コラム:湯山玲子 映画ファッション考。物言う衣装たち。 - 第9回

2026年2月8日更新

湯山玲子 映画ファッション考。物言う衣装たち。

クイーンダム 誕生ジェナ・マービンと対談、ジェンダーと社会性を考察

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湯山玲子さんが映画とファッションを考察するコラム「湯山玲子 映画ファッション考。物言う衣装たち。」。今回はそのプルアウト版として、女装、つまり誇張した女らしさや性表現でパフォーマンスを行うドラァグクイーンについての考察インタビュー。ある意味、ファッションの力を極限まで推し進めた存在は、その突出した存在は、ファッションの可能性と、その根底にあるジェンダーと社会性について様々に問題を投げかけていきます。

取り上げる作品は、LGBTQ+の活動が弾圧されるロシアに現れたクィア・アーティストのジェナ・マービンを映したドキュメンタリー「クイーンダム 誕生」(公開中)。

本作のアジア初公開を記念し、本コラム特別編として来日したジェナと湯山さんが対談。唯一無二の「全く新しい発想の存在を目指している」というジェナの生き方に湯山さんが迫ります。

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湯山:映画を拝見して、まず驚いたのはジェナさんの若さです。世界的にドラァグクイーン文化がワールドワイドに一般化したのは、2009年頃にスタートした「ル・ポールのドラァグ・レース」というアメリカのTVリアリティ番組がきっかけでしたが、それらを容易くキャッチする環境にはなかったはずのあなたが、なぜ単なる「女装」ではない「ドラァグクイーン」という表現を知ったのでしょうか?

ジェナ:地元のマガダンは、本当にロシア極東の田舎で、もちろん、そういった情報は全く入ってきませんでした。ダンスやバレエのようなオーソドックスなものに触れる教育はあり、それらのレッスンは受けてはいたんです。ドラァグの文化を知ったのは、18歳でサンクトペテルブルクに移住してからですね。それで大きく自分の表現の方向が確定したのです。自分がやってきたダンスや歌とは違う、まったく別であり、かつ圧倒的な表現力に、強く惹かれていきました。

もちろん、最初は既存のドラァグのスタイルを模倣することから始めましたが、すぐに自分なりの個性を出すことに集中していきました。女装自体は、実はお茶の間レベルで人気を博していたキャラが、ロシアにはいたのです。2000年代にヴェールカ・セジュチュカという、女装コメディアンが大ブレイクして、ユーロビジョンに出場するほどの文化的象徴でした。

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湯山:日本におけるマツコ・デラックスさんのような、大衆的なアイコンだったのですね。実はドラァグや女装に関する世間のタブー感は、お笑い、コメディーから風穴が開くことが多いのです。ところで、ジェナさんのスタイルは、例えば、マリリン・モンローのようなとても女性的なアイコンのようにふるまうという方向ではなく、ものすごくアーティスティックですよね。いつ頃からそういったスタイルに目覚めたのですか?

ジェナ:とても良い質問をありがとうございます。私の方向性は、テレビ的な面白さや、あるいはマリリン・モンローのような女性らしさの極致を目指すものとは少し違っていました。

実は、私も最初は派手なドレスを着てクラブで仕事をしていた時期もあるのです。ドラァグクイーンは「女性を超えた女性であるべきだ」という考えもあるので、そのようなドレスやヘアスタイル、ボディラインも意識していました。でも、ステージを終えて家に帰るたび、この豪華なルックに見合う「本質的な中身」は何なのかと自問していたんです。

湯山: そこから、よりアーティスティックな方向へ向かったのですね。ジェナさんの白塗りは日本の舞踏も想起させますが、ご存じだったのですか?

ジェナ: 顔を真っ白に塗り、要素を削ぎ落とし、ニュアンスだけを残すような表現は自然と行ったものです。表情を消し、「無(む)」に近づくメイクを始めたのは、ロシアにいた頃の自分自身のひらめきでした。その後、フランスで出会った中国人アーティストから「それは(日本の)舞踏のようだ」と指摘され、初めてその存在を知ったのです。そして、いろいろと調べてのその哲学と表現を知り、「これこそが自分の求めていたニュアンスだ」とも思いました。

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湯山:アグニア・ガルダノバ監督の手腕も見事だと思いました。映画の中で「ロシアは巨大な監獄のようだからうまく回っている」という言葉がありました。もしかしたら、実際の言葉と日本語の翻訳が異なるかもしれませんが。過酷さを知りながらも、そこで生きていくことをどう捉えていたのでしょうか?

ジェナ:直接にそのようには発言していませんが、比喩的には間違っていません。ロシアが大きく変わったのは、ウクライナ紛争以降なのです。もちろん、映画に描かれたような周囲の無理解みたいなことはありましたが、かつてはある程度の自由もあり、それほど意識せずに生きてきました。私が育ったマガダンは、かつての強制収容所「グラーグ」の中心的な町でした。この映画の撮影がきっかけで、監督のアグニアとともに様々な場所を訪れ、拷問や死の歴史を肌で感じたことで、この国が過酷な場所であるという自覚が決定的なものになりました。スターリン時代の 粛清については、学校でも一応習うのですが。マガダンとヴォルクタ、エカテリンブルクを結んだ土地は「悲しみの三角形」と呼ばれています。映画の撮影は、私にとっての「目覚め」であり、ロシアという国をシビアに理解し、また、ロシア人である自分探しの旅でもあったのです。

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湯山:ドキュメンタリー映画という表現は、撮る側がその撮影を通してどんどん変化する記録でもあります。ありきたりのドラァグクイーンではなく、もうちょっと何か本質的なものを求めようとした時期に、映画撮影がシンクロしたのは非常に興味深いです。

そういえば、ジェナさんの周囲には、常に助けてくれる女性たちがいますね。マッチョで男らしさに拘る男性がまだまだ大多数のロシアという国の女性たちの在り方を考えさせられるところがありました。彼女たちの包容力は、「所詮男なんて、奥さんの掌の中で遊んでいるようなもの」という男尊女卑に関するきれい事の言い換えにも例えられる話でもあるのですが。

ジェナ:その通りです。幼少期から女の子の遊びを好み、思春期に体が変化して周囲の男子から暴力を受けるようになったとき、私を受け入れてくれたのは女性たちで、私も自然と女性の側に居場所を求めるようになりました。家庭でも、強権的な祖父を、祖母がいつも柔らかく取りなしてくれました。ロシアは女性がいなければ成り立たない国です。

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湯山:少し話は変わりますが、日本の伝統芸能でいうと、歌舞伎には、男性が女性を演じる「女形」の存在があります。

ジェナ:歌舞伎については、詳しくありませんが、とても興味深い存在だと思っています。男性が女性を演じることが、単なる代替ではなく、一つの様式として高度に発展している点は、ドラァグとも重なる部分がありますよね。自分がやっていることも、「女性になる」ことではなく、身体を通して別の存在や感覚を立ち上げる、という点では近いと思います。そう考えると、伝統芸能と現代のドラァグやパフォーマンスは、時代や場所は違っても、どこかでつながっているのかもしれません。

湯山: ウクライナ侵攻を経て、ロシアはまるで違う国になってしまいました。現在はフランスを拠点にされていますが、これからの活動についてはどう考えていますか?

ジェナ:ウクライナ侵攻を境に、ロシアはまったく別の国になってしまいました。侵攻前には幸せだった記憶もありますし、友人たちと自分の思いを語り合うこともできました。もちろん、ロシアの芸術や文化は今でも愛しています。ただ、歴史から学ぼうとしないところは、最も醜い部分だと思います。

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湯山:ロシアのバレエや現代演劇は本当に素晴らしいですよね。

ジェナ:バレエも習っていましたが、差別や嫌がらせが激しく、またチケットも高価で、限られた人のものになっている現状がありました。専門学校では舞台芸術を学び、ある時「自分の自殺をテーマに作品を作りなさい」という課題を出されたんです。それが、大きな突破口でした。

最初は正直、他の学生たちも含めて、みんな驚いていました。でも自分の中では、不思議と拒否感はなくて、「そういう道もあるんだ」と感じたんです。その課題に取り組むにあたって、家で何度も体を動かして練習する、ということはほとんどしませんでした。むしろ、頭の中でずっと動きを回し続けていました。こういう動きになる、次はこうなる、と想像だけを重ねていったんです。

そして発表の日、初めて音楽をかけて踊りました。その瞬間、自分の体が勝手に、不思議なくらい自然に動いたんです。今までの訓練や型とはまったく違う感覚で、体が表現そのものになった。その気持ちよさ、その解放感は、今でもはっきり覚えています。

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湯山:それは本当に素晴らしい教育の成果ですね。今後はより演劇的な表現の方向に進んでいくのでしょうか? ドラァグクイーンという枠に限らず、表現者としてはどのように活動していきたいと考えていますか。

ジェナ:ドラァグクイーンとしての活動は続けますが、それだけにとどまるつもりはありません。自分の中では、ダンス、演劇、パフォーマンスが分断されている感覚はなくて、すべてが同じ表現の延長線上にあります。

現在はフランスのアーティスト・レジデンスなどで新しい劇団とのコラボレーションを模索しています。フランスでは、ロシアとはまったく違うドラァグシーンに出会いました。一番大きく感じたのは、即興性と連帯感です。彼女たちは、個人で完結している存在というより、コミュニティとして動いているんです。周りで起きている社会的な出来事や問題についても、みんなで話し合って、共有している。孤独な存在ではないという感覚が、すごく強いのです。

湯山:ちなみに、ファッションについても少し聞かせてください。普段はどんなスタイルがお好きなんですか?

ジェナ:ごちゃ混ぜですね。あんまり綺麗すぎない方がいい。整いすぎていない感じが好きです。

湯山:SNSではかなり注目されていますよね。映画の中では「どうやって食っていくんだ」と言われていましたけど、今はSNSの時代で、活動の場も広がっているように見えます。SNSで発信力を持つ今の時代、経済的なチャンスも広がっているのではないですか?

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ジェナ:確かにSNSは不可欠ですが、煌びやかな姿を見せる裏では多大なエネルギーを消耗しており、楽な道ではありません。私は大衆に囲まれることよりも、限られた人々に深く届くパフォーマンスを優先したいと考えています。既存の枠組みからかけ離れた、今までのドラァグクイーン像から少し距離を取って、新しい発想の存在になりたいんです。

短いパフォーマンスを次々と消費されるよりも、時間をかけて、場所と関係を結びながら作品を育てていく。そうした環境の中では、ドラァグという形式を使うこともあれば、使わないこともあると思います。その中で生まれる変化や揺らぎも含めて、作品にしていきたいですね。

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<作品あらすじ>
 モスクワから約1万キロ離れた極寒の田舎町マガダンで祖父母に育てられた21歳のジェナ・マービンは、幼い頃から自身がクィアであることを認識しており、保守的な町で暴力や差別の標的にされてきた。その痛みやトラウマをアートへと昇華させたジェナの芸術性はSNSで支持を集め、またたく間に脚光を浴びる。ジェナは過激で独特な衣装をまとい、無言のパフォーマンスを通して、ウクライナ侵攻への反対や、LGBTQ+の活動を禁止する法律と政治、社会に対する反抗的な姿勢を示す。現在のロシアでは命を危険にさらす行為だが、それでもジェナは自らの存在をかけて抗議を続け、社会の無関心と差別に一石を投じている。映画ではそんなジェナの“強さ”のみならず、まだ若いジェナが将来への不安や自己との葛藤を抱える姿や、祖父母との関係などにもカメラを向け、痛みと苦しみの果てに孤高のクイーンが誕生する瞬間を映し出す。

筆者紹介

湯山玲子のコラム

湯山玲子(ゆやまれいこ)。著述家、プロデューサー​、おしゃべりカルチャーモンスター。著作に『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)、『クラブカルチャー!』(毎日新聞出版局)、『女装する女』(新潮新書)、『四十路越え!』(角川文庫)、上野千鶴子との対談集『快楽上等! 3.11以降の生き方』(幻冬舎)。『文化系女子という生き方』(大和書房)、『男をこじらせる前に』(角川文庫)等。コメンテーターとしてTBS『新・情報7DAYS ニュースキャスター』等に出演。クラシック音楽の新しい聴き方を提案する<爆クラ>主宰。『交響ラップ クラシックとラップが挑む未知の領域』inサントリーホールなどのプロデュースを手がける。ショップチャンネルのファッションブランド<OJOU>のデザイナーとしても活動中。日大芸術学部文芸学科、東京家政大学造形表現学科講師。

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