コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第6回

2010年8月25日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、2週間に1度、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「薔薇のスタビスキー」

スタビスキーに扮した男盛りのベルモンド
スタビスキーに扮した男盛りのベルモンド

スタビスキー事件は、1930年代前半のフランスを揺るがした一大スキャンダルだった。

要は疑獄である。亡命ロシア人の息子アレクサンドル・スタビスキーが、贋の宝石などを担保に大量のクズ債券を発行して巨額の金を得たのだが、時の左翼政権が債券の販売に手を貸していたことが発覚したのだ。

ユダヤ系ロシア人のスタビスキーは、人も羨むハンサムな男だった。最初はフランス南西部バイヨンヌに公設質屋を開いていたが、やがて金融の世界に乗り出し、魅力的な物腰と巧みな弁舌でたちまち風雲児となる。

1974年に公開された「薔薇のスタビスキー」はこの事件を題材に選んでいる。主人公スタビスキーに扮したのは、当時40歳を出たばかりのジャン=ポール・ベルモンド。男盛りのベルモンドは、精力的な動きと闊達な態度で映画をひっぱる。きびきびと歩き、美女と美酒と花に取り囲まれた生活を平然と楽しみ、「幸福は一瞬だが、快楽には時間がかかる」と渋い警句を吐いて、希代の詐欺師を力強く造型していくのだ。

ただ、監督がアラン・レネのためか、映画の語り口にはちょっと歯切れの悪いところがある。たとえば、同時期に起こったレオン・トロツキーの「フランス亡命事件」を合わせ鏡のように配置する手法はあまり有効に働いていないし、スタビスキーと支持者たちの屈折した関係にしても、もっとほかに描きようがあったのではないかという気がする。

だがそれらを割り引いても、スタビスキーという複雑な伊達男の肖像は強烈な印象を与える。彼は1933年に資金繰りを破綻させ、34年、スイスのシャモニーで逮捕される直前、拳銃で頭を撃ち抜いた。当時パリの新聞は、14紙が自殺と報じ、残る8紙が言葉を濁した。真相はいまなお不明である。

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薔薇のスタビスキー

NHK衛星第2 9月2日(木) 0:45~2:43(1日深夜)

原題:Stavisky
監督:アラン・レネ
出演:ジャン=ポール・ベルモンドシャルル・ボワイエ、アニー・デュプレイ
1974年フランス=イタリア合作/1時間58分

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「リリィ、はちみつ色の秘密」

ダコタ・ファニングとクィーン・ラティファ(右)
ダコタ・ファニングとクィーン・ラティファ(右)

邦題がひどい。この邦題を見て思わず尻込みしたのは私ひとりではないはずだ。「蜜蜂たちの秘かな暮らし」という原題が、なぜ「はちみつ色の秘密」にずらされてしまうのか。

が、気を取り直して画面に向き合った人はけっして失望しないはずだ。「リリィ、はちみつ色の秘密」にはハートがある。情感の偽造や感傷への耽溺を避ける一方で、この映画は感情の奥地にそっと手を触れてくる。

舞台は1964年のサウスキャロライナだ。14歳の少女リリィ(ダコタ・ファニング)は、心の通わぬ父親(ポール・ベタニー)と暮らしている。親しい友人は、黒人の家政婦ロザリーン(ジェニファー・ハドソン)だけだ。ところがある日、選挙人名簿の登録に出かけたロザリーンが白人の人種差別主義者たちに殴る蹴るの暴行を受ける。怒りと絶望に駆られ、リリィはロザリーンと家を出る。行き先は、10年前に亡くなった母親の遺品に書かれていたティブロンという小さな町だ。

その町でリリィを受け入れてくれたのが、オーガスト(クイーン・ラティファ)という黒人の中年女だ。養蜂業を営むオーガストには2人の妹がいる。リリィの人生は静かに、しかし劇的に変わる。閉じられていたハートにも温かい血が流れ込みはじめる。

ここから先の描写が、この映画の白眉だ。養蜂の現場を描く夢のような映像も美しいが、なんといってもオーガストを演じるラティファが素晴らしい。黙ってうしろに立っているだけで観客の眼を釘付けにする存在感も凄いが、私は、他の女優の芝居をいっさい食おうとしない彼女の節度に感心した。これはある種の知性だ。この知性ゆえに「リリィ」は熟成度を高め、凡庸な「女性映画」と一線を画す作品になったのではないか。

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リリィ、はちみつ色の秘密

WOWOW 9月8日(水) 17:00~18:50

原題:The secret life of bees
監督・脚本:ジーナ・プリンス=バイスウッド
出演:ダコタ・ファニングクイーン・ラティファジェニファー・ハドソンアリシア・キーズポール・ベタニー
2008年アメリカ映画/1時間50分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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