コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第124回
2023年10月29日更新
セルジュ・ゲンズブール美術館がオープン 娘シャルロット・ゲンズブールが発案
フランスで国民的なスターだったセルジュ・ゲンズブールが、1991年に亡くなるまで暮らしていた邸宅と、新たに作られた美術館が9月20日にオープンした。音頭を取ったのは、娘のシャルロット・ゲンズブール。もっとも、プライベートな家の空間を一般に開放する決断に至るまでには、30年近い「喪に服する期間」が彼女にとって必要だったらしい。それからさらに、プロジェクトが起動に乗るまで何年も掛かったとか。
サン・ジェルマン・デ・プレにほど近い、パリ7区のヴェルヌイユ通り5番地ビスにあるゲンズブールの家は、近くに来ればすぐにわかるほど、長年ファンが描いていった落書きに彩られている。こじんまりした入り口から中に入ると、ゲンズブールの生前のままに保たれていた室内が見学できる。家具やピアノやオブジェはもとより、タバコの吸殻までもそのままというから驚きだ。
1階がキッチンとリビングルーム、2階は仕事部屋と、かつてジェーン・バーキンが住んでいた部屋、そして寝室とバスルームがある。真っ黒な壁にシャンデリア、金色の額縁に入った家族アルバムやブリジット・バルドーの大きな写真の大きな写真、ゴールドディスクなどがところ狭しと飾られ、セルジュ・ゲンズブールの美意識にあふれている。彼はもともと1967年にこの家を、当時不倫の関係にあったブリジット・バルドーとの愛の住処として購入しようとしたが、無事に手に入れる前に、バルドーの夫にふたりの仲がばれて破局。「スローガン」(1968)で出会ったジェーン・バーキンと住むことになったのだった。
とくに数年間この家に父親と住んでいたシャルロットの語るオーディオの説明を聞くと、ファンなら胸が熱くなるに違いない。見学時間は30分という制限があって、あっという間に終わってしまう。だが、観たりないと思った方は、通りを隔てた向かいの美術館があるのでご心配なく。こちらは時間制限はなく、好きなだけ観ていられる。
自宅のインテリアと同じように装飾された美術館は一階と地下の2フロア。入ると長い廊下の左側に、8つの時代に分け年代順に、セルジュが所有していたオブジェや手紙、手書きの楽譜、アルバム・コレクション、雑誌の記事などが陳列され、右側は時代ごとの映像資料をスクリーンで見ることができる。彼がテレビの生番組に出てお札を燃やし大事件になった映像などは、今見てもショッキングだ。
廊下の突き当たりには彼のコレクションで、アルバム「くたばれキャベツ野郎」(1976)のインスピレーションになったクロード・ラランヌによる彫刻「キャベツ頭の男」が鎮座している。
地下は定期的に変わる企画展示のスペースで、オープニングから現在はジェーン・バーキンが歌った「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」の、各国で制作されたシングル・コレクションが飾られている(その多さに驚く)。
セルジュ・ゲンズブールのマリオネットを見たあと、別の階段を上がると、ギフトショップのコーナーに。その奥にはシックなバーがある。昼間はカフェで、天窓からうっすらと光が入り、夜になるとピアニストの居る、いかにもサン・ジェルマンらしいピアノ・バーに生まれ変わる。ギフトショップとバーは、美術館を訪れなくてもアクセスできるので、とくにゲンズブール・ファンではない方でも一見の価値あり。ただし飲食(食べ物は英国風フィンガー・フードやスコーン)もお土産もそれなりに値段が張ります。
チケットは予約制で、美術館のみと、美術館と家訪問のセットの2タイプ。もっとも、セットのチケットは争奪戦で、すでに年内分はソールドアウトだという。フランス人はもちろんだが、場所柄か観光客も多い。フランスの国家をレゲエに編曲して歌ったり、バルドー、フランス・ギャル、ヴァネッサ・パラディなど多くのミューズたちとのコラボレーション、ジェーン・バーキンやシャルロットとのセンセーショナルなデュエットや映画制作など、つねに話題を提供し続けたセルジュ・ゲンズブール人気は、世界的なのだと実感させられる。(佐藤久理子)
Maison Gainsbourg:(https://www.maisongainsbourg.fr)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato