「手持ちカメラ撮影と寄せアップ長回しが多過ぎる」52ヘルツのクジラたち keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)
手持ちカメラ撮影と寄せアップ長回しが多過ぎる
介護、ヤングケアラー、育児放棄、児童虐待、DV、性同一性障害・・・、現代社会が抱える社会問題をふんだんに盛り込んで突き付けてきて、ここまで深刻に提起されてくると、私は率直に言って顰蹙してしまいます。
人と人との間の葛藤や、それを癒す絆がストーリーの主軸ゆえに、専ら二人から数人での会話ややり取りによって物語が進行します。ただ特に二人のシーンは密室が多く、ほぼ全シーンが手持ちカメラによる微妙な揺らぎでの寄せアップの切り返しが多用され、また揺らぎながらのトラッキングの長回しが繰り返されますので、観ている方は船酔いするような感覚になって落ち着かず、非常に疲れます。
杉咲花扮する主人公の貴湖を含め、その素性や生い立ちは分からせないままに、彼女の周りの人物、特にキーとなる志尊淳扮するアンさんの不可思議さを漂わせるというサスペンス性を仄めかして、観客を惹き付けていきます。
カメラの目線は終始、貴湖の一人称で進むので、観客には彼女以外の周囲の人物は常に謎めいて見えます。謎を深めるために時制を行き来して描き、現在に至る主人公の謎を明かしていくのですが、少しずつ明らかになるその生き様、そして彼女が幸運にもつながった人々の優しさと、一方で各々が抱える苦悩、人が生きていくということの重さ、辛さ、厳しさが強く印象に残ります。
映画をリードしていく杉咲花の演技力は今作でも秀逸で、全くの他人事ながらつい感情移入してしましました。
現代人の、実は孤独な心象。そこでは他人には聞こえない心の内の声の叫びが繰り返されながら、その声を聞き取り、自分事として受け留めてくれる人に巡り合えるかどうか、確率の低い偶然でしょうが、それが人にとって何よりの幸福であり、人は一人では決して生きていけないのであって、将に人たる所以である、と作者は言いたいのかと思えます。
但し、登場人物たちが抱える諸々の現代的な問題は、幸か不幸か私にとっては実感は持てず、私は、本作は、災厄と悲哀に襲われ続ける不幸な女の生き様を描き、最後に己と似た境遇の少年を救うことにより、人生の脱皮を図り新たな歩みに進もうという希望の道すじを示した作品かと思えます。
ただ残念ながら、前述のように私にとっては映像に癖があり過ぎること、そして何より映画は観終えた後に何らかの満足感、充実感、幸福感を得られるものであって欲しいのですが、本作はあまりに深刻で重々しくて、個人的にあまり高評価は出来ません。