コラム:佐藤久理子 パリは萌えているか - 第4回
2012年4月19日更新
特集上映された黒沢清&松本人志にみる、日本映画のパリでの評価
カンヌ映画祭が近づいてくると、日本の映画業界でも今年はどんな作品がセレクトされるか、といった話題で持ちきりになるようだ。正直言って、フランスにおける最近の日本映画一般に対する反響は、アニメ作品を別にすれば一時の熱が去ってシビアになっている。まずフランスに入って来る作品が少ない。それも配給されるのはほとんどが作家的、つまり作り手の個性が強いと見なされる監督の作品ばかり(たとえば北野武、黒沢清、青山真治、諏訪敦彦、是枝裕和ら)。むしろ日本では主流である原作の映画化ものや、テレビドラマのスピンオフなどは公開されない。単純に配給がつかないのだ。
そんななか、3月に開催されたドービル・アジア映画祭と、同時期に企画されたパリのシネマテーク・フランセーズ(映画博物館)双方のイベントのために、黒沢清と松本人志がフランスを訪れた。すでに日本でも報道されているように、松本は「さや侍」がドービルのコンぺティションにセレクトされ、またシネマテークでは「大日本人」「しんぼる」を含む全3作品が、「シネマbis」という枠組み(通常は古今東西のレアなB級映画を特集)で一挙上映された。一方、黒沢はドービルとシネマテーク両方でのレトロスペクティブという扱いだ。ちなみにドービルには是枝の「奇跡」(アウト・オブ・コンぺ、4月に一般公開)と、園子温の「ヒミズ」(コンぺ)も参加。園の「恋の罪」は、フランス配給が決まったと聞く。
これまで何度もフランスに招かれている黒沢は、近年のリアクションの変化について、こんな印象を語ってくれた。「より幅広い観客層に見てもらえるようになったと感じます。よく取材で、『あなたは作家主義映画とジャンル映画をミックスしたような珍しい監督だ』と言われるのですが、ホラー映画作家としてのみならず、『トウキョウソナタ』のように現代の日本社会の問題を描いたり、いろいろな面がある監督として受けとめられているのがうれしいです」
かたや松本は、これまでもドービル、カンヌは経験しているが、パリを訪れたのは初めてである。「去年ロカルノ映画祭で大勢の観客と一緒に『さや侍』を見たとき、ちゃんと伝わっているという印象を受けたので、心配はしていないです。ヨーロッパの人は映画に対してとても真面目で一生懸命見てくれるし、ダウンタウンの松本のことも知らない。そういう人たちがいいと言ってくれるからこれからも映画を撮り続けたいな、と。『さや侍』は自分なりにちゃんと映画にした、という意識があるので、次はR-80になるぐらい、ムチャクチャやってやろうかなと思っています(笑)」
こうしてみると、日本映画の波が再び来るのかという淡い期待も禁じ得ないが、シネマテークの全プログラムを手掛けているディレクター、ジャン=フランソワ・ロジェ氏はこうコメントする。
「松本はいわば映画界のダダイスト。その作風は今日の映画の枠からはみ出ています。これまでの3作があまりに異なるので、どんな監督と評するのかまだ難しいですね。黒沢清は多くの偉大な監督と同様に、ジャンルを超えて抽象的なアイデアを映像という視覚的なものにしながら、観客のエモーションを喚起します。あるいはヒッチコックのように、彼だけのジャンルを作り上げたとも言える。シニカルでニヒリストな園子温は、黒沢と対照的なアプローチで観客を一挙に自分の世界に引き込もうとする。作品によってバランスが取れていないところもありますが、いずれにしろとても興味深い監督だと思います。ただ彼らそれぞれがとても個性的なだけに、ムーブメントにはつながりにくいかもしれません。その他の大衆的な日本映画は、海外から見るとその製作システム自体が画一化しているせいか、刺激的なものが生まれていないように思います」
「さや侍」は5月9日に公開の予定であり、松本作品としては初のフランスでの劇場配給作となる。ブームが下火になったいま、果たしてどんなインパクトをもたらすことができるか、期待して待ちたい。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato