雪山の絆のレビュー・感想・評価
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生きることを諦めない
飛行機事故による雪山での遭難から、16人が72日間に及ぶ山中でのサバイバル生活の末に生還した実話を描く本作。
結末は分かっているのに、それでもこれで生存者がいることが不思議なくらい壮絶な描写が続きます。苦しい。先が見えない。考えること、生きようとすることを諦める方が簡単に思える状況でも、彼らは生きようとし続けた。
信仰心があったから?仲間と共にいたから?彼らも普通の人のはずなのに、理解を超える精神力に脱帽。
とにかく辛い2時間。見事でした。
生きる
アカデミー賞国際長編映画賞にノミネート
今から50年前の1972年に起きたウルグアイ空軍機墜落事故、
実話の映画化です。
チリに向かうラグビー選手団45名の搭乗した機はアンデス山脈の
氷河に墜落。
29名が生き残ったが、怪我の悪化で亡くなり更に雪崩が追い討ちを
かける。
雪崩で亡くなり生存者は19名程になってしまう。
食料は尽きる。
そして彼らがとった行動は亡くなった友人たちの遺体を
食べることだった。
5度目の映画化とのこと。
アンデス山脈は美しくそそり立ち気高いほど美しい。
山と山、尾根と尾根の隙間の僅かな空間に墜落した機体。
大雪原でクギ一本を見つけるように発見は無理でした。
60日近く経った日に与力の残っていた3人が下山を決行する。
一人は怪我で引き返して、二人はただただ歩く。
麓を目指していくつもの頂を超えてひたすら歩く。
10日間の命をつないだ食糧は、やはり仲間の肉片。
噛んで噛んで噛みしめて命を繋いだ。
チリの麓の緑に羊飼いがいた。
16名が助かった瞬間だった。
アンデスの山々は物言わず、ただそびえていた。
スペイン映画の巨匠J•A.・パコナによる構想から10年。
原作執筆から15年後の完成である。
極限の絶望の中で生き残るための61日間の戦い。
ラストでチリの羊飼いに出会う場面は、
ただただ嬉しかった。
生きる…
凄まじい映画だった。雪山で墜落し、救助も来ない、食糧は尽きていき、寒さと餓えが襲い、仲間も死んでいき、心身共に蝕まれていく。地獄だ。しかし、元々ラグビーチームだった仲間達が互いに支え合い、生きるためにもがいていく。食べるものが全くなくなり、相当悩み、自分をも恨んだだろう。死んだ仲間達の肉を喰らうことを決断する。生きるために。地獄だ。雪崩に機内で閉じ込められ、その間も怪我や病気で死んでいく仲間達。地獄だ。遠征組が人里に辿り着き、その後16人が救出されるが、生きることを確定させた瞬間、彼らは何を思ったのだろうか。彼らのその後が気になる。
ひかりごけ
どこまでリアルなのかは、
わからない。
ただ目が離せない。
実話ベースとはいえ、
描き方の技術が高い。
セリフをナレーションのように、使いながら、
展開するカット、シーンは、
淡々と進行する。
美しすぎる星々、
そびえるアンデスが
うらめしい。
マイナス20度の北海道で、
撮影した事がある。
本作は極寒の地で、
撮影していない事はわかるが、
演出、撮影、照明その他の、
技術が高いので気にならない。
また、別の作品、違う時期場所で、
ロケハン中に3時間程度、
10人弱で、
濃霧で、遭難に近い状況になった経験もある。
たかだか3時間程度でも、
道も状況も先が見えないのは、
かなりの極限状態になる。
その状況で、
日数を重ねる、
あるいは、
重ねている、
想像を絶する。
何キロも移動していたつもりが、数十メートルの同じ場所を、グルグル回っていた、、、と後でわかった。
『ひかりごけ』の三國連太郎の表情を思い出す。
人間ってすごい
1972年アンデス飛行機墜落事故
1972年に起きた飛行機墜落事故の映画化は過去にもあったが、果たして・・・。
懸命な捜索にも関わらず、アンデス山中ということもあり、発見されなかった。
しかし、二ヶ月近く経った頃、生存者が発見され、世界的なニュースとなった。
どうして食料もない環境で・・・となった。
自分だったらどうしよう・・・。
実話に基づくということで、現実離れしすぎでしょというツッコミに逃げ...
想像を絶するハードな作品だった
ネトフリ製作の功罪
1872年、ウルグアイのラグビーチームを乗せた飛行機が冬のアンデス山中に墜落。雪と氷に閉ざされた山中から生還した若者たちの、72日間のサバイバルを描いた実録ドラマ。
ネトフリ製作だけあって、アンデス山中ロケの迫力は圧巻。その分、極限の決断による例の食事シーンの描写はかなりマイルドに。
底知れないヒューマニズム
ウルグアイ空軍機571便遭難事故を扱った映画。
監督はゴヤ賞常連の名手J.A.Bayona。
Netflixの前告知を見たとき「あの事故をまた映画化したのか」という感じで意外な気がした。ウィキペディアで調べるとドキュメンタリーを含め5度映画化されていてこれが6度目になる。衝撃の実話ゆえモチーフにされやすい、とはいえ再々な感じは否めなかった。
ただし見始めるとすぐに疑問は吹っ飛ぶ。
むしろ「ウルグアイ空軍機571便遭難事故の真実」という感じ。
リアリティに徹しており、事故の壮絶さをほとんどはじめて知った。
imdb8.0。批評家からも支持され、すでに多くのレースでノミネートまたは勝利している。
昭和期はこの墜落事故を猟奇色で釣るのが主流だった。
つまりアンデスの遭難事件はVHSレンタルだったならルチオフルチとかマリオバーバの隣に並んでしまう映画だった。
それがこの雪山の絆を見たあとでは不謹慎に思える。
文字通り死者の肉が生者の命をつないだのであり彼らにほかの選択肢はなかった。が、映画が描き出すのはカニバリズムではなく、遭難者たちの底知れないヒューマニズムだった。
極寒の雪山で遭難し救援が絶たれる。
死者を食べながらいくつかの助かりそうな方策を試す。
雪崩がきて生き埋めになる。
ひとりまたひとりと死んでいく。
72日間。
果たしてそういうところでじぶんは正気を保てるんだろうか──と考えてしまう。
折しも地震があり、今なお瓦礫の下に行方不明者が何人もいる状況下、何か出来ることはないのだろうかと気があせる。何もできないのに気はあせる。もしじぶんの身に起きたなら──という仮定をしてさらに気があせる。
──そんな気分が雪山の絆を見ているときにもあった。
遭難者たちは皆、思いやりがあり慈悲深く、食べ物を分け合い励まし合い、協力連携しながらサバイバル生活をやりとおす。ときに談笑することさえあった。秩序を乱す者なんか一人もいなかった。
若く体力的な優位性もあったにせよ、内面がまるで聖人のごとくまっとうだった。それらは脚色だろうか。いや、16人が生存したのだ。存命者が監修に入っているのだ。
『製作者たちは、生存者全員との100時間を超えるインタビューを記録した。俳優たちは生存者や犠牲者の家族と接触した。』
(Wikipedia、Society of the Snowより)
だから余計じぶんにそんなことができるんだろうか──と考えてしまった。
リアリティと相まってトラウマチックな映画体験であり、比較するものではないが、ホラーなんかよりはるかに恐ろしい。と同時にじぶんを戒めたいような気分が沸き起こる。そんな状況でみんなと強調し扶け合いながらじぶんはやっていけるんだろうか・・・。そういう状況になったら彼らのようでありたいと思った。
他にも方法は?いや、無いか…
人間の生命力に感嘆!
アンデスからは即刻助けを求めに行かねば!絆なんか不要さ!
こう言った場合、一人でいればこう言った。悲劇は起らない。1972年の悲劇をなぜ蒸し返すのか?そっとしてあげるべきだ。そう思うが。
1972年僕が中二病真っ盛りの時に知る。事故については、本年正月の件があるので触れない。
話は『15少年漂流記』ではなく『蠅の王』である。
この事故の事は良く覚えている。ウルグアイの平均年齢は75歳。あの国と同じだ。さて、彼らはまだ生きている。それとも、あの国と同じ様に75歳で
10万円貰って死んでいるのだろうか?
僕はこの事故が起きて『助かった』と聞いた時。助かる迄の時間が長かったしたので、真っ先に『カニバリズム』の事が頭に浮かんだ。『アンデスの英雄』と言われながら、悲惨過ぎる状況なので、真実の有無を抜きにして、中二病の合併症で僕の心のトラウマになった。以来この話に触れた事が無かった。
一昨年にアンデスではないが、エクアドルのカヤンベ山に行った時もこの件は頭で考えるのを忘れて登った。日本に戻ってこの映画の存在を知って、アンデスの惨劇を思い出した。だが見るに気にはならなかった。
だがしかし、昨年『子宮に沈める』と言う映画を見て、暫く振りに『カニバリズム』の件を思い出し、この映画を見る事にした。20歳そこそこの青年なので、彼らの行動をどうのこうのと言えないが、僕の年齢であれば、下山を試みる。ひたすら下山を試みる。それでこそ生きる為の試みをしたと言えるし、それで成功すれば本当の英雄にもなる。これが生き延びた苦労や努力と言うなら、『カニバリズム』をする勇気になってしまう。生き延びた人達を非難するつもりはないが、英雄ともてはやす事はしたくない。
『子宮に沈める』の鑑賞に付いてふれたが、取り残された姉は何も食べる物が無くなっても我慢をした。つまり、人間の本性は『カニバリズム』を許していないのだ。
何日間かして初めて下山を試みるが、それが間違いだと思う。
食欲に支配された状況で、愛とか絆は存在しない。食料を探し、分配した後即刻自由解散すべきである。こう言った場合、絆とか民主主義はあり得ない。独りで生き残る事を考えるべし。
絶対に食べたくないし、食われたくない。生き残れなくても、ひたすら、孤独をひた走りたい。
あと、41分、結承転転◯で、やっとこさ下山する気になるなり。勿論、越境と下山の2つルート取るべきだ。あと、30分。
全く緊張感の存在しない言い訳の様なストーリー展開。
ほらね。やっぱり。“おら”の判断は間違っていなかった。もっと早く出かけていれば、本当の英雄になれたと思う。
演出としては、ロザリオを首から下げたままの食事はすべきではないと思った。
『生きる』に対する尊嚴が、PLAN75を許す大和民族と同じになってしまっている。キリスト教のカトリック教徒では、代わりに『キリストが食される』わけだから、絶対的なタブー。それを『正当化する』若しくは『肯定的に描く事』は絶対的なタブーと思うが。
しかし、PLAN75で自己犠牲もやむを得ないとする民族が、何故生き抜く事に感動出来るのか?それが理解出来ない。少なくとも大和民族は、皆が『食べて欲しい』になると思っていた。
要はホロドモールの様な場合はどうするかだと思うね。人為的な飢餓をどうするか?だと思う。
もうひとこえ欲しかった
「自分だったら」を突きつけられる
生きてこそ
1972年10月13日、ウルグアイのラグビー選手団を乗せチリに向かっていたチャーター機がアンデス山脈に墜落。72日間に及ぶ想像を絶するサバイバル…。
悲劇の事故であり奇跡の生還劇とも言われるこの実話は、1993年の『生きてこそ』や幾度も映画化やドキュメンタリーになっている。
今回スペインで(アメリカ・ウルグアイ・チリ合作)J・A・バヨナ監督が新たに映画化。
まだゴジラやドラえもんなどの映画しか見ていなかったあの頃、初めて見たと言っていい“実話サバイバル映画”が『生きてこそ』だった。なので、今でも印象に残っている。
それを新たに映画化するのだから、興味惹かれない訳がない。配信を楽しみにしていた。
一部劇場でも公開されているらしいが、劇場大スクリーンで見たかった…。
『生きてこそ』を見ていたので、事故の概要、そこで何があったか、生還まで分かっている。それでも見入ってしまう。
やはり事故~サバイバルが見所。それを製作側は分かっているようで、蛇足や冗長になりがちな導入部のドラマを極力省き(でも簡素に纏めている)、早々と展開。
アンデス上空に差し掛かった機。激しく揺れる。
ただの揺れじゃない。その恐怖と不安は的中した。
機はコントロール不能に。山に衝突し、機体は真っ二つに…。
機内の惨事。頑丈な座席は玩具を壊したかのように前方に押し出され、座っていた乗客のやわな身体などぺしゃんこ。
簡単に書いたが、それがどんな恐ろしい事か…。飛行機や電車の事故で、中でどんな惨状になっているか…。ふと、2005年の痛ましい脱線事故を思い出した。
多くの乗客が死亡。即死。
が、助かった者たちも。生死を分けたのは何なのだろう。座席の位置…? 運…?
墜落という惨事から生き残った彼らを待ち受けていたのは、別の惨事であった…。
極寒の雪山。身体を刺すような寒さが襲う。
墜落時の負傷。手当てもままならない。
サバイバル最大の難題。水と食糧。
水は雪から得られるが、食糧は…。備蓄もあっという間に底を付く。
人は水だけでも暫く生きられるというが、この場合状況が違う。寒さに体力が持たない。何か食べないと、皆…。
そうこうしてる内に、一人、また一人…と命を落としていく。
彼らが下した決断と選択は…。
かつて『生きてこそ』を見た時も衝撃だった。
死んだ人の肉を食べる。
何も極限状況下のサバイバルでの食人はこの事故だけじゃない。日本でも『ひかりこげ』という映画になった海難事故があった。
生きる為には仕方ないかもしれない。が、究極なまでに苦悩する。躊躇する。拒む。
意見が分かれる。
人が人を食べたら、人じゃなくなる。
後もう少し待とう。救助が来るかもしれない。
そんな倫理観や望みの無い期待を待っている余裕はない。
食べなきゃ死ぬんだ。生き残る為なんだ。
彼らは食す。が、徹底して拒む者も…。
私だったらどうだろう…?
食べられるか…? 食べたのがもし友人だったら、それに耐えられるか…?
この事故に於いて特に衝撃の出来事だが、それメインではない。
何としてでも生還する。
彼らの“生”へのヒューマン・ドラマになっている。
やはり若者たち。晴れた日には辺りを散策。自力での生還を試みる。
こんな状況下でも、自分やお互いを勇気元気付けるようにバカ話でもして笑い合う。
ある時、ヘリが。探してくれている。発見される。決してその望みを捨てない。
こういう時、地上からはヘリは見えるが、遥か上空のヘリのコクピットからは地上の豆粒のような人は分からないという。
結局救助のヘリは来ず…。
そして追い討ちを掛ける事が。
ラジオから、捜索打ち切りの報せ…。
これからここアンデスは捜索困難な季節にもなるが、もう彼らは生きてはいまい。死んだ可能性の方が高い。
それを聞いた彼らの絶望感…。
俺たちは、ここにいる。生きている。
それが見えない。聞こえない。
世界から見離されたも同然。
悲劇はまだまだ彼らを奈落の底に突き落とす。
晴れた日は外に出れるほど比較的穏やかだが、一転して吹雪の日は…。
忘れちゃいけない。ここは、極寒の雪山なのだ。
機内で押しくら饅頭のようにして寒さを堪え忍ぶ。
その時、不穏な轟音。
それは、雪崩だった。
機体を飲み込む。皆、雪の中に生き埋め。
何処まで彼らを苦しめるのか…?
この雪崩と生き埋めでまた多くが命を落とす。
すでに1ヶ月近く。何とかここまで生き延びたというのに…。
それでも、それでも、生存者は雪の中から這い出る。
死んでなるものか。
1ヶ月以上も過ぎた。
もう本当に限界。いやもう、限界もとっくに過ぎている。
ここでこのまま死んでいった者たちと同じく死んでいくのか…?
いつ再開されるか分からない救助を待つのか…?
いやそもそも、救助自体再開されるのか…?
現状を変える唯一の方法はやはりこれしかない。
自力での生還。
体力がまだある者がこの雪山を越え、西へ。チリを目指す。
もし、辿り着ける事が出来れば…。
無論、容易い事でも絶対的な望みもある訳ではない。
下手したら…。
でも、誰かが行くしかない。
決断した3人。出発。生存者の命を背負って。
残った者たちは3人に命を託して。
スマトラ沖地震を題材にした実話サバイバル×ヒューマン・ドラマの『インポッシブル』で名を上げたJ・A・バヨナ監督が本領発揮。
墜落時の緊迫感溢れるパニック描写、雪崩時の閉塞感、絶望的状況下のリアリティー…見る者を圧する臨場感と迫力の演出。
アンデスの雪山群。過酷で恐ろしくあるのに、スケールと景観にも魅せられる。
キャストは皆知らないが、アンサンブル熱演。
J・A・バヨナ監督のキャリアベストの一本。あの恐竜映画が代表作じゃない。
実に72日目。
乗員乗客45人の内、生還したのは16人。
半数以上が…。
それでも16人が生きて還ってきた。
夢にまで見た家族や恋人との再会。
果たせなかった死亡者や遺族の無念を忘れてはならない。
映画は生還と再会で一応のハッピーエンドとなるが、実際は食人が議論の的になったという。
何が一番重要か。そんなの誰でも分かる筈だ。
その揚げ足を取る輩がいるのも事実。
素直に喜べ。彼らの尊い命を。
印象的なナレーションは生存者ではなく、命を落とした友。
友たちに語り掛ける。
生き延びた理由は…? 意味は…?
それは当人たちにしか分からない。
生きていく上で見出だしていく。
見る我々も。
『雪山の絆』というタイトルも悪くないが、同題材の別映画のタイトルをレビュータイトルに。
生きてこそ。
本当にそうだと思う。この悲劇に見舞われた彼らにとっても、今を生きる我々にとっても。
生きてこそ。
2024年、早くもベストの一本に推したい。
全55件中、21~40件目を表示