「バベルのアパート」コンクリート・ユートピア 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
バベルのアパート
高度経済成長期、団地住まいは庶民の憧れの的だった。三種の神器を揃え、近代的な暮らし。
時は流れ発展し、日本中あちこちにアパートやマンションが建ち並ぶ。統計によると、持ち家の方が理想のようだが、アパート/マンション暮らしも人気が高い。今その最たるは高級タワマンだろう。
映画でも団地やアパートやマンションを舞台/題材にした作品は結構多い。一つのジャンルになってるくらい。
そんな“集合住宅映画”が新たに一棟、韓国に建造。
平凡な人間ドラマだけではなく、時に『アタック・ザ・ブロック』や『団地』など風変わりな集合住宅もあるが、さすが韓国、こちらも例外に漏れず。
そのインパクトたるや、大天災が起きたって倒れない…?
突如、世界を襲った未曾有の大天災。韓国ソウルも壊滅。ただ一棟だけは…。
唯一倒壊しなかったファングン・アパート。どんな耐震構造…?!
難を逃れた住民たちは暮らしを続けるが、行き場を失った人々が大挙押し寄せ…。
開幕いきなりの大天災。一体、何が…?
原因については一切説明されず。まあ、それがメインのディザスター・ムービーではないので。
しかし、何が起こったのか分からない状況、大災害シーン、廃墟と化した光景など高クオリティーのCGを駆使し、ディザスター・パニックの醍醐味もそれとなく。
唯一無事なアパート。そりゃあ当然、誰もがそこに群がる。が、住民たちは…。
言うまでもないトラブル続出。不法侵入、盗み、放火、殺傷事件…。
このエグい人間模様、やっぱり韓国…と言ってられない。もし本当にこんな状況になったら、何処の国でも起こり得る。日本だって。
危機感を抱いた住民たちは、ルールや代表者を決めて、ここでの暮らし死守する事に。
が、韓国映画。それが“真っ当”に守られる事が無いのは明白。
アパートの住民以外は追い出す。出て行け! 頼ってきた親戚も例外ではない。
外と隔てるバリケード。
アパート住民は代表者の他に、それぞれ役割分担も分ける。防犯、物質探し、医療や保健。
限られた水・食料も配給制。徹底管理。
暮らしや皆を纏める代表者。選ばれたのは…
902号室に住む男、キム・ヨンタク。
これと言った取り柄もなく、誰…? 何してる人…?
誰も知らないような男だけど、放火が起きた時、果敢な消化行動が買われて。
アパート住民が平穏に暮らせる“ユートピア”を目指す。
イ・ビョンホンがスターオーラを一切消した地味で目立たぬ男の成りきりぶりは凄い…!
でも、彼がずっとそんな役でいる筈はない。
皆を率いるTHEリーダー!…否。
一人に権力が握られた時…。
その変貌ぶりこそ、イ・ビョンホンの実力の見せ所。
“ユートピア”を築くが、それはあくまでアパート住民だけに限って。部外者は追い出し、“ゴキブリ”呼ばわり。
住民の中に、外の人たちを匿う者も。徹底詮索。見つけた“ゴキブリ”は当然追い出し、匿った者には罰を。
何だかその光景が、ナチスドイツや『アンネの日記』を彷彿した。
アパート住民は外の人たちを“ゴキブリ”と呼ぶが、物質調達の為に外へ。
略奪。時には…。
社会の縮図のアパート。人や社会は必ずピラミッド型やヒエラルキーを造る。
その様は序盤は風刺やブラックユーモアあるが、次第に恐怖と狂気帯びてきて…。震撼せずにいられない。
イ・ビョンホン主演だが、602号室の若い夫婦、ミンソンとミョンファが実質主役。
何より妻や暮らしの為に。ヨンタクから防犯隊長を任され、彼に傾倒。“梨泰院”から越してきたパク・ソジュンが葛藤に挟まれる。
どんどん異常になっていく“ユートピア”暮らしに疑問。アパート住民のみならず他者を思いやる役柄とパク・ボヨンの魅力あってこそ、地獄の中のオアシス。
何かと仕切りたがる婦人会長、事無かれ主義、善意者は省かれ…韓国陰サスペンスは裏切らない。
偽りのユートピア。遂にそれが崩壊する時が…。
903号室の住人、ヘウォン。大天災時外におり、地獄を経験。奇跡的に生き延び、アパートに戻ってくる。
外も地獄だが、アパートも地獄。異常なルールと暮らしに嫌悪感を…。
だが何より驚いたのは、隣人。冴えなかった男が皆を統制する代表に…じゃない。だって、違う人…。
902号室の“キム・ヨンタク”。本名は“モ・セボム”。アパートの住民ではない。本物のヨンタクに金を騙し取られ、そのせいで暮らしに困り、妻子とぎくしゃく。902号に押し入り、本物のヨンタクと揉み合っている内に…。その時、天災が。何もかも失ったセボムはヨンタクに成り済まし…。
ご近所付き合いが希薄な昨今、集合住宅住まいも例外ではない。隣は何をする人ぞ?
よく知りもしない人を代表に祭り立てる皮肉。
選ばれ、支配者になっていく方も狂気だが、選んだ方も異常。
ミョンファとヘウォンの告発により素性がバレる。
“ゴキブリ”は追い出せ!…それが皮肉にも自分に。
俺がこの“ユートピア”を作った!
未だ彼に下る者、追い出そうとする者。アパート住民たちの中で衝突。ルールとユートピアの醜い末路…。
そこに、外の人たちがバリケードを壊し、一斉襲撃。
世界は壊滅した。いよいよこのアパートも。人のモラルすら崩壊…。
全く、人は愚か…。
そう言っている人物こそ愚かかもしれない。
もし、こんな状況になった時…。自分だったら…?
理性を保てるか。長いものに巻かれやしないか。異常さに断固として立ち向かえるか。
自信ない。
東日本大震災時、私も水や食料を買い込んだ一人だもの…。
大混乱の中、ヨンタクは負傷。家に帰って休む…と、902号室で息絶える。
人の醜悪な部分を見せつつ、犠牲者でもある。哀れさも…。
ミンソンも負傷。ミョンファと共にアパートを去り、外へ。
何もかも廃墟と化した外=地獄。“ゴキブリ”が蠢く。
ファングン・アパートは高級アパートではなく、ごくありふれたアパートであった。故に周りの高級アパートやマンションから見下され…。
あの大天災で周りが全て倒壊し、立場逆転。見下していた連中を自分たちが“ゴキブリ”と呼ぶ。何だか格差の虚しさを感じる…。
傷は深く、ミンソンは…。彼も不憫な犠牲者だ。
たった一人残されたミョンファ。
そんな彼女を助けたのは…。地獄とゴキブリの中にも。
地獄で蠢いていたゴキブリは、自分たちの方だったのだ。
そんな彼らも“普通の人”だった。
エゴ、欲、権力…。人は一変する。
踏み留まり、それに気付いた者は、救われる。