます。」そういう立ち位置だもんな。
昨今のマスコミの在り方には疑念しかないわ…。
良い事も悪い事も人が運んでくる。
人と深く関わらなければ、悪い事も起きにくい代わりに良い事も起こりづらい。
僕らはそういいう葛藤を日々抱えながら生きてるんだと思う。
俳優陣は皆様熱演だった。
主演の河合さんには本年度の俺的アカデミー最優秀賞新人賞を授与したい。
佐藤二郎氏と母親役の河井青葉さんには助演賞を。
偶然なのかもしれないけど、実母に話しかけられた隼人君が「いやいや」と首を振るカットがある。その仕草に杏の残り香を嗅いだ気にもなり、廊下でシルエットになる2人の後ろ姿に、選択されなかった杏と隼人の未来が被ったようで切なかった。