コラム:緊急事態コラム「新型コロナと映画業界のニュー・ノーマル」 - 第3回

2020年5月14日更新

コロナ禍により、映画界に何が起きる? 公開作の渋滞、興行収入の減少、働き方改革… 先行きを予想する

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新型コロナウイルスにより、世界中の“映画産業”が大きな影響を受けています。 このコラムの第1回では、映画.comが独自に実施した読者アンケートをもとに、「コロナ終息後の映画館の観客動員」を予想しました。そして 第2回では、経済解説者・映画評論家の細野真宏氏を解説に迎え、「映画館が営業を再開するため、必要な条件はなにか」を探りました。

これまでは「コロナ禍により、映画館に何が起こるか」を語ってきましたが、第3回となる今回は、もう少し視点を広げたテーマを論じていきます。

それは、「コロナ禍がひとまず落ち着いたとき、“日本の映画業界”に何が起こるか」。延期されていた新作の公開、夏の公開作品の大渋滞、映画館と配給会社のジレンマ、総興行収入と総公開本数の減少、映画業界に起こる働き方改革……といった事柄を予想します。

「日本全国でほぼすべての映画館が約2カ月間にわたって休業し、新作映画が劇場公開されない」という出来事は、おそらく戦後初めてのことではないでしょうか。したがって過去のデータはまったくあてにならず、不確定な要素が多すぎるため、今後実際に何が起こるのかは誰も確定的に論じることはできないでしょう。

というわけで、ここで書かれている内容はあくまでも“いち映画ファンの予想”です。記述とは真逆の現象が起きることも、十分にあり得ると思っています。

なのでこのコラムは、読者の皆さまが今後の映画界について議論する際の、“足がかり”としてご活用いただければと思います。……映画ファン1人1人が「今後どうなるか」を熟慮し発信することが、すなわち未来の映画界を形作ることだと、筆者は考えています。

それでは、今回は先述の細野氏に加え、映画.com編集長・駒井尚文の見解を交えて、コラムを進めていきましょう。


■延期作の公開で、この夏は“大作映画のバトルロワイヤル”に?

6月26日公開予定の「ランボー ラスト・ブラッド」。今後を占う重要な一作になり得る?
6月26日公開予定の「ランボー ラスト・ブラッド」。今後を占う重要な一作になり得る?

コロナ禍がひとまず落ち着いたとき、日本の映画業界に何が起こるか。まず大きな問題として挙がるのが、「延期となった新作が公開されるとき、どうなる」。

3月から新作の公開が次々と延期され、未だに新たな日にちが発表されていない作品も多いです。これらが改めて封切られたとき、各地の映画館で起こり得るのは“公開作の渋滞”でしょう。

仮に緊急事態宣言が5月31日に解除され、6月から全国の映画館が再開した場合を考えていきます。同月は当初から公開を予定していた新作に加え、埋め草として準新作あるいは旧作を織り交ぜた上映ラインナップとなるでしょう。そしてここに、“調整が間に合った公開延期作”も加わるはず。

6月は新規の公開作が少ない(延期作の調整が間に合わない)ため、大きな混乱はなさそう。しかし問題は7月、8月です。というのも、全国で経済活動が再開され、夏を迎えたとしたら、映画界に例年にない激しい競争が巻き起こると予想されるからです。

ここでは一旦、「観客は映画館に戻ってくるのか?」という要因は棚上げした上で、論を先に進めていきます。

もともと2020年夏は東京五輪が開催される予定だったため、各配給会社は7、8月の大作映画の公開を避ける傾向にありましたが、ご存知の通り五輪は21年に延期となりました。“最大の競合”がひとまず、いなくなったわけです。さらに経済活動の再開後は、自粛疲れの反動から人々の動きが活発になる可能性があり、夏にそのピークを迎えると考えられます。

つまり当初は公開を避けるべきだった今年の7月、8月が、コロナ禍によりむしろ“大チャンス”に変化した、ととらえることができます。配給会社の思惑に目を向けると、そんな時期に自信作の宣伝戦略等をなんとか練り直し、日程調整・公開することで、コロナ禍で生じた損失をできるだけカバーしたいと考えるはず。

するとこの夏は、各社が抱える“延期されていた自信作”が一挙に放出され大渋滞を起こし、ひいては“大作映画のバトルロワイヤル”の観を呈することもあり得ます。そしてこの現象は夏だけでなく正月、あるいはその先まで継続するかもしれません。


■劇場公開のリスクが増加…公開中止の作品も出てくる?

7月17日全米公開予定のクリストファー・ノーラン監督作「TENET テネット」。同日に公開するのか、その判断に注目が集まっている。
7月17日全米公開予定のクリストファー・ノーラン監督作「TENET テネット」。同日に公開するのか、その判断に注目が集まっている。

公開作が渋滞を引き起こすと、どうなるか。上映ラインナップの密度と豪華さがとてつもないことになるので、観客からは嬉しい悲鳴が上がる一方で、映画館や配給サイドは頭を抱えることになるでしょう。その理由を説明します。

まずは映画館について。感染防止のための混雑対策により、座席を間引いて販売したり、1日の上映本数を減らすことが要求されます。つまり延期されていた作品がどんどん公開されるのに、上映できる本数は非常に少ない、というジレンマに陥ります。

「少ない本数でできる限りの利益を」と考えるなら、集客力の高い作品でラインナップを固めることがベター。すると、興行収入が想定を下回った作品はすぐにでも上映打ち切りとし、より集客できそうな作品に変更することが善後策となります。

この方針は平時でも同様だと思います。しかし、営業再開時には上述の通り上映本数を絞り込む必要があるうえに、「コロナ禍で生じた損失をいかにカバーするか」が企業活動の大テーマとなるはずです。したがって編成の難易度は高くなり、打ち切りのジャッジは以前にも増してシビアなものになるでしょう。

配給会社としては、これはかなり恐ろしい事態です。苦しい時期を耐えた末に、新作を公開したとしても、この状況では(たとえ平時なら問題ない興収でも)早期に上映を打ち切られ、コストが回収できないかもしれないからです。

例えば新作公開を7月、8月に調整したい、というケースを考えてみます。この夏の競合作品は例年にも増して多く、かつ豪華になる可能性がある。一方で座席を減らしての上映と、観客の映画鑑賞意欲が十分に戻っていないと想定されるため、そもそもの稼働率が全然上がらない可能性もある。そうした状況に新作を公開することは、激流となり濃霧も立ち込めてきた川にカヌーで漕ぎ出すようなものです。

そのリスクは、作品規模の大小を問わず、等しく重くのしかかってきます。見込み薄と判断し、公開を再延期、あるいは中止とする作品も出てくるかもしれません。

編集長・駒井「公開されない作品が増える……これは実際に、2008年のリーマンショック後と、11年の震災後にもありました。その時期、ハリウッドのメジャースタジオが、日本での公開本数を絞り込んで興行していたからです」

観客にとっても、これはデメリットです。待ち望んでいた作品が、公開すらされないかもしれない。封切られたとしても、すぐに上映を打ち切られるかもしれない。コロナ禍により生じたゴルディオスの結び目のようなこの状況は、いかに解決し得るのでしょうか……。


■コロナ最大の影響…業界の再編と最適化が起こり得る

(図1)日本映画製作者連盟の発表を基に筆者が作成
(図1)日本映画製作者連盟の発表を基に筆者が作成

さて、“過去最高の興収記録”に沸いた2019年から一転、この1年は厳しい戦いが待っています。映画館が感染防止を前提に営業するため、年間の総観客動員ならびに総興行収入は、例年を下回ると考えるほうが妥当です。

日本映画製作者連盟のデータを参照すると、2001年以降、日本の映画市場は大体2000億円規模で推移してきました。今年は映画館の座席稼働率を考慮し、仮に興収が例年の50%とするならば、年間で1000億円規模。興収の発表が始まった00年以降で、最低の数字となります(これまでの最低は00年の約1700億円、最高は19年の約2600億円)。

また、4~5月に新作がほぼ封切られなかったため、年間の公開本数は大きく減少する、という予想も成り立ちます。しかし、これは暗い話題ではなく、日本映画界にとって非常に重要なターニングポイントとなるかもしれません。

年々、公開本数の推移はとてつもない増加カーブを描いており、業界内外から度々「多すぎる」と指摘されてきたからです。日本を未曾有の危機が襲った2011年ですら799本(前年比83本増)であり、翌12年は983本(同184本増)。13年には1117本と4桁にのり、19年に至っては1278本と過去最高を更新しました(図1)。

経済解説者・映画評論家の細野氏は、「“過去最高の興行収入”の陰で、映画産業は利益が出やすい、と参入が増えすぎ、公開本数が異常な水準になっていた」と指摘します。

「映画ファンではない一般の人は、“話題作”でないと認知すらしてくれません。公開本数が多いと、そのハードルがもっと上がる。結局、存在さえ知られずに消える作品が続出する悲しい状況にあったんです。今回の騒動で一度立ち止まり、公開本数について冷静に考える機会ができた、ととらえるのが望ましいです。そうして公開本数の適正化が進むと、粗製乱造は減り、出来の良い作品と接する機会が増え、映画ファンも結果的に増えると思われます」

過剰に放水されている水道の蛇口をひねるように、過度な供給が最適化され減少へと転じる。それは日本映画界にとって、ショック療法的な、画期的な出来事と言えそうです。なぜなら公開本数が減るということは、すなわちその前段階の業務(製作や買い付けや宣伝などで発生していた不毛な作業などを含め)も 減る、ということを意味するからです。

この5年間、様々な映画の撮影現場を取材してきましたが、「連日の深夜におよぶオーバーワークによってなんとか成立している現場」は、残念ながらゼロではありませんでした。仮に公開本数が減り、製作本数も減るならば、ブラック率の高さで知られる撮影現場や宣伝会社など、映画業界の働き方がいくらか改善されることに繋がります。

コロナ禍によって多くの不自由を迫られる一方で、社会の様々な局面で“利益の追求から、幸福の追求へ”というシフトチェンジが加速しています。それは日本映画界でも同じく、映画のあり方を改めて考える機会をもたらし、ひいては業界の再編につながる地殻変動を引き起こすかもしれません。


【ざっくり、まとめ】コロナ禍がひとまず落ち着いたとき、日本の映画業界に起こることを予想


① 延期されていた新作が公開されるとき、どうなる?

→五輪が延期され大チャンスとなった夏に、各社の自信作が一挙に放出される可能性がある。大作映画のバトルロワイヤルへと発展し、競争が激化するかも。しかし、客足がどの時期に、どれだけ戻ってくるかは未知。

② 劇場公開のリスクが高まる?

→映画館の上映可能本数が減少するため、早期上映打ち切りのジャッジがよりシビアになる可能性がある。配給会社のリスクが増大し、公開中止などの措置をとる作品も出てくるかも。

③ 映画業界の働き方改革が加速?

→コロナ禍により、年間の総公開本数が減少へと転じる可能性がある。公開の前段階である業務も減るため、撮影現場などの働き方の改善へとつながるかも。

筆者紹介

尾崎秋彦(おざき・あきひこ)。映画.com編集部。1989年生まれ、神奈川県出身。「映画の仕事と、書く仕事がしたい」と思い、両方できる映画.comへ2014年に入社。読者の疑問に答えるインタビューや、ネットで話題になった出来事を深掘りする記事などを書いています。

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