劇場公開日 2024年3月1日

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「愛はその方向が相手に向いていないと愛とは言えない」52ヘルツのクジラたち 根岸 圭一さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0愛はその方向が相手に向いていないと愛とは言えない

2024年11月16日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

 『八日目の蝉』の成島出監督の映画ということで興味を持ち鑑賞。

 今作は『愛』をテーマにしていると思う。『愛』というのは『相手の幸せを願う気持ち』のことだ。特に恩人の安吾は、貴瑚を彼女のヒステリックな母親から守ったり、父親の介護から彼女を解放するために奔走したりと、彼女の幸せを本気で願い、行動に移していた。自分のことではなく、相手のことをこれだけ考え動ける人間はそうはいない。だから、安吾の貴瑚に対する愛は本物だ。

 それに対して恋人の新名は、貴瑚の幸せを願っているように見えて、実は自分のことしか考えていない。とにかく高級な食事、住まいを一方的に与えればそれが愛だと考えている。この時点で嫌な予感がしていた。この男の安吾と会ったときに見せた攻撃性や束縛の強さから、その本性が既に垣間見えていた。安吾の予想した通り、新名は貴瑚を不幸にした。新名に起こった事件が無くとも、貴瑚を不幸に陥れただろう。なぜなら、新名が幸せにしたいのは貴瑚ではなく、本当は自分だけだからだ。彼の攻撃性や束縛の強さは、自分だけを見ていてほしいという気持ちの表れで、結局自分のことしか考えていない。つまり、愛というのは、その方向が相手に向いていないと愛とは言えないんじゃないだろうか。

 今作は、母親、虐待されている少女、恩人、親友、恋人といった様々な登場人物と貴瑚との関係を通じて、『愛』というテーマがよく描けていた。

根岸 圭一