劇場公開日 2024年7月26日

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「地震のあとで」めくらやなぎと眠る女 かなり悪いオヤジさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0地震のあとで

2025年4月5日
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「かえるくん、東京を救う」「バースデイ・ガール」「かいつぶり」「ねじまき鳥と火曜日の女たち」「UFOが釧路に降りる」「めくらやなぎと眠る女」ハルキムラカミの短編6編をうまく融合させた本アニメの構成は、濵口竜介監督の『ドライブ・マイカー』と同じだ。ついでに言わせていただければ、上記6編とも2011年前に上梓されているにも関わらず、このフランス人アニメーターは東北大震災直後の日本を舞台にした物語にわざわざ置き換えている。濵口が『ドライブ・マイカー』の後半舞台を“ヒロシマ”に設定した意図を真似てのことだろう。

ハルキ文学の場合映画化権をNHKががっちり握っているらしく、どうも短編作品の方が許可が降りやすいという裏事情もあるらしいのだ。作家がノーベル文学賞を意識しだして以降、特に🇮🇱を口撃する左翼的発言が増えたものの、根はノンポリ志向であり、本アニメの主人公小村(磯村勇斗)同様“空気のかたまり”のごとく中身は空っぽなのである。ピエール・フォルデスにしても濵口竜介にしても、複数の短編エピソードを接着させる要として、日本人の深層トラウマに今尚影響を与え続ける震災や原爆が必要不可欠と考えたのではないだろうか。

銀行に勤める小村は上司からリストラ対象であることを告げられ、その妻キョウコ(玄理)は震災ニュースを5日間テレビで見続けた後突然失踪する。小村と同じ銀行に勤めるさえない中年男片桐(塚本晋也)は、仕事に忙殺される毎日を過ごす典型的社畜行員である。その片桐のマンション部屋に突如として現れたカエルくん(古舘寛治)から、東京を救うため大地震を起こそうとしている怒れるミミズに対して一緒に戦ってくれないかと依頼を受ける片桐だったが....

カエルくんが煮え切らない片桐に対して、ニーチェやアンナ・カレーニナ、ヘミングウェイを引用して、ちょいズレ説得をするシークエンスが実に面白い。古代ギリシャを起源とする哲学やヨーロッパ文学に関して作家はほとんど素人レベルだそうなのだが、小学校から哲学を教わっているフランス人らしいエスプリの効いた突っ込みであろう。原作短編では「闇の中でみみずくんと闘いながらドストエフスキーの『白夜』のことをふと思いだしました」とカエルくんは言ったらしいのだが、本当に読んだことあるの?とカエルくんならずとも作家に訊ねたくなるのだ。

私はハルキムラカミの原作短編を読んだことがないのでなんともいえないのだが、原作同様に登場人物たちに与えられたミッションの中身が謎のまま放置されているのではないだろうか。友人から小村が預かった“小箱の中身”、キョウコがレストランのオーナー(柄本明)に叶えてもらった“望みの内容”、焦げ付きそうになった7億円の回収に成功した片桐が上司から告げられた“ご褒美”とは一体なんだったのだろう?普通の小説のようにあえて明らかにしないところにハルキ文学の良さがあるのさ、とハルキストはそれを評価するのかもしれない。

監督ピエール・フォルデスは、主要登場人物以外のエキストラを半透明の幽霊として描写することによって、そういった物事の核心からあえて目をそらそうとする戦後日本人の病理を描こうとしたのではないか。あえてオチを着けないストーリーテリングによって、(ハルキストに代表される)核心周縁の些事にばかり執着する日本人の性癖を鋭くついているのである。重要なことは“目に見えない”ではなく、“見えているのに見えないふりをしているうちに本当に見えなくなってしまった”メンヘラ気質の国民性を評して、本アニメを“めくらやなぎと眠る女”とタイトリングしたのではないだろうか。フランス人らしいまこと辛辣なタイトルである。

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かなり悪いオヤジ
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